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658.氷竜3

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 その夜、誠一は夜警の番に珍しく担当を
割り振られた剣豪と共にしていた。
誠一は吸い込まれるような闇の中で
燦然と輝く星々を眺めていた。
星明りを頼りに夜道を歩くこともあるこの世界にとって、
真夜中のごくありきたりな情景であった。
しかし、ここの地域はそれが秀逸であった。
凍てつく空気が冷たく乾燥しているためであろう。

 ぼんやりと夜空を眺めていると、
誠一はここで一体何をしているのだろうかと
いつの間にか自問自答を繰り返していた。

 元の世界に戻れる可能背は恐らく限りなく低いことを
誠一は薄々感じていた。
ならば危険な冒険家業へ身をやつすほどに没頭するより、
適当に安穏と過ごすのもありなのではと思い至っていた。
キャロリーヌと逢瀬を重ね、シエンナを抱くと、
リシェーヌへの思いの強さが少しづつ摩耗していくことを
ひしひしと感じていた。
二人を抱きながら、この世界を謳歌するのも
悪くないなと自嘲気味に呟いた。
明らかに誠一は覇気を欠いていた。
リシェーヌに長く会えないことが
心を弱らせているのかなと誠一は思い、
ブルーサファイアのような限界突破の天然石を
強く右手で握った。
いつかリシェーヌに贈るために大切に持っている石だった。
しかし、どんなに強く握ろうとも誠一の気持ちが
高揚することはなかった。

「ふむふむ、アルフレート様、悩みごとですかな」
剣豪は焚き火に薪をくべながら、誠一を見つめた。

「やはりそうなりましたな。
しかしながら、それは人として当たり前のこと。
恥ずべきことでも悩むことでもございません。
まあ、そう言っても悩むのが人の性」

今の気持ちを見透かされた誠一は
数年前の『深淵の回廊』での剣豪とのやり取りを
思い出した。
認めたくない気持ちで一杯だったが、
どんな言葉で否定しても嘘を言っているように
しか思えなかった。故に無言を貫いた。

「肉を喰らい、酒を楽しみ、良い女を抱く。
それも良き事。
悠久の刻は実像を大きく膨らませます。
幻想に囚われることを否定はしませぬが、
それが解かれた時、その実像に幻滅し、
失望しないことですな」

誠一は聞くだけで何も答えなかった。
誠一の視線は夜空に向かっており、剣豪の言葉を
吟味しているようだった。
強くなったつもりの心は未だに弱く、
誠一は二人の女性から得られる快楽の方へ
ともすれば逃げがちであった。

「くそっ」

一言だけそう吐くと、誠一は押し黙った。
視線は相変わらず、夜空に向かっていた。
剣豪もそれ以上は何も言わず、ゆらゆらと揺れる炎に
淡々と薪をくべた。
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