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第1章過去と前世と贖罪と

6・ギルド

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「ちょっと、どけてどけてったらっ」

また余計なカルマを背負って、呆然としていると。
集まってきた野次馬を押しのけて一人の女の人が現れた。
年の頃は三十代ぐらいだろうか、
長めの茶髪に青い目をしていた。
服は茶色の服を着ていた。
女性は私と倒れている男を見ると、驚いた顔をした。

「これは…一体。あんたがやったのかい」
「はっ…はい」

私は反射的にそう答えていた。
違うと言うのは簡単だが、
一部始終を野次馬に見られている以上、言い逃れは出来ない。

「どういうことだい? 何が起こったか、説明してくれる?」
「…えっと、そこの男の人にぶつかったら、
何か怒鳴ってきて、お金出せって言ってきて、とっさに魔法使って倒しちゃいました…」
「魔法? あんた魔法使いなのかい?」
「はい、そうですけど…」

女性は少し驚いたように私を見る。
あれ? 地獄神はこの世界の人間は大なり小なり魔力を秘めていると言っていたから、
みんなが魔法が使えるものだと思っていたが、違うのか?
そんなことを考えていると、女性の方が謝ってきた。

「…はぁ、とりあえず同じギルドのメンバーとして謝るよ。
今回のことは明らかにこいつが悪いんだし、あたしの方からお偉いさんに言っておくよ」
「ギルド…? あなたはギルドに勤めているんですか?」
「そうだよ。ハンクの奴が女の子にからんでるって、
知らせてくれた奴がいて、急いでここに来たんだよ。
でもハンクを倒せるなんて、あんた、かなりの腕が立つみたいだね。
もう少し大きくなったら、うちのギルドに来なよ。歓迎するよ」
「え? 今じゃ、だめなんですか?」
「だって、子供は入会出来ない決まりなんだよ。
最低でも13才ぐらいにならないと…」
「私は17才です」

そう言った瞬間、野次馬からどよめきがわいた。
目の前の女性なんて、目を見開いている。
この反応は慣れている。日本に居た時もそうだった。
私は自分で言うのもなんだが、かなり童顔だと思う。
まぁただ童顔なだけならいいが、身長も146センチと低い。
博物館や映画館に行ったとしても、
まず高校生だと見てもらえないし、
出会った人に子供扱いされることが、非常に多かった。
クラスの男子からは、小学生が学校に来てるとからかわれたことが何回もあるし、
仲の良い友達からは冗談交じりで、
あと一歳年取れば合法ロリだね言われたこともある。
人によっては、年齢より若く見える事は嬉しい事みたいだが、
私は全く嬉しくない。
だって、いちいち訂正するのが面倒くさいのだ。

「信じてもらえませんかもしれませんけど、私は本当に17才です」
「…9才ぐらいかと思った」
おい…12才ぐらいに間違われたことあるが、9才は初めてだ。
「それって、何かの呪いでそんな外見になったの?」
「いえ、そういう体質なんです。
あの、ですからギルドに登録するには、問題ないと思うんですけど」

なぜ私がギルド登録にこだわるかというと、
冒険者になるのが、カルマを消す1番の近道だからだ。
ギルドには毎日のように市民からの依頼が来る。
それを解決していけば、自然と人脈も出来るし、善行を積みやすくなるのだ。
しかし、女性は何か考え込んでいるようだった。

「ちょっとこれはあたしの独断では決められないね。
ギルドマスターに相談しないと…」
「ギルドマスター?」
「ギルドの責任者さ。
こういった普通の職員では判断がつかない時になった時に決めるんだよ。
あんたの事をギルドマスターに紹介するから付いてきなよ。
ギルドに案内するから」
「あの…ところでこの男の人は…」

会話している最中も、男はずっと気絶したままだった。
私が地面でのびている男を指差すと、
放っておいたら良いと、あっさり言われた。

「後でギルドの連中に担架でも運ばせるからさ。
それにこれぐらいの怪我で死ぬぐらいヤワな奴でもないし、大丈夫だよ」
「あの。治療費は…」

そう言ったら女性は面食らった表情をした。

「はぁ!? あんた、こいつに恐喝されてたのに、そんな心配をするのかい?!
治療費なんて、こいつが自分で払えばいいんだよっ。
あんたがそんな心配をする必要は無いっ!」

初対面なのにハッキリとしたその物言いに、私はびっくりした。

「とにかく行くなら早くギルドまで行くよ。案内するから付いてきてよ」

何だか少し強引な人だな…。
そう思っていると、女性が野次馬に向かってシッシッと手を払った。

「さっ、どいたどいた見世物じゃないんだよ」

女性は野次馬にそう言うと、迫力に押されたのか野次馬は女性に道を譲った。
そんな感じで、私は女性と一緒にギルドまで行くことになった。




しかし…また余計なカルマを積んでしまったので、
地獄神からお叱りか、
地獄行きを命じられるかと思ったけど、そんな事はなかった。
という事は見逃してもらえた…ってことか?
いや、まだ断定は出来ないから、安心出来ないけど…。

「どうしたの? ギルドはこっちだよ」

別に案内されなくても、エリアマップで場所が分かるのだが…。
そう思いつつ、私は女性と一緒に道を歩いていた。
女性の名前をイザベラと言うらしい。
さん付けして呼んだら、呼び捨てで良いと言われた。
イザベラは、ギルドで受付の仕事をしているらしい。
イザベラが言うには、冒険者というのは、女性は少ないらしい。
魔物を相手にすることが多いからか、冒険者というのは、
ほとんどが男性で、女性は一握りしか居ないらしい。
しかも冒険者というのは、
血気盛んというか、血の気の多い短気な人間ばっかりで、
そんな男達の対応ばかりしていたら、
こんな男勝りな性格になったと、イザベラは笑って言った。
彼女の後ろを歩きながら、
彼女が信用出来る人なのかどうか確かめるために、
ステータス魔法を使うことにした。

【イザベラ】
【年齢】32才 【種族】人間 【属性】地
【職業】受付業。(所属・アアルギルド組合)
【称号】
【レベル】3
【体力】230/230
【魔力】160/160
【筋力】F 【防御力】F 【精神力】B
【判断力】D 【器用さ】C 【知性】C 【魅了】D
【状態】
【カルマ値】162
【スキル】

なるほど、これならこの人は大丈夫だな。
しかし、こうやってステータスを見ると、
器用さとか、知性とか気になる部分はあるけど、
これについて調べるのは後だ。
せめてどこかゆっくり休める場所で、じっくりと調べてみたい。

「しかし気にすること無いよ。
ハンクの奴は、札付きの問題児だからね。
ギルドの恥さらしさ。
こんな女の子にやられたって知ったら相当こたえるはずさ。いい気味だよ」

私がステータス画面に気をとられていると、イザベラはそう言い出した。
どうやら私に因縁を付けてきたハンクという男は相当嫌われ者らしい。
喧嘩っ早く、気が短いギルドの冒険者の中でも、彼は相当短気な方らしく、
問題行動を良く起こしているそうだ。
そしてイザベラやギルドマスターがいくら言っても聞かないため、
イザベラも最近は愛想を尽かしたみたいだ。
…どうしよう。そんなに気が短い人なら、絶対に私の事を逆恨みするはず。
ギルドに入会したら、またどっかで会っちゃわないかな。
そうイザベラに言うと、その時は自分や他のギルドの職員に相談しろと言われた。

「さぁ着いたよ。ここがギルドさ」
「うわぁ…」

目の前には大きな建物があった。赤い屋根にレンガ作りの建物。
看板には大きく「アアルギルド組合」と書かれていた。
どうやらここがギルドらしい。
中に入ると、まず目に入ったのは大きなカウンターだった。
カウンターの向こうには、受付の人が冒険者の相手をしていた。
受付はイザベラのように女性も居れば、男性も居る。
右手の方には食事処というか、酒場というかそんなスペースがある。
そこで男達が昼間から酒を飲んでいた。

「じゃあ。ギルドマスターを呼んでくるね」

そう言うとイザベラはカウンターの中に入り、奥の部屋に消えていった。
私は他にすることもなく、辺りを見ることにした。
その時ふと壁を見ると大きな掲示板があり、そこにたくさんの張り紙がしてあった。
張り紙には日本語では無い文字が書かれていたが、何故か読むことが出来た。

【ブラックドッグの討伐】
【ランク】E
【報酬】銀貨2枚
【概要】ブラックドッグを五体討伐して欲しい。
提出には魔石を要求する。

張り紙の一つにそう書かれていた。
ブラックドッグってまさか、ここに来る時に出会った魔物のことか?

そう思いつつ他の依頼を見てみたが、ほとんどは魔物退治の依頼ばかりだった。
その次に1番多いのは、魔石の調達依頼。
後は薬の原料になる薬草を調達してくれとか、
これこれの目的地に着くまでの間、護衛してくれとかそういう依頼もあった。
こういうところはまさに何でも屋みたいだ。
そう思っていたら、イザベラに肩を叩かれた。

「ほら、ギルドマスターが呼んでるよ」

そう言われて振り返ると、
カウンターの向こうに屈強そうな男が椅子に座っていて、こちらを見ていた。
髪はオールバックの黒髪で、
片目には刀傷のような切り傷があり、眼帯をしていた。
おそらく魔物にやられたのか、右足の先がなく義足をしていた。
服は黒い皮のジャケットのような服に、黒いズボンを着ていた。
そう…いかにも元は手練れ冒険者でしたが、
怪我を負って引退しました的な雰囲気が出ていた。

「お前がイザベラの言っていた女か」
「ひゃ、ひゃい…」

男性の出す、凄みオーラに私はびびりながらそう答えた。
何て言うか日本の刑事ドラマに出てくる暴力団組員の偉い人的な、
明らかにカタギでは無い、そんな強そうな感じがこの男性にはした。
とりあえず不審な態度は取らず、大人しくしていた方がいいだろう。

「ハンクを倒したらしいな。それも魔法で」
「あっ、あの…その…あれは事故というか…」
「別にそのことで咎めるつもりは無い。
聞いたところによると、あいつの自業自得だ。
このところの市民からも苦情が来ていたからな、
辞めさせる良いきっかけが出来た」
「辞めさせる…ってハンクさんを…?」
「ああ、あいつはここの所、依頼主ともトラブルを起こしていたし、
ギルド内では魔法使いに向かって、
治せない病気を治せと無理難題を言っていた。
ここらで潮時だろうと思っていた」
「治せない病気…ですか?」
「母親が病気だそうだ。それも医者に見捨てられた不治の病だ。
だからどうにかして治したかったんだろうな…」

そういえば私が魔法使いだと知った時の彼の様子は変だった。
切羽詰まったような必死の形相。
そして私が回復魔法は使えないと知った時の失望が混じった怒りの形相。
それはもしかしてお母さんの病気を治したいという、
必死な思いからきたものだったのではないか。
お母さん…私は日本に置いてきた、たった1人の肉親を思い出した。
子どもにとって、母親は特別な存在だ。
私だってもし自分のお母さんが病気になれば、
何をしても治したいと思うだろう。

「事情が事情だから、俺もあいつのやることには、大目に見てきたが、
魔法使いとはいえ、嬢ちゃんのような女に因縁を付けたとなると話は別だ。
あいつはギルドから追放する」

その言葉を聞いて、私は自分からその言葉を切り出していた。

「あのすみません。まだギルドに登録もしてない私が言うのもおかしいですが、
ハンクさんのギルド追放は待ってもらえませんか」

そう言うと、ギルドマスターは少し面食らったようだ。

「何故だ。嬢ちゃんが気にすることは無いんだぞ」
「いえ、別に同情では無いです。
ただ、もしギルドを追放された彼が、
私にまた因縁を付けてこられたら嫌なだけです」

そう言うと、ギルドマスターは吹き出したように笑った。

「嬢ちゃんは面白いな。
いいぜ。ハンクのギルド追放は嬢ちゃんの顔に免じて止めておく」

そう言われて私はホッとした。別に私は彼の境遇に同情したわけでは無い。
ただギルドを追放された彼がもし私を逆恨みして、襲いかかってきたら、
たとえ正当防衛でも攻撃したら、私はまたカルマを背負ってしまうからだ。
私は他人のカルマを清算するために、この世界に蘇った。
出だしで余計なカルマは背負ってしまったが、
これからは善行を積んで、カルマを消さなくてはならない。
障害は少なければ少ない程良い。
それに息子がギルド追放されたなんて知ったら、彼のお母さんが悲しむ。
その悲しみで病状が悪化してしまうかもしれない。
そう考えていると、肝心なことを忘れていたことに気が付いた。

「あ、そうだ。ギルドに登録したいんですが出来ますか?」
「…いいぜ。歓迎する。
どうやら嬢ちゃんは見た目通りの子供ではないみたいだな」
「そんなに子供じゃありませんよ。17才ですから」

その瞬間、遠目で私を見ていた冒険者達がざわついた。
…いいですよ。私はどうせ外見は小学生ですよ。
そんな投げやりな気持ちになりながら、
私はギルドの登録をするのだった。

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