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第一部 ジョセフ

25 今生のレオン

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 二人きりで話したいとレオンが私を連れてきたのは庭の外れにある温室だった。

「もう分かっていると思うけど、僕は前世で貴女に助けられた子供だ。今生の名前はレオン・ボワデフル。ボワデフル子爵の孫息子だ」

「今生の私はジョゼフィーヌ・ブルノンヴィル。国王とブルノンヴィル辺境伯の孫娘よ」

 レオンが自己紹介したので私もした。ボワデフル子爵が誕生日会に参加してくれるように手紙を送って来たので、彼にもすでに私の今生の出自は分かっていると思うけど。

「あのクソガキ……もといフランソワ王子の事で、貴女に迷惑をかけてしまって、ごめんなさい。そして、僕と今生の僕の家族を守ってくれて、ありがとう」

 レオンは、まず前世の事ではなく先程の出来事に対する謝罪とお礼を口にした。

「ボワデフル子爵にも言ったけど、私も、あのクソガキの言動にはむかついたから、ああしたの。あなたとあなたの家族のためじゃないわ」

 謝罪やお礼を言われる事ではない。

「気をつけてね。今回は妃殿下のお陰で助かったけれど、いつもそうなるとは限らない。あなたがヘマをすれば、あなただけでなく、あなたの家族にも咎がいくのだから」

 私も人の事は言えないのだけれど。お祖母様が後で王太子妃や王妃に何か言われるかもしれないのに、後先考えずに、フランソワ王子を「クソガキ」呼ばわりし彼を蹴り飛ばしたのだから。

「……あのクソガキが貴女を連れて行こうとするのを見てカッとなった。でも、そんなの、家族に迷惑をかけてしまったのなら、言い訳になんかならないよな」

 レオンは、ほろ苦く微笑んだ。その幼い体には不釣り合いな大人びた微笑だった。

「肝に銘じる。今生の家族は守りたいから」

 レオンの兄であるリュシアンもレオンの両親も気絶した彼を本当に心配していたし、祖父であるボワデフル子爵も孫であるレオンのために頭を下げた。今生の彼は家族に愛されているのだ。

 そして、レオンも今生の家族を愛しているのは、「今生の家族は守りたい」と言われるまでもなく分かった。祖父が王太子妃に頭を下げる姿を見て、悔しそうにしながらも自分も王太子妃とフランソワ王子に頭を下げたのだから。

「貴女にも前世の記憶があるんだよな?」

 レオンは話題を変えた。

 私の言動は、どう見ても三歳児とは思えないものだ。大抵の人間は気づくだろう。外見と精神の年齢に大きな隔たりがある転生者だと。

「ええ」

 私が頷くと、レオンは勢いよく頭を下げてきた。

「前世で貴女を死なせてしまって、本当に、ごめんなさい! 謝っても許される事じゃないのは分かっている。でも、互いに前世の記憶があるのなら、自己満足でも謝りたかった」

「あれは私の体が勝手に動いただけよ。あなたは何も悪くない。それに、互いに前世の記憶があるとしても、今は違う人間に生まれ変わったのだから、前世の事で私に負い目や罪悪感を抱く必要はないの。それより――」

 私には、ずっと不思議に思っていた事があった。

「どうして、今の私を見て、前世であなたを助けた女だって分かったの?」

 アンディと違って、相原祥子(前世の私)とジョゼフィーヌ(今生の私)の外見は全く似ていない。どうして魂は同じだと気づいたのだろう?

「分かるよ。外見がどれだけ違っても『貴女』なら僕には分かる」

 レオンは自信満々に言っていくれるが私には分からない。レオンしか理解できない何かがあるのだろう。

「前世の記憶がよみがえったのは、貴女と目が合った時だ」

 レオンが言っているのは、ブルノンヴィル辺境伯領から王都パジに向かう途中、彼の祖父ボワデフル子爵が領主を務めるボワデフル子爵領にある駅でブルノンヴィル辺境伯家専用の豪華寝台列車が小休止のため止まった時の事だ。

「突然、前世の記憶がいっきによみがえって気絶した。気がついたのは翌朝だった」

 ジョゼフィーヌもそうだったのだろう。前世の私、相原祥子として生きた三十年の記憶がいっきによみがえって幼い人格は耐えられなかったのだ。何より彼女は消えたがっていたし。

「今までのレオン・ボワデフルとしての記憶はあるのよね?」

 レオンは私と目が合った時こそ日本語を呟いたが、こうして再会してからは、ずっとフランス語……もといラルボーシャン語で会話している。周囲に合わせているのもあるだろうが、私同様、今生の体がずっと遣っていた言語だから、こちらのほうが話しやすいのだ。

「今までのレオンと融合した感じかな? 精神的には前世の僕のほうが年上だし……今生の僕レオンよりヘビーな人生を歩んだから前世の僕のほうが、より強く表に出てきてしまったんだと思う」

 私の場合は今生の人格ジョゼフィーヌが消えたけれど、レオンはどうやら今生の自分を吸収したようだ。

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