【完結】夫がよそで『家族ごっこ』していたので、別れようと思います!

青空一夏

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42 優しい日常とそれを脅かす……

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 ※エルナ視点


 すやすやと眠っていたアルトだったけれど、一刻ほど経つと、まるで何事もなかったようにぱちりと目を覚ました。

 でも、目を覚ましたその姿は――やっぱり、あのときのままだった。

 銀灰色だったふわふわの毛並みは、光をはじくような純白に変わりもふもふ度がアップしている。ひとまわり大きくなった身体には、透き通る羽がふわりと揺れていた。
 額には、ほのかに光る角が生えていて、その姿は神々しさと愛らしさが同居した、不思議な美しさをまとっている。

 どうやらこの変化は、一時いっときのものではなく、アルト自身の「本来の姿」だったらしい。

 そんなアルトが、ルカと中庭でのんびりと過ごしていると、貴婦人たちが一斉に近づいてきて、口々に褒め称える。

「まぁ、なんてお行儀のいい子ですこと! あんなに優雅な神獣、まるでおとぎ話の中から抜け出してきたみたい!」

「見てください、あの繊細な羽、もしかしたら飛べるのかしら? 素敵! また輝く角が愛らしいですわね」

 アルトはふわりと尻尾を揺らして得意げな顔をしていた。
 
「あるとはすごいんだよ! ぼくのいちばんのおともだち!」

 ルカも誇らしげに言うと、旦那様もにやりと笑った。

「そりゃあ自慢にもなるな。守ってくれて、寝ぼけたルカに毛を引っ張られても、じっとしてる神獣なんて、そうはいない」
「ふふ、本当ね。アルトったら、皆にすっかり好かれて得意げになっているわ」

 アルトはちらりとこちらを見て、ますます胸を張った。

「さすが神獣様……子供がお好きなのですわね」

 義姉のヴェルツェル公爵夫人が感心したようにそう言うと、貴婦人たちも一様に頷き、なかにはありがたがって両手を合わせて拝んでいる方までいた。

 私は、よく頑張ったアルトへのご褒美に、苺をひと粒差し出す。

 大きな身体の神獣が、それを大事そうに、ちょっとずつかじって食べる姿――あまりにも愛らしくて、思わず見惚れてしまった。
 もちろん、ルカにも苺をあげる。
 ふたりして並んで苺を頬張っている様子は、この上なく微笑ましくて――まるで絵本の一場面のようだった。

 幸せそうな顔を見ているだけで、胸の奥がふんわりとあたたかくなる。自慢の家族よ。


 ◆◇◆


 そして、夜。

 食卓を囲む、我が家の団らんの時間。今日もレオンとルカと、こうして並んで座れることが、私には何より嬉しい。

「ルカ、にんじんさんもピーマンさんも、ちゃんと食べてあげなきゃ」
「……うん……ちょっとだけなら……」

 そう言いながら、ルカはそっと手元のお皿をずらして、アルトの方にピーマンを滑らせる。
 見ていないふりをして、私は心の中で笑った。
 案の定、アルトは何も言わずに、ぱくりとピーマンを飲み込んだ。

 「……アルト、お前……共犯か?」

 レオンがぼそりと呟いて、ふふっと笑いをこらえる。
 ルカも「アルトはやさしいんだよ」と得意げに言っていた。

「まったく、しょうがない子たちね」

 私は呆れたふりをしながら、つい笑みをこぼしてしまう。
 こんなふうに、笑いながら過ごせる日々が、いつまでも続いてくれたら――そう願わずにはいられなかった。

 食後にはルカとアルトがじゃれ合い、レオンと私は湯気の立つお茶をゆっくりと口に運ぶ。
 とりとめのない会話をしながら、私は静かに、心からの幸福を噛みしめていた。

 

 •───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
 ※一刻:1時間




 ※レオン視点
 
 王都騎士団本部の執務室に、予期せぬ知らせが届いた。

「団長、至急の命です。陛下が、ただちにお越し願いたいと」

 伝令の言葉に、俺は眉をひそめた。

「理由は?」
「神殿より、何やら“報告”が届いたとか……詳しくはわかりません」
「神殿から……?」

 その言葉に、一瞬だけ眉が動いた。
 だが、心当たりはまるでない。

 神殿と何か揉めるような覚えなんて――いや、むしろここ数年、関わること自体がほとんどなかったはずだ。なぜ、自分が? 首をかしげるしかないまま、俺は王宮へと向かった。


 謁見の間に着くと、陛下から早速お言葉がかけられる。

「レオン、神殿からこんな文書が届いている」

 陛下が机上の羊皮紙を指さした。
 手に取って目を通した瞬間、息が詰まるのを感じた。

『王都騎士団長レオン殿が、神獣を私的に操り、騎士団の力をもって王都制圧を企てている――との密告が神殿に寄せられました。つきましては、当該事案についての事実確認のため、レオン殿を神殿へ召喚いたしたく、陛下のご裁可を賜りたく存じます』

 ……は?

 一瞬、誰のことを指しているのかわからなかった。
 しかし、どこをどう読んでも、俺のことだ。
 だが、何をどうしたらこんな話になる?
 冗談にもほどがある。
 まったくもって、荒唐無稽。

「誰がこんな……」

 俺が呟くと、陛下も苦笑を浮かべた。

「くだらない話だと余も思っている。だが、神殿からの正式な要請だ。無視はできぬ。誤解を解くためにも、近く説明に出向いてもらいたい」

「……了解しました」

 紙を握る手に、知らず力がこもった。書かれている内容は、あまりにも馬鹿げていて――笑えるどころか、腹が立つ。

「……陛下。これは、まったくの誤解です」

 そう前置きした上で、アルトに関する経緯をすべて説明した。
 かつて野営中に出会ったこと、妊娠中のエルナを守るために食堂へ住まわせたこと――。
 今では、ルカの親友で、家族として過ごしていること。
 そして、つい先日、ルカをかばって姿が変わったことで、ようやく神獣だったと知ったこと。

「私的に操っているなどという事実は、一切ありません。アルトは――だいじな家族です」

 俺は、はっきりとそう言い切った。

「ふむ、余はレオンを信じておる。まぁ、気楽に説明をしてくればいい」

 陛下は穏やかにそう言ってくれたが――。

 神殿の召喚に応じ、俺はコルネリオ大神官の前でアルトとの経緯をすべて説明した。
 だがその話を聞く大神官の顔は、最初から最後まで、不満そうに歪んだままだった。

「……なるほど。王都制圧というのは誤解だったのですね。ですが――アルト様が“神獣”と判明した以上、その殿と認識しております。そして、まだいくつか……話し合わねばならぬことがございます」

 次々と飛び出す、あり得ない“主張”。

 俺は思わず拳を握りしめた。

 ――これはもう、俺への宣戦布告だ。


•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
※続きはまた明日の夕方18時に!

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