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332.竜公国12

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あれ程の憎悪を受けて、平静でいられる者はあまりいないだろう。
誠一は、もし自分なら恐ろしくてたまらない気分に支配されて、
平静を保てないと思った。

シエンナは瞳を閉じて、少し震えていた。
その震えが何に起因するのか誠一には分からなかったが、
彼女の唇に自分の唇を重ねた。
一体、どのくらい重ねていたのか分からなかったが、
互いの唇が離れると誠一はシエンナを抱きしめた。

「私、負けないから。誰にも譲る気なんてないから」

鈍感ではないが、恋愛経験豊富とも言えない誠一だったが、
流石に察すことができた。
しかし、この思いにどう答えていいか分からず、無言でシエンナを
抱きしめていた。彼女の背中に両手を回し、強く抱きしめた。
そのまま彼女をソファーに押し倒したい欲望に駆られたが、
微妙な体勢が長く続いた故に誠一の腰から妙な音が聞えた。
「ちょっと、アル、大丈夫?」

「うっうん、ダイジョブだいじょぶかな。
それよりシエンナ、そろそろ寝ようか」

「そっそうね。そうしましょう」

お互い妙に恥ずかしく、目線を合わせずに会話していた。

「あっ、そうそう。明日は普段、着ているローブでなくて、
僕の漆黒のローブを纏って!あれの方が物理防御力は強い筈だから」

誠一の何気ない一言にシエンナが驚きの声をあげた。
「アル、アレは神より下賜されしローブよ。
この程度のことで貸すとか絶対に駄目。もっと大切に扱って。
その気持ちだけ受け取っておくわ」

「いやいやいや、シエンナの怪我のリスクが減るなら、
別に神の不興を買おうとも別にいいよ。使って」
誠一の言葉に絶対に頷かないどころか、説教を始める始末であった。

「おおっ神よ、神よ。この敬虔なる娘に
このローブを貸し与えることを許したまえ」
誠一が突然、天井に向かって大仰に話し出した。

シエンナは慌てて、両膝を床に付けて天井に向かって祈り始めた。
「神よ、お許し頂いたことに感謝いたします」
誠一の言葉を聞くとシエンナは天井を仰ぎ見て、
同じようにお礼を述べた。

全くの出鱈目であった。誠一は神と対話もしていなかった。
それっぽく振舞っただけであった。
内心、上手くいったとほそくほほ笑み、誠一は明日の朝に
渡すと伝えて、自分の部屋に戻った。

「うおぅ」

誠一は部屋のドアに寄りかかるキャロリーヌを見て、
奇声を発してしまった。彼女の表情はどうにも面白く無さそうだった。

「やっやあ、キャロ。どうしたの?風邪をひくよ」

「そう?そうだとしたら、誰のせいかしらね。
婚約者をおいて、どこかをふらふらしていた男のせいかしらね」

誠一とキャロリーヌの視線が合うことはなかった。
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