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しおりを挟む真斗様が「勘十郎と話をしてくる」などと恐ろしい事を言うので、俺は必死で止めた。
けれど土下座はするなと言われたばかりだ。叱られる覚悟の上で縋る他なかった。
「そもそも何故お前一人だ?鬼崎への嫁を護衛もなしに送るなどふざけている」
「違います!ど、道中の治安が良くて帰っていただいたのですっ、本当です、信じてください…」
その訴えを信じてくれたのか真斗様は渋々ながら止まってくれた。その後、『雪路さんは移動で疲れたでしょう。夕飯まで休んでなさい』。藍之介様からの有り難い提案により、俺は真斗様に部屋へ案内されることとなった
(真斗様は本当に背が高くて立派だなぁ)
雄々しい体格に鍛えられた身体だ。剣を握る姿はさぞかし威厳があるに違いない。立っているだけでも真斗様に守ってもらいたいと想うご婦人方の熱い視線を集めるんじゃないかな…。
どうして真斗様はわざわざ自身より格式の低い家の、長女でもなんでもない俺を?
(もしかして、鬼崎家か真斗様に深刻なご事情でも…?)
けれどそんなこと、俺の口から聞けるはずがない。
「ここまで来るのは長旅だっただろ。この街はどうだった?」
「え?あっ、…さすが都ですね。街も立派な建物ばかりで、私は今日はじめてバスに乗りました」
街並みを見てふと思った。
―――俺が生まれ育った町も、あと数年もすればこんな風に発展するのだろうか?
いや、そうじゃないと困る。
都市に夢や憧れを持ち、同時に職を求めた若者たちはどんどん出稼ぎだと離れてしまった。
お父様も色々頑張っているようだけれど収入は減る一方で、随分土地や山を手放されたと噂に聞く。
「お父様がこの街を訪れたら腰を抜かすでしょうね」
「……榊雪路。お前は父親を恨んだりはしないのか?」
「恨む、ですか?」
目上の方を直視するのは失礼だ…!
足を止めた真斗様が俺を見るよう振り返ったので、あわあわと急いで視線を下げた。
「お前は何故、奉公などと言った?父親に騙されて来たのではないか?」
「…!そ、それは誤解です!」
けれど、なんて言えばいいのか…
――――鬼崎家は、軍人の家系だ。
藍之助様の功績が大きいとはいえ、有事の際は武器を振るう彼らを【ヒトの皮をかぶった鬼】などと恐れて嫌う貴族はいる。
そして、その血を受け継ぐ真斗様。
(きっとお父様は俺が"鬼"を怖がって逃げ出したりしないよう、真斗様の婚約者になったことを最後まで隠して見送ってくださった…)
怖がりで情け無い性格の俺だから信用されなかったのは仕方がない。
でもありのままを話してしまえば、真斗様は俺だけでなく榊家までを不愉快に思われてしまう。それだけは避けねば…。
「見ての通り私には器量も才能もなく、この身以外何もありません。……こんな私をお父様は榊の人間だと励ましてくれたのに、私などが鬼崎様の許嫁として送られるはずがないと、ここへ来るまでにヘンな思い込みをしてしまったようです…」
子宮があるとはいえ男は男。嫁だの妻だのと迎えるならば、せめて自分と同じ階級の貴族であることは最低条件だ。
榊家は鬼崎家よりもずっと下の階級だし、愛人という立場でも烏滸がましい。
真斗様にお会いするまで自分の立場を信じられなかったと語る言い訳を、ふんっと笑う声があった。
「なるほど。つまりお前は、鬼崎とは希少な子宮持ちを昼間は使用人として扱い、夜は孕むまで犯す畜生だと思っていたと?」
「なっ―――!そんなことは思っておりません!」
それこそ誤解だ!あまりの言われように耐えきれず顔を上げた時、俺は息を呑んだ。
―――まるで、時間が止まったような奇妙な感覚だった。
厳しい顔をしていた真斗様が一瞬驚いたような顔を見せたあと、満足げに目を細めたのだ。
微笑んでくれたような錯覚に、はじめて合った目が離せない。
(なんて凛々しくて、お美しい方なんだろう)
この世のものとは思えない尊さに魅入っていた。
あぁ、殴られるんだろうな…
ここまで無礼を働いたのだから、仕打ちは当然だ。
ゆっくりと伸びる真斗様の手の意味を理解してもなお、俺は身を固くし踏ん張ることもせず、ただ見つめていた。
「っ」
けれど、その手が俺に触れることはなかった。パッと何かを振り切るように真斗様は手を引っ込め、俺の視線から目をそらしたのだ。
―――しまった!!
俺もようやく我に返りとっさに頭を下げた。
「しっ、失礼なことを言ってしまい申し訳ございませんっ。処罰はなんでも受け入れます!」
信じられない…!
失礼極まりない言い方をしたのは俺だ。なのに真斗様は、俺を躾けようとした手を振り下ろすことなく抑えて下さったのだ。
「……なんでもか?」
「も、勿論ですっ。鬼崎様に許していただけるならば、喜んで受け入れます」
それでも折檻だけは怖い。
陽の光を浴びてもなお肌白い俺がいっそう青白くなっていた。脂汗もかいていて醜い。
なんとか我慢しようとするのに、痛いほどの視線にぶるぶると身体が震える。
「いいだろう。お前が言った通り、鬼崎の洗礼を受けるといい」
告げられた言葉に目の前が真っ暗になるかと思った。
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