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第3章「英雄を探して」
22, 突然の死闘
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悪魔というのは、魔族とは異なる。
魔力を力の源とするのは同じだけれど、魂の質も規模も違うんだ。
どちらかと言えば亜神や神霊に近い。肉体を持たずに星々や世界間を行き交うような、次の段階に至った存在。
だけど何故かコイツは、いつもいつも肉体を得て俺の前に現れる。
憑依するとか、他人を操るとかではなく、自身の魂を劣化させてまでこの世に顕現する。
訳が分からない。
そこまでして俺の邪魔がしたいのか。
ヴァクーナとなにか因縁でもあるのか?
黙ったまま様子を探る。
ヤツは、礼をしたまま上目遣いで、じれたように懇願した。
「ねえ。私はクナンサティよ」
だから、なんだ。
俺は口を開かずに、一挙手一投足逃さぬように集中する。
「……ねぇってば」
うるさい。
少しずつ右へと移動しながら、隙を窺う。
「あ、あのね。私ね。クナンサティっていうんだけど!」
黙れ。
高めた霊力をさらに練り上げて、魔王ラシュギを倒した時以上の霊格を発現させる。
悪魔は亜神や神霊に並ぶ存在で、本来俺の力が及ぶ相手じゃない。神と呼ばれるヴァクーナほどではなくても、まったく勝負にならない。
だけど、ヤツは受肉してこの世界に降臨している。
物質世界では悪魔といえども肉体が許容できる以上の力は振るえない。
膨大な魔力があっても、100パーセント発揮できない。
つまり、生物として魔族の頂点にあった魔王とそれほど変わらないのだ。
俺でもなんとか現世から追い出せるはず。
「……ねぇ。ねぇってば!」
知るか。
ヤツの膨大な魔力量からして、勝負が長引けば不利。
フルパワーで一気にヤツの肉体を滅ぼす。
魂だけになれば、大したことはできないはずだ。
っていうか、二度と現世に現れるな!
ヴァクーナに頭下げて、次元の狭間に封印してやろうか!
微妙な間合い。さりげなくヤツが反応しにくい角度に身をおき、霊力を爆発させた俺は。
逆に吹き飛ばされた。
「もういい! 分かったわよ! 呼んでくれないなら力づくで言わせればいいんだよねぇ!」
ヤツが悲鳴のように響かせる笑い声が、受け身も取れずに芝生を延々と転がる俺にまとわりつく。
右肩が焼けるようだ。鎧ごと完全に砕かれた。剣を取り落とさなかったのが自分で信じられない。
霊力防御を張り巡らせていたから、この程度ですんだ。本当なら右半身消し飛んでる。
何度も地面に打ちつけられながら、無理やり地を蹴って進行方向をずらす。
爆音とともに、巨大な魔力がかすめていった。直後に着弾。凄まじい爆風。
二転三転しながら、霊力による超回復で肩を癒やしつつ、秘法術の発動キーを叫ぶ。
「禁固縛!」
「ッ! やるじゃない!」
転がる先に回り込み、サーベルを振り下ろそうとしていたヤツがほんの数秒固まる。
それだけで十分だ。
体勢を立て直し、愛剣アダマスを一気に突き入れる。
剣先が胸に刺さった瞬間に、ヤツは身を捻るようにしてかわした。鮮血をほとばしらせながら、円を描くようにサーベルを振るう。
俺はその剣閃を紙一重で見切り、カウンターの要領でアダマスを薙ぎ払った。
これもかわすかよ!
嫌になる。コイツの腕はまったく衰えていなかった。
名も姿も変えるコイツの共通点の1つが、いつも剣士だったこと。
だから戦う時は常に俺の横にいた。
その剣術の美しさには目を見張ったものだ。
愚直な俺の剣とは真逆の変幻自在な太刀筋は、まるでヘビのように迫ってくる。
突く。払う。斬り返す。かわす。
立ち位置を入れ変え、離れてはぶつかりあい、休むことなく剣を振るう。
かすめる刃先が真紅の霧を立ち昇らせ、霊力と魔力のせめぎあいが瞬時に蒸発させた。
霊力の高まりに比例してどんどんスピードを上げる俺に、ヤツは嬉しそうに唇を歪めて苦もなくついてくる。
集中。
集中する。
もうヤツの姿しか見えない。
空を裂き、火花を散らせる剣戟の音しか聞こえない。
閃く剣、躍動する身体の動きを見極め、かすかな呼吸まで感じ取り、うごめく魔力の流れを読み、ヤツの急所を執拗に狙う。
魔王ラシュギ以来だ。こんな戦い。
弾ける笑顔。蝕むような視線でヤツは喘ぎ叫んだ。
「いいわ! 凄い。本当にステキ! だから好きよカズマ。愛してる! 愛して!」
「戯言ばかりほざくな!」
怒鳴り返した瞬間、光の鎖がヤツを絡め取り、まるで酸でも浴びせたように煙を立てた。
同時に音を置き去りにして飛来した槍が、ヤツを串刺しにする。
「カズ! 無事なの?」
「カズマ殿、またせた!」
シアとラドルが駆け寄ってくるのが視界の端に見えたが、俺は急いで言い放った。
「来るな! こんな程度で終わるヤツじゃない!」
「……ホント無粋よねぇ。私とカズマの間に割り込むなんて」
「なんと……」
「……ウソでしょう?」
2人が息を呑むのが気配でわかった。
シアの膨大な霊力で編まれた光と聖属性の鎖は、今も無数に分離し続けてヤツを縛り封じている。イメージワード7は使われている、超高レベルの対魔法術だろう。
突き立ったラドルの黒槍もまた、尋常じゃない霊力が込められている。
にもかかわらず、ヤツの顔からは腐り落ちるような笑みが消えない。
鎖を物ともせずに槍を掴み、おぞましい音をたてて引き抜く。
明らかに人族の肉体限界を超越していた。
なるほど。今回は魔族の身体を得たということか。
魔族は生物として人族を遥かに上回る強靭な生命力と回復力をもっている。
その上、エネルギーとなる魔力は無尽蔵ときた。
まさに悪魔の顕現。コイツと比べたら、魔王のほうがまだ生き物としてまともだ。
「シア、予定変更だ。コイツの相手は俺がする。ラドルと一緒に急いで屋敷の者を連れて避難してくれ」
「そんなこと!」
シアの抗議を遮るように、ラドルが感情を押し殺した声をだした。
「……魔王並、ということじゃな?」
「いや、もっとヤバイ」
「わかった。シアお嬢ちゃん、すぐにこの場を離れるぞ。儂らはどうやら足手まといのようじゃ」
「そんな……」
絞り出すように嘆くシアを連れて、ラドルが警戒しながら後退する。
「待ちなさい。忘れ物よ!」
その2人に向けて、自分の肉体から引き抜いた槍を無造作に投擲する悪魔。
明らかに殺意をこめて投げつけられた槍は、目にも止まらない勢いでシアを狙う。
だけどね。俺には見えているぞ。
名剣アダマスで槍を叩き落とす。
あら、残念。とばかりにヤツは肩をすくませた。
ただそれだけで鎖が引きちぎられ、霊力となって霧散する。
「なに、今の……」
「これで分かったじゃろう? 儂らには手に負えないんじゃ」
シアが振るえた声で呟くのが聞こえた。
無念そうに諭すラドルの言葉に、申し訳なく思う。
前世界のときも、結局魔王と俺の一騎打ちになった。
それが唯一勝つ方法だったからだ。
あの時もラドルは珍しく、己の内心を顔に出していたっけな。
「さて、と。仕切り直しだ」
「そうね。さぁ、カズマ。遠慮なく愛し合いましょう」
互いに霊力と魔力を急速に高めて得物を構えた。
しかし、場にそぐわない穏やかな声が俺たちを引き止める。
「やぁ、それは困るな。自分の役目を忘れるなよ、クナンサティ。カズマ、君もだ」
音が外れたフルートのような素っ頓狂な声で返事をしたのはシアだ。
「し、師匠?」
俺もまた、一瞬我が目を疑う。
いつの間にか俺とヤツの間に立っていたのは、紛れもなく世界最高の大法術士、デズモンドその人だった。
魔力を力の源とするのは同じだけれど、魂の質も規模も違うんだ。
どちらかと言えば亜神や神霊に近い。肉体を持たずに星々や世界間を行き交うような、次の段階に至った存在。
だけど何故かコイツは、いつもいつも肉体を得て俺の前に現れる。
憑依するとか、他人を操るとかではなく、自身の魂を劣化させてまでこの世に顕現する。
訳が分からない。
そこまでして俺の邪魔がしたいのか。
ヴァクーナとなにか因縁でもあるのか?
黙ったまま様子を探る。
ヤツは、礼をしたまま上目遣いで、じれたように懇願した。
「ねえ。私はクナンサティよ」
だから、なんだ。
俺は口を開かずに、一挙手一投足逃さぬように集中する。
「……ねぇってば」
うるさい。
少しずつ右へと移動しながら、隙を窺う。
「あ、あのね。私ね。クナンサティっていうんだけど!」
黙れ。
高めた霊力をさらに練り上げて、魔王ラシュギを倒した時以上の霊格を発現させる。
悪魔は亜神や神霊に並ぶ存在で、本来俺の力が及ぶ相手じゃない。神と呼ばれるヴァクーナほどではなくても、まったく勝負にならない。
だけど、ヤツは受肉してこの世界に降臨している。
物質世界では悪魔といえども肉体が許容できる以上の力は振るえない。
膨大な魔力があっても、100パーセント発揮できない。
つまり、生物として魔族の頂点にあった魔王とそれほど変わらないのだ。
俺でもなんとか現世から追い出せるはず。
「……ねぇ。ねぇってば!」
知るか。
ヤツの膨大な魔力量からして、勝負が長引けば不利。
フルパワーで一気にヤツの肉体を滅ぼす。
魂だけになれば、大したことはできないはずだ。
っていうか、二度と現世に現れるな!
ヴァクーナに頭下げて、次元の狭間に封印してやろうか!
微妙な間合い。さりげなくヤツが反応しにくい角度に身をおき、霊力を爆発させた俺は。
逆に吹き飛ばされた。
「もういい! 分かったわよ! 呼んでくれないなら力づくで言わせればいいんだよねぇ!」
ヤツが悲鳴のように響かせる笑い声が、受け身も取れずに芝生を延々と転がる俺にまとわりつく。
右肩が焼けるようだ。鎧ごと完全に砕かれた。剣を取り落とさなかったのが自分で信じられない。
霊力防御を張り巡らせていたから、この程度ですんだ。本当なら右半身消し飛んでる。
何度も地面に打ちつけられながら、無理やり地を蹴って進行方向をずらす。
爆音とともに、巨大な魔力がかすめていった。直後に着弾。凄まじい爆風。
二転三転しながら、霊力による超回復で肩を癒やしつつ、秘法術の発動キーを叫ぶ。
「禁固縛!」
「ッ! やるじゃない!」
転がる先に回り込み、サーベルを振り下ろそうとしていたヤツがほんの数秒固まる。
それだけで十分だ。
体勢を立て直し、愛剣アダマスを一気に突き入れる。
剣先が胸に刺さった瞬間に、ヤツは身を捻るようにしてかわした。鮮血をほとばしらせながら、円を描くようにサーベルを振るう。
俺はその剣閃を紙一重で見切り、カウンターの要領でアダマスを薙ぎ払った。
これもかわすかよ!
嫌になる。コイツの腕はまったく衰えていなかった。
名も姿も変えるコイツの共通点の1つが、いつも剣士だったこと。
だから戦う時は常に俺の横にいた。
その剣術の美しさには目を見張ったものだ。
愚直な俺の剣とは真逆の変幻自在な太刀筋は、まるでヘビのように迫ってくる。
突く。払う。斬り返す。かわす。
立ち位置を入れ変え、離れてはぶつかりあい、休むことなく剣を振るう。
かすめる刃先が真紅の霧を立ち昇らせ、霊力と魔力のせめぎあいが瞬時に蒸発させた。
霊力の高まりに比例してどんどんスピードを上げる俺に、ヤツは嬉しそうに唇を歪めて苦もなくついてくる。
集中。
集中する。
もうヤツの姿しか見えない。
空を裂き、火花を散らせる剣戟の音しか聞こえない。
閃く剣、躍動する身体の動きを見極め、かすかな呼吸まで感じ取り、うごめく魔力の流れを読み、ヤツの急所を執拗に狙う。
魔王ラシュギ以来だ。こんな戦い。
弾ける笑顔。蝕むような視線でヤツは喘ぎ叫んだ。
「いいわ! 凄い。本当にステキ! だから好きよカズマ。愛してる! 愛して!」
「戯言ばかりほざくな!」
怒鳴り返した瞬間、光の鎖がヤツを絡め取り、まるで酸でも浴びせたように煙を立てた。
同時に音を置き去りにして飛来した槍が、ヤツを串刺しにする。
「カズ! 無事なの?」
「カズマ殿、またせた!」
シアとラドルが駆け寄ってくるのが視界の端に見えたが、俺は急いで言い放った。
「来るな! こんな程度で終わるヤツじゃない!」
「……ホント無粋よねぇ。私とカズマの間に割り込むなんて」
「なんと……」
「……ウソでしょう?」
2人が息を呑むのが気配でわかった。
シアの膨大な霊力で編まれた光と聖属性の鎖は、今も無数に分離し続けてヤツを縛り封じている。イメージワード7は使われている、超高レベルの対魔法術だろう。
突き立ったラドルの黒槍もまた、尋常じゃない霊力が込められている。
にもかかわらず、ヤツの顔からは腐り落ちるような笑みが消えない。
鎖を物ともせずに槍を掴み、おぞましい音をたてて引き抜く。
明らかに人族の肉体限界を超越していた。
なるほど。今回は魔族の身体を得たということか。
魔族は生物として人族を遥かに上回る強靭な生命力と回復力をもっている。
その上、エネルギーとなる魔力は無尽蔵ときた。
まさに悪魔の顕現。コイツと比べたら、魔王のほうがまだ生き物としてまともだ。
「シア、予定変更だ。コイツの相手は俺がする。ラドルと一緒に急いで屋敷の者を連れて避難してくれ」
「そんなこと!」
シアの抗議を遮るように、ラドルが感情を押し殺した声をだした。
「……魔王並、ということじゃな?」
「いや、もっとヤバイ」
「わかった。シアお嬢ちゃん、すぐにこの場を離れるぞ。儂らはどうやら足手まといのようじゃ」
「そんな……」
絞り出すように嘆くシアを連れて、ラドルが警戒しながら後退する。
「待ちなさい。忘れ物よ!」
その2人に向けて、自分の肉体から引き抜いた槍を無造作に投擲する悪魔。
明らかに殺意をこめて投げつけられた槍は、目にも止まらない勢いでシアを狙う。
だけどね。俺には見えているぞ。
名剣アダマスで槍を叩き落とす。
あら、残念。とばかりにヤツは肩をすくませた。
ただそれだけで鎖が引きちぎられ、霊力となって霧散する。
「なに、今の……」
「これで分かったじゃろう? 儂らには手に負えないんじゃ」
シアが振るえた声で呟くのが聞こえた。
無念そうに諭すラドルの言葉に、申し訳なく思う。
前世界のときも、結局魔王と俺の一騎打ちになった。
それが唯一勝つ方法だったからだ。
あの時もラドルは珍しく、己の内心を顔に出していたっけな。
「さて、と。仕切り直しだ」
「そうね。さぁ、カズマ。遠慮なく愛し合いましょう」
互いに霊力と魔力を急速に高めて得物を構えた。
しかし、場にそぐわない穏やかな声が俺たちを引き止める。
「やぁ、それは困るな。自分の役目を忘れるなよ、クナンサティ。カズマ、君もだ」
音が外れたフルートのような素っ頓狂な声で返事をしたのはシアだ。
「し、師匠?」
俺もまた、一瞬我が目を疑う。
いつの間にか俺とヤツの間に立っていたのは、紛れもなく世界最高の大法術士、デズモンドその人だった。
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