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37.口説く許可

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「時間をとってもらって悪かったね」
「私の方こそ、お忙しい中ありがとうございます」

 晩餐の後、デリックはアメルの父親であるリンデルス伯爵の執務室にやってきた。
 晩餐の際は気心の知れている相手であるリンデルス伯爵一家とは、和やかな時間を持てたが、いざリンデルス伯爵の執務室に入ると身構えてしまう。

 もちろん、そんな事表に出すことなく、仮面を貼り付けしぐさには気を付けていた。

「商談の方は、毎年のようにお願いしたい。それから、ノイマン家に迷惑かけた迷惑料代わりに、入港の際の関税は多少優遇しよう」

 ノイマン家にかかった迷惑とは、リディアの件だ。
 これに関しては、さほど迷惑をこうむってはいない。

 むしろ、リディアとディリスが盛大に政敵であるノイマン家に無理難題を言ってくれたことで、逆にディリスを完全に孤立させることになった。

 今まで援助してくれいた、母親の実家である侯爵家もついにディリスを見限り、父親である皇帝陛下からも苦言をもらい、今は皇族領となっていた貧しい北の大地へと軟禁されている。

 冬になれば雪に閉ざされ、春も遅く植物も育たない土地を誰かに押し付けることもできなかったが、その土地を手切れ金代わりに押し付けられ、ディリスは帝室の一員から一貴族へとなる予定だ。

 ようやく厄介な人間を完全に排除できたので、そのきっかけになったリディアとの件はそれで相殺される。

 しかし、せっかく税金を安くしてくれると言ってくれているのだから、それを言うことはない。

 アメルの事は好きだが、それとこれとは話が違う。

「ありがとうございます。父も喜ぶでしょう」
「優秀な息子を持てて、デイルは鼻高々だろう」

 さすがに自らをここで誇示するほど図々しくはない。
 デリックは恐縮です、とだけ答えた。

 飲むかと誘われた、グラスにワインを注がれた。
 色の濃いそれは、上質なワインだった。

 しばらく、たわいもない話でお互いの近況状況を伝え合う。
 そして、話が一度落ち着き静寂が訪れた。

 話が変わる――、デリックはそう感じた。

「王太子アイザック様は、今後一切表舞台に姿を現すことはない」

 それは昼間に聞いた話だったが、どうやらそれだけではないようだ。
 なぜ自分に、と思わなくもないが、どうせ本気で調べればアイザックの動向などすぐ知れる。

 おそらく彼は、人知れず病死・・する予定なのだろう。

「アメルには言わないのですか?」
「あの子は当主教育を受けていない。そんな娘に血なまぐさい話はしたくないのだよ」

 なるほど、当主教育どころかそれ以上のどろどろした血なまぐさい事も経験のある自分には、言っても問題ないと言う事か。

「それなら、婿でもお取りになるつもりですか?」

 デリックとしてはそこが知りたかった。
 リンデルス伯爵家はすでに継ぐものがいるので、アメルが自分と結婚しても跡取りの問題はなかったが、ディール公爵家はそうはいかない。

 ディール公爵家の直系の娘として、継ぐことを期待される立場になってしまった。

 これはデリックとしてはなんとか防ぎたい案件だ。
 デリックは自らの立場を理解している。
 そのため、全てを捨ててアメルをとることはできない。それが貴族であり、義務だからだ。
 実力主義のアーバント帝国でも、貴族の称号は未来に向けて受け継がせていくものだった。

「私はアメルに強要することはない。もともと、この国の男と結婚する気はないだろう。散々嫌な思いをさせられたのだ」
「どういう意味ですか?」
「私は、お前との結婚を許してもいいと思っている。ディール公爵家はこのまま取り潰されてもいいと思っている。貴族の爵位を返上してもよかったが、借金の存在が厄介だった。バカ兄の借金でも、ディール公爵家は私の生家。さすがに見かねてね。それに、借金先も巨額の借金の取り立てができなくなれば、困ることになるだろう」

 そこまでする必要が果たしてあるのかデリックは疑問に思った。
 そんなデリックの考えをリンデルス伯爵が笑って答えた。

「家を出た身だが、父や先祖が守ってきたディール家の名声が地に落ちるのだけは我慢できなかったんだ」

 それはデリックにもなんとなく分かった。
 先祖が守ってきたものが落ちぶれていくのは、見たくないという気持ちは。

「そういうわけで、私の代で終わらせてもいい。もうすでに、陛下とも話がついている」
「よろしいのですか?」

 色々と。
 含みのあるデリックに、リンデルス伯爵がにやりと口角を上げる。

「アメルが継ぐと覚悟を決めるのなら、それはそれで今から教育を行う。それは今後・・次第だな」

 こちらの思いなどすっかり把握しているリンデルス伯爵が、最後に一言がんばりたまえと言った。

 アメルの実父からせっかくもらった口説く許可に、黙って頭を下げた。


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