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それぞれの末路
11 キャサリンの末路ではない未来ー(キャサリン視点)
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私は罪人になったが子供がお腹にいるから、出産までは刑が執行されないことになった。多分私は牢屋に閉じ込められて過ごすことになるだろう。
「さぁ、行きましょうか?」
私に声をかけたのは、アメリアだった。
「どこへ行くのよ? わかったわ。あんた私を部屋に閉じ込めて、殴る蹴るさせて流産させようっていう魂胆ね? 牢屋の方がましよ。私は地下牢で過ごすわ」
「妊婦を地下牢になんていれられるものですか! 貴女は罪人でもそのお腹の子供は罪人ではありません」
「綺麗ごと言わないでよ! だって、私はあんたの旦那を奪ったのよ! 憎いでしょう? きっと私を殺したいほどに」
「ふっ。全然。私はイアンには悪いけれど、嫉妬に狂うほどの愛なんてなかった気がするわ」
アメリアは驚くことに私の手を引いて馬車に乗せると、イシド伯爵家の屋敷に私を連れていった。
「このイシド伯爵家で、出産まであなたをお預かりするわ。不自由はさせませんし、安全に過ごせることを約束しましょう」
ーーおかしなことになってきたわ。絶対毒を盛ったり、なにか仕掛けてくるに違いない。
けれど、なにもない穏やかな時間だけが流れた。庭園では子供達とアメリアが遊び笑い合い、ここには穏やかな愛が溢れている。私に声をかけ食事も一緒にとり、午後のお茶にすら誘うなんてバカげている。私は罪人なのに。なにひとつ意地悪もされず、子供達は『元気な赤ちゃんが生まれるといいね』とさえ言ってくれた。
ーーおかしいよ、こんなの! 実の家族だってこんなに優しくしてくれたことはない。
私の母は年寄りの豪商の妾だった。母には好きな人がいたのに、自分の家族に売られるようにして妾にされたらしい。貧民の子だくさんは、子どもを妾に売ったり大きくなる前に殺しさえする。それほど貧しいのなら子供をつくらなければいいのにつくるんだ。
私が年頃になると、正妻の息子が私の身体を無理矢理さわるようになった。気持ち悪いし逃げたいのに、母は我慢しなければならないって言った。私みたいな愛人の子はこうやって虐げられていいようにされ、虫けらみたいに生きていくしかないんだ。
ーーだったら、私は絶対貴族を捕まえて這い上がってみせる。それには、どうしたらいいのかな?
その頃巷で話題になっていたのが、玉の輿にのった看護師の話だった。お金持ちの美丈夫な伯爵を看病して愛が芽生えたというラブストーリーは隣国の実話だった。これだわ! 私は看護師の学校に行かせてもらえるように正妻に頼んだ。そういったお金の管理は正妻が握っていたから、父親に頼んでも無駄なのだ。正妻は意地悪く微笑み返事を渋っていた。
「俺の言うことを聞いたらお母様に口添えしてやるよ」
そう言われて、その正妻の息子に組み敷かれた時には吐き気がとまらなかった。自分がすっかり汚れた存在になったように感じた。
それでもなんとか学校に行かせてもらえて、家をでて寮に住み真面目に勉強し看護師になった。ところが目立つこの容姿のせいで患者につきまとわれたり、同僚の女性同士のいざこざにまきこまれて、疲れて段々ばからしくなってきたのよ。
最初の明るい希望や使命感なんて吹っ飛んだ。汚い子供と臭い老人ばかりが患者の、このきつい仕事に嫌悪感すら覚えた。どうせなら若くてかっこいい男が来ればいいのに、そんな人はすぐに回復して退院してしまう。
病院をやめてお酒を出すお店で働くうちにイアンと知り合った。この人だと思うと同時に、公爵と名乗る男にも惹かれた。身分がある男の妻になれれば誰だっていい。だって、そうすれば理不尽な目に遭わなくて済むんだもの。そう信じていた。
ーーなのに・・・・・・こうなった・・・・・・産まれながらの貴族様にはわからないよ。あいつらは搾取する側で、私は金持ちの商人の老人にさえおもちゃにされる貧民だもの。あの父親は私の身体も触ってきたから。あんなことが当然な世界から抜け出したかった。
昔のことを思い出すうちに、私はこの子供の未来が不安になってきたのだった。この子だけはそんな思いをしなくてすめばいいのに・・・・・・産み月が近づいて、その気持ちがどんどんと深まると、自然とアメリアの部屋に足が向いていた。
「お話したいのです。よろしいですか?」
「えぇ、どうぞ」
私は自分の生い立ちをすっかり話したのち、このお腹の子供だけはそんな思いをしなくて済むところで成長させてほしいことを頼んだ。
「もちろんですよ。キャサリン、あなたも辛いことがいっぱいありましたね。ちなみにその商人と、その息子の名前は?」
「ロクナシとデアリです」
「覚えておきましょう。あなたのその辛い生い立ちも踏まえたうえで、炭鉱の仕事の年数や部署を考慮していただくように王妃陛下に頼んであげましょうね。可哀想に。・・・・・・ところで貴族と結婚したその看護師は隣国の話ですよね。でもあの看護師は確か、母親が男爵家の三女だったはずで貴族の血はひいていましたよ。玉の輿に憧れる気持ちはわかりますが、キャサリンの幸せはきっとその看護師を続けて、そこで知り合った平民の誠実な男性と家庭を築く先にあったのかもしれませんよ」
「そうですね。分不相応なことを望んだ私がバカでした」
「なら、これから変えればいいわ。いつだって、人間はやり直せるって私は思っていますよ」
ꕤ୭*
私は子供を出産して、炭鉱に行かされた。けれど仕事内容は炭鉱堀ではなく、そこにある清潔な食堂での調理仕事だった。この炭鉱は他の炭鉱と違い比較的安全で、働いている男性達も罪人ではなかった。
それから5年後、王妃殿下にお世継ぎが産まれると国を挙げての盛大なお祝いがされた。私は恩赦され炭鉱から出ることを許された。慰謝料のお金もその2年分で良いことになり3年分の給金は私の手元に残ったのだった。
雲ひとつない青空の爽やかな風がそよぐ最高に気持ちの良い日に、私はその炭鉱をあとにした。町に向かう馬車のなかで、あの日のアメリア様の言葉を思い出す。
「なら、これから変えればいいわ。いつだって、人間はやり直せるって私は思っていますよ」
この5年間、この言葉には何度も勇気づけられた。
やり直そう・・・・・・いちから・・・・・・私は今度こそ道を間違えない。
「さぁ、行きましょうか?」
私に声をかけたのは、アメリアだった。
「どこへ行くのよ? わかったわ。あんた私を部屋に閉じ込めて、殴る蹴るさせて流産させようっていう魂胆ね? 牢屋の方がましよ。私は地下牢で過ごすわ」
「妊婦を地下牢になんていれられるものですか! 貴女は罪人でもそのお腹の子供は罪人ではありません」
「綺麗ごと言わないでよ! だって、私はあんたの旦那を奪ったのよ! 憎いでしょう? きっと私を殺したいほどに」
「ふっ。全然。私はイアンには悪いけれど、嫉妬に狂うほどの愛なんてなかった気がするわ」
アメリアは驚くことに私の手を引いて馬車に乗せると、イシド伯爵家の屋敷に私を連れていった。
「このイシド伯爵家で、出産まであなたをお預かりするわ。不自由はさせませんし、安全に過ごせることを約束しましょう」
ーーおかしなことになってきたわ。絶対毒を盛ったり、なにか仕掛けてくるに違いない。
けれど、なにもない穏やかな時間だけが流れた。庭園では子供達とアメリアが遊び笑い合い、ここには穏やかな愛が溢れている。私に声をかけ食事も一緒にとり、午後のお茶にすら誘うなんてバカげている。私は罪人なのに。なにひとつ意地悪もされず、子供達は『元気な赤ちゃんが生まれるといいね』とさえ言ってくれた。
ーーおかしいよ、こんなの! 実の家族だってこんなに優しくしてくれたことはない。
私の母は年寄りの豪商の妾だった。母には好きな人がいたのに、自分の家族に売られるようにして妾にされたらしい。貧民の子だくさんは、子どもを妾に売ったり大きくなる前に殺しさえする。それほど貧しいのなら子供をつくらなければいいのにつくるんだ。
私が年頃になると、正妻の息子が私の身体を無理矢理さわるようになった。気持ち悪いし逃げたいのに、母は我慢しなければならないって言った。私みたいな愛人の子はこうやって虐げられていいようにされ、虫けらみたいに生きていくしかないんだ。
ーーだったら、私は絶対貴族を捕まえて這い上がってみせる。それには、どうしたらいいのかな?
その頃巷で話題になっていたのが、玉の輿にのった看護師の話だった。お金持ちの美丈夫な伯爵を看病して愛が芽生えたというラブストーリーは隣国の実話だった。これだわ! 私は看護師の学校に行かせてもらえるように正妻に頼んだ。そういったお金の管理は正妻が握っていたから、父親に頼んでも無駄なのだ。正妻は意地悪く微笑み返事を渋っていた。
「俺の言うことを聞いたらお母様に口添えしてやるよ」
そう言われて、その正妻の息子に組み敷かれた時には吐き気がとまらなかった。自分がすっかり汚れた存在になったように感じた。
それでもなんとか学校に行かせてもらえて、家をでて寮に住み真面目に勉強し看護師になった。ところが目立つこの容姿のせいで患者につきまとわれたり、同僚の女性同士のいざこざにまきこまれて、疲れて段々ばからしくなってきたのよ。
最初の明るい希望や使命感なんて吹っ飛んだ。汚い子供と臭い老人ばかりが患者の、このきつい仕事に嫌悪感すら覚えた。どうせなら若くてかっこいい男が来ればいいのに、そんな人はすぐに回復して退院してしまう。
病院をやめてお酒を出すお店で働くうちにイアンと知り合った。この人だと思うと同時に、公爵と名乗る男にも惹かれた。身分がある男の妻になれれば誰だっていい。だって、そうすれば理不尽な目に遭わなくて済むんだもの。そう信じていた。
ーーなのに・・・・・・こうなった・・・・・・産まれながらの貴族様にはわからないよ。あいつらは搾取する側で、私は金持ちの商人の老人にさえおもちゃにされる貧民だもの。あの父親は私の身体も触ってきたから。あんなことが当然な世界から抜け出したかった。
昔のことを思い出すうちに、私はこの子供の未来が不安になってきたのだった。この子だけはそんな思いをしなくてすめばいいのに・・・・・・産み月が近づいて、その気持ちがどんどんと深まると、自然とアメリアの部屋に足が向いていた。
「お話したいのです。よろしいですか?」
「えぇ、どうぞ」
私は自分の生い立ちをすっかり話したのち、このお腹の子供だけはそんな思いをしなくて済むところで成長させてほしいことを頼んだ。
「もちろんですよ。キャサリン、あなたも辛いことがいっぱいありましたね。ちなみにその商人と、その息子の名前は?」
「ロクナシとデアリです」
「覚えておきましょう。あなたのその辛い生い立ちも踏まえたうえで、炭鉱の仕事の年数や部署を考慮していただくように王妃陛下に頼んであげましょうね。可哀想に。・・・・・・ところで貴族と結婚したその看護師は隣国の話ですよね。でもあの看護師は確か、母親が男爵家の三女だったはずで貴族の血はひいていましたよ。玉の輿に憧れる気持ちはわかりますが、キャサリンの幸せはきっとその看護師を続けて、そこで知り合った平民の誠実な男性と家庭を築く先にあったのかもしれませんよ」
「そうですね。分不相応なことを望んだ私がバカでした」
「なら、これから変えればいいわ。いつだって、人間はやり直せるって私は思っていますよ」
ꕤ୭*
私は子供を出産して、炭鉱に行かされた。けれど仕事内容は炭鉱堀ではなく、そこにある清潔な食堂での調理仕事だった。この炭鉱は他の炭鉱と違い比較的安全で、働いている男性達も罪人ではなかった。
それから5年後、王妃殿下にお世継ぎが産まれると国を挙げての盛大なお祝いがされた。私は恩赦され炭鉱から出ることを許された。慰謝料のお金もその2年分で良いことになり3年分の給金は私の手元に残ったのだった。
雲ひとつない青空の爽やかな風がそよぐ最高に気持ちの良い日に、私はその炭鉱をあとにした。町に向かう馬車のなかで、あの日のアメリア様の言葉を思い出す。
「なら、これから変えればいいわ。いつだって、人間はやり直せるって私は思っていますよ」
この5年間、この言葉には何度も勇気づけられた。
やり直そう・・・・・・いちから・・・・・・私は今度こそ道を間違えない。
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