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冬霞の章
相反する気持ち
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「お客さん、終点ですよ」
肩をゆすられ、目を開けると、そこは見慣れたバス停だった。運転手に礼を言い、バスを降りると、そのまま乗り換えのために駅舎に入った。電車に乗り込み、座席につくと、スマホを何十時間ぶりに開いた。夜中から数件の着信履歴とつい一時間ほど前に一件のメールが入っており、どちらも母親からだった。
『芳根先生が亡くなった。今日の夕方通夜、明日の午前中に告別式。どちらも同じ会場。せめて通夜にはいきなさい。私は出張で、明日まで帰れないので、どちらも行くのは難しいと思います。百合さんによろしく伝えください』
メールは短い文章だったが、『寺子屋』の主人が亡くなったことが鮮明に理解できた。どうやら、バスの中で見た夢はお告げのようだった。
しかし、メッセージには通夜には参加しろという文言が入っていることから、彼は非常に憂鬱な気分になった。彼は十四年前に起こった事件の被害者でもあるが、同時に加害者でもある。しかも、最大の被害者である彼女の祖母からは一切責められず、むしろ、彼女のことを教えてほしい、とまで言われて、しばしば会いに行き、ここ一週間前にも彼女の話をしてきたばかりだった。
添付ファイルに描かれていた地図を見ると実家からそれほど離れていないところで、日帰りでも行けそうだと判断した。
『メールありがとう。諸々分かった。通夜には参加する。返信不要』
康太は仕事中であろう母親にそう返信した。
メールを返信した後、頭の中で今日の予定を組みなおし、教授に今日は研究室に戻れない旨の連絡をした。
教授への連絡後、彼は少し微睡ながら、かつて自分の力では助けられなかった彼女のことを考えた。
(彼女は来るのだろうか)
中学校で些細なことでいじめられ始めた彼女。自分のせいで自殺未遂まで追いやられた彼女。
彼女はおそらく、いや絶対にあの町に良い思い出なんてないから、来ないのではないか。
(まあ、来たところで、どんな顔をして会っていいものなのかわからないが)
むしろ会うべきではないだろう。会ってはいけないだろう。
もし、自分が彼女に会いたいというならば、あの時の自分は存在してはいけなかったはずだ。
その時のことを思い出すにつれ陰鬱な気分になったが、自分が招いた過去なのだから仕方のない話だ。
キャンパスについた後も、講義が始まった後も全く上の空で聞いていた。
午前の授業も終わり、普段は控室として使っている部屋でご飯を食べるが、そんな気分ではなく、午後の授業を自主休講し、実家へと戻った。
現在は午後二時五分前。
通夜の開始時刻は午後六時なのでまだまだ時間はあり、なぜか早く会場に行かねば、という思いと、そこに行ってはいけない、という二律背反の想いが渦巻いていた。
結局、どうしても家を出なければならない時間まで、考え込んでしまった。通夜の会場についたのは時間ぎりぎりで、滑り込むようにエレベーターに乗った。そして、目的の階で降り、受付を済ませた。
受付には女性が二人。片方の女性は式場の名前が入ったネームプレートを付けていることから、そこの社員なのだと分かった。しかし、もう片方の女性は同じものを付けていなかったが、ただ付け忘れたのだと思ってしまった。一方で、その顔をどこかで見たことがあるような気がした。
康太は通夜が始まる前に百合に挨拶したかったが、他の弔問客の相手をするのでいっぱいな彼女に声を掛けることができなかった。通夜後に声を掛けようと思って、参列者席についた。
肩をゆすられ、目を開けると、そこは見慣れたバス停だった。運転手に礼を言い、バスを降りると、そのまま乗り換えのために駅舎に入った。電車に乗り込み、座席につくと、スマホを何十時間ぶりに開いた。夜中から数件の着信履歴とつい一時間ほど前に一件のメールが入っており、どちらも母親からだった。
『芳根先生が亡くなった。今日の夕方通夜、明日の午前中に告別式。どちらも同じ会場。せめて通夜にはいきなさい。私は出張で、明日まで帰れないので、どちらも行くのは難しいと思います。百合さんによろしく伝えください』
メールは短い文章だったが、『寺子屋』の主人が亡くなったことが鮮明に理解できた。どうやら、バスの中で見た夢はお告げのようだった。
しかし、メッセージには通夜には参加しろという文言が入っていることから、彼は非常に憂鬱な気分になった。彼は十四年前に起こった事件の被害者でもあるが、同時に加害者でもある。しかも、最大の被害者である彼女の祖母からは一切責められず、むしろ、彼女のことを教えてほしい、とまで言われて、しばしば会いに行き、ここ一週間前にも彼女の話をしてきたばかりだった。
添付ファイルに描かれていた地図を見ると実家からそれほど離れていないところで、日帰りでも行けそうだと判断した。
『メールありがとう。諸々分かった。通夜には参加する。返信不要』
康太は仕事中であろう母親にそう返信した。
メールを返信した後、頭の中で今日の予定を組みなおし、教授に今日は研究室に戻れない旨の連絡をした。
教授への連絡後、彼は少し微睡ながら、かつて自分の力では助けられなかった彼女のことを考えた。
(彼女は来るのだろうか)
中学校で些細なことでいじめられ始めた彼女。自分のせいで自殺未遂まで追いやられた彼女。
彼女はおそらく、いや絶対にあの町に良い思い出なんてないから、来ないのではないか。
(まあ、来たところで、どんな顔をして会っていいものなのかわからないが)
むしろ会うべきではないだろう。会ってはいけないだろう。
もし、自分が彼女に会いたいというならば、あの時の自分は存在してはいけなかったはずだ。
その時のことを思い出すにつれ陰鬱な気分になったが、自分が招いた過去なのだから仕方のない話だ。
キャンパスについた後も、講義が始まった後も全く上の空で聞いていた。
午前の授業も終わり、普段は控室として使っている部屋でご飯を食べるが、そんな気分ではなく、午後の授業を自主休講し、実家へと戻った。
現在は午後二時五分前。
通夜の開始時刻は午後六時なのでまだまだ時間はあり、なぜか早く会場に行かねば、という思いと、そこに行ってはいけない、という二律背反の想いが渦巻いていた。
結局、どうしても家を出なければならない時間まで、考え込んでしまった。通夜の会場についたのは時間ぎりぎりで、滑り込むようにエレベーターに乗った。そして、目的の階で降り、受付を済ませた。
受付には女性が二人。片方の女性は式場の名前が入ったネームプレートを付けていることから、そこの社員なのだと分かった。しかし、もう片方の女性は同じものを付けていなかったが、ただ付け忘れたのだと思ってしまった。一方で、その顔をどこかで見たことがあるような気がした。
康太は通夜が始まる前に百合に挨拶したかったが、他の弔問客の相手をするのでいっぱいな彼女に声を掛けることができなかった。通夜後に声を掛けようと思って、参列者席についた。
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