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 成長速度が凄まじいドラゴンは、生まれたばかりの時はとても小さく炎も吐けない。それが四年ほどのわずかな歳月で、すっかり成長した巨大な大人のドラゴンになる。『ドラゴンのように小さく産んで大きく育てる』とはこの世界の諺として有名だった。

 そしてその諺どおり、この二頭のドラゴンは本当に小さかった。子犬ほどの大きさで炎を吐くこともできないようだった。これでは、ヒルダ様やカスコイン伯爵に少しも抵抗はできなかったはずだ。それをいいことに、ムチで叩きながら調教をしていたなんて酷すぎる・・・・・・私は弱い動物を虐待して楽しむ人間は大嫌いだ。

「ずいぶんと残酷なことをなさいましたね。とにかくこの子達の傷を癒やします」

 私はこのドラゴンの子を鎖から解き放ち、身体と心の傷を癒やす。たくさん焼いて持って来たラスクは、道中セオドリック王太子殿下に召し上がってもらう為に日持ちするよう、薄く切ってオーブンで焼き乾燥させたものだ。密封すれば常温でも三ヶ月ほどは保存できる。

 バックパックから水の入った水筒とラスクをとりだして少しずつ与えると、ぐったりしていた身体がもぞもぞと動き出す。すっかり身体を起こしてキョロキョロと辺りを見回したところで、私が優しく声をかけながら抱きかかえた。怯えたように身体を震わせているのは、ヒルダ様やカスコイン伯爵から受けた心の傷のせいだろう。しっかりと二頭を抱きしめながらも、私は急いで外に駆けだした。

 セオドリック王太子殿下とカスコイン伯爵は相変わらず銀のドラゴンから攻撃を受けていたし、騎士団員達もそれぞれドラゴン達と闘っていて、負傷者が倒れているのも見える。

「ここに貴女の子供がいます。ちゃんと生きているのよ。これ以上は暴れないで」
 私は声の限り叫び、ドラゴンの子は母ドラゴンに向かって、身体のわりにはとても大きな鳴き声を発した。

 銀色のドラゴンが攻撃をやめた刹那、カスコイン伯爵がセオドリック王太子殿下の剣を咄嗟に奪い、銀のドラゴンの身体に突き立てようとした。その剣にはセオドリック王太子殿下を守る為に、私が特別な力を与えていた。それはどんな固い物でも切り裂くことができる力だったから、銀色のドラゴンはきっと大怪我を負うはずだ。せっかくセオドリック王太子殿下が銀色のドラゴンを傷つけないように手加減していたのに。

「あっははは。大人のドラゴンなんて皆殺しにしてしまえば良いんだ。まだ弱い子供のドラゴンだけを生け捕りにして、馬や牛のように家畜化すればいい。戦に利用すれば世界を支配できる。俺は世界一の男になれるんだぁーー!」

(そんなことの為にドラゴンの子を攫ったの?)

 世界を支配すると笑ったカスコイン伯爵の顔が醜く歪んで見えた。
 
(剣よ、銀のドラゴンを傷つけないで! 邪悪な者にこそ斬りかかれば良い!)

 そう願ってしまった私は、清廉潔白な聖女様にはなれないだろう。けれど、カスコイン伯爵はやり過ぎた。彼もそろそろ痛い目を見た方が良いのよ。私は優しいだけの聖女様にはなるつもりはない。だってセオドリック王太子殿下を支えて、この国をもっともっと良くしたいから!

 私が祈りを捧げた途端、カスコイン伯爵が銀のドラゴンに向けていた剣が意志を持った。くるりと反転し、カスコイン伯爵の足を切りつけたのだ。

「うわぁーー。俺の足が、足がぁああーー」

 その隙に私は金銀のドラゴンに駆け寄り、聖女の癒やしで傷を治癒した。セオドリック王太子殿下が自分のドレスシャツを破り、カスコイン伯爵の足を縛っているのが見えた。カスコイン伯爵の傷はそれほど深くはない。聖女の私には人は殺せないし、もちろんそのつもりもなかった。

(カスコイン伯爵には生きて自分の罪を償ってもらいたいのよ。自分がどれだけ非道なことをしたか、自覚してほしい)

「痛いよ、痛いよぉーー。兄上助けてください。おい、そこの聖女、ドラゴンを癒やす力があったら、俺の足を先になんとかしろよ!」
 この期に及んでも、カスコイン伯爵はわめき立て私に偉そうに命令したのだった。

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