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27 なかなか言えない……
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このお話しから小題をつけることにしました。
•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
(レオン団長視点)
部屋の中には、柔らかな笑い声が満ちていた。
赤ん坊――ルカは、とろんとした目で大きくあくびをし、小さな手をぱたぱたと振っている。
食堂の隅には、小さなベビーベッドが置かれている。
ルカのために俺が作った。
屋上に置くテーブルや、傷んでいたベンチを直したときと同じように、ただ黙々と手を動かしただけだ。
特別なことじゃない。
だが、ルカがすやすやと眠る様子を見ていると――たしかに、俺はこの小さな寝台を作った意味を感じていた。
トミーは、その手が自分の指に触れないよう気をつけながら、そっとほっぺをつついていた。
その様子を見守るユリルも、かつてエルナの部下だった兵士だ。
「団長。……ルカなんですけど、握力すごくないですか? 俺の指、もうちょっとで持ってかれそうでしたよ」
トミーの声には驚きと、どこか感動も混じっていた。目を丸くして笑うその表情に、つられてこちらの頬もゆるむ。
俺は、誇らしい気持ちがむくむくと湧き上がるのを止められなかった。
「ん? そんなもんじゃないさ。ルカはな……将来、俺を超えるんだ。間違いない」
自分でも笑ってしまうくらい、真顔だった。
しかし、それは冗談でも思いつきの言葉でもなく――心からの本音だった。
なんといっても、エルナの息子だからな。
勇敢な女性騎士だったエルナ――孤児から剣一本で騎士にまでのぼりつめた、気骨ある将来有望な部下だった。
アレグランなんかより、何十倍も期待していたんだ。王女殿下の護衛に、という話まで出ていたくらいだ。
そんなエルナの息子なら、きっと、とてつもない可能性を秘めている。
だから俺は、全力で応援するって決めていた。
そのすぐそばでは、アルトがベビーベッドの前に立ち、ルカの顔を覗き込んでいた。
――まるで従者だな。
ベッドに前足をかけるのはよくないと心得ているのか、身体を低くして、そっと鼻先だけを柵の隙間から差し入れている。
ふんふんと匂いを嗅ぐその様子は、まるで「元気か?」とでも尋ねているようだった。
ルカがその気配に気づき、ぱちりと目を開ける。
ふわりと揺れたアルトの鼻息にくすぐられたのか、小さな手足をばたつかせながら、キャッキャと笑った。
アルトは鼻を鳴らし、しっぽを左右にゆっくりと揺らす。ふわふわの毛並みが、床の上でやさしく擦れる音がした。
「おい、アルト。それは近すぎるぞ」
俺が眉をしかめて声をかけると、アルトは耳をぺたんと伏せ、鼻を引っ込める。だが金色の目は、まだ名残惜しそうにルカを見つめていた。
――……まったく。甘やかす奴が、またひとり増えたな。
そんな和やかな空気の中、俺は隣に座っているエルナに目をやった。赤ん坊の小さな笑い声と、もふもふのしっぽが床をパタパタと打つ音。それらが、ひとつの小さな世界をつくっていた。
そのぬくもりの中心に、エルナがいる。赤ん坊を見つめる横顔は、優しくて穏やかで、すべてを包み込むような光に満ちていた。
エルナと家族になりたい。しかし、トミーとユリルがいるところでは、さすがに告白はできない。
――そうだ、屋上に誘うか?
「あの……エルナ、俺と屋上に――」
「はーい、差し入れ持ってきたわよー!」
女将たちが、まさに絶妙なタイミングで(いや、悪い方の)どっと入ってきた。
手には焼き立てのクッキーや、獲れたての野菜や果物まで抱えている。
「はい? 団長、いま何か言いかけてましたよね? なんでしょう?」
エルナが首を傾げる。
女将たちまで増えてしまっては、もう屋上に連れ出すどころではない。
――……また、今度にするか。
「……いや、なんでもないよ」
俺は小さく咳払いしながら、視線をそらす。
――俺はいったい、なにをやっているんだ?
◆◇◆
数日後――
今度こそ、と思っていた。
エルナが赤ん坊を寝かしつけたあと、ふたりきりで屋上に出ていた。
夏が近づいていて、少し蒸し始めた空気を、爽やかな風がなでていく。
アルトの散歩も済ませたばかりで、夕焼けが静かに街を染めていた。
まるで、告白のために整えられたような、完璧な空気だった。
「……エルナ。俺、ずっと――」
「う、うぇぇぇん!!」
突然、ルカの泣き声が響いた。
エルナは慌てて立ち上がり、すぐさまその声のする方へと駆けていく。
残された俺は、言いそびれた言葉を持て余したまま、しばし立ち尽くした。
……なんで、毎回こうなるんだ?
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(レオン団長視点)
部屋の中には、柔らかな笑い声が満ちていた。
赤ん坊――ルカは、とろんとした目で大きくあくびをし、小さな手をぱたぱたと振っている。
食堂の隅には、小さなベビーベッドが置かれている。
ルカのために俺が作った。
屋上に置くテーブルや、傷んでいたベンチを直したときと同じように、ただ黙々と手を動かしただけだ。
特別なことじゃない。
だが、ルカがすやすやと眠る様子を見ていると――たしかに、俺はこの小さな寝台を作った意味を感じていた。
トミーは、その手が自分の指に触れないよう気をつけながら、そっとほっぺをつついていた。
その様子を見守るユリルも、かつてエルナの部下だった兵士だ。
「団長。……ルカなんですけど、握力すごくないですか? 俺の指、もうちょっとで持ってかれそうでしたよ」
トミーの声には驚きと、どこか感動も混じっていた。目を丸くして笑うその表情に、つられてこちらの頬もゆるむ。
俺は、誇らしい気持ちがむくむくと湧き上がるのを止められなかった。
「ん? そんなもんじゃないさ。ルカはな……将来、俺を超えるんだ。間違いない」
自分でも笑ってしまうくらい、真顔だった。
しかし、それは冗談でも思いつきの言葉でもなく――心からの本音だった。
なんといっても、エルナの息子だからな。
勇敢な女性騎士だったエルナ――孤児から剣一本で騎士にまでのぼりつめた、気骨ある将来有望な部下だった。
アレグランなんかより、何十倍も期待していたんだ。王女殿下の護衛に、という話まで出ていたくらいだ。
そんなエルナの息子なら、きっと、とてつもない可能性を秘めている。
だから俺は、全力で応援するって決めていた。
そのすぐそばでは、アルトがベビーベッドの前に立ち、ルカの顔を覗き込んでいた。
――まるで従者だな。
ベッドに前足をかけるのはよくないと心得ているのか、身体を低くして、そっと鼻先だけを柵の隙間から差し入れている。
ふんふんと匂いを嗅ぐその様子は、まるで「元気か?」とでも尋ねているようだった。
ルカがその気配に気づき、ぱちりと目を開ける。
ふわりと揺れたアルトの鼻息にくすぐられたのか、小さな手足をばたつかせながら、キャッキャと笑った。
アルトは鼻を鳴らし、しっぽを左右にゆっくりと揺らす。ふわふわの毛並みが、床の上でやさしく擦れる音がした。
「おい、アルト。それは近すぎるぞ」
俺が眉をしかめて声をかけると、アルトは耳をぺたんと伏せ、鼻を引っ込める。だが金色の目は、まだ名残惜しそうにルカを見つめていた。
――……まったく。甘やかす奴が、またひとり増えたな。
そんな和やかな空気の中、俺は隣に座っているエルナに目をやった。赤ん坊の小さな笑い声と、もふもふのしっぽが床をパタパタと打つ音。それらが、ひとつの小さな世界をつくっていた。
そのぬくもりの中心に、エルナがいる。赤ん坊を見つめる横顔は、優しくて穏やかで、すべてを包み込むような光に満ちていた。
エルナと家族になりたい。しかし、トミーとユリルがいるところでは、さすがに告白はできない。
――そうだ、屋上に誘うか?
「あの……エルナ、俺と屋上に――」
「はーい、差し入れ持ってきたわよー!」
女将たちが、まさに絶妙なタイミングで(いや、悪い方の)どっと入ってきた。
手には焼き立てのクッキーや、獲れたての野菜や果物まで抱えている。
「はい? 団長、いま何か言いかけてましたよね? なんでしょう?」
エルナが首を傾げる。
女将たちまで増えてしまっては、もう屋上に連れ出すどころではない。
――……また、今度にするか。
「……いや、なんでもないよ」
俺は小さく咳払いしながら、視線をそらす。
――俺はいったい、なにをやっているんだ?
◆◇◆
数日後――
今度こそ、と思っていた。
エルナが赤ん坊を寝かしつけたあと、ふたりきりで屋上に出ていた。
夏が近づいていて、少し蒸し始めた空気を、爽やかな風がなでていく。
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まるで、告白のために整えられたような、完璧な空気だった。
「……エルナ。俺、ずっと――」
「う、うぇぇぇん!!」
突然、ルカの泣き声が響いた。
エルナは慌てて立ち上がり、すぐさまその声のする方へと駆けていく。
残された俺は、言いそびれた言葉を持て余したまま、しばし立ち尽くした。
……なんで、毎回こうなるんだ?
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