上 下
4 / 20
思いの綴り

創世神話

しおりを挟む
 今より遙かな大昔、まだ天界と地上とが繋がっていて、神々がそこかしこにおられた時代。

 この世界には青、赤、黄、黒、白の5種類の肌の人間達と、“日光人”と呼ばれる神々に選ばれたる人類がいた。

 その“日光人”の中に1人の男子がいたのだが、彼は特に何をしたわけでも無いのに人々に無条件に忌み嫌われ、あるいは蔑まされて馬鹿にされ、下に見られ続けていたのだ。

 何故かと言えば彼は元来が大人しい性分で、闇雲に他人様に暴力を振るうような荒々しさが無かったし、また何をやってもおいそれとは反撃をして来なかったから、周りの者達はますます調子に乗って彼に辛く当たり、迫害を始めたのである。

 そんな周囲の冷酷さと残虐さに、最初の内は為す術もなくやられたい放題であった彼は、その辛さのあまりに何度か自殺を図った事もあった、しかし。

 彼は死にきれなかった、そのことごとくを生き延びてしまった彼は結局、その後も数年間に渡って横暴なる人々の心無い言動と圧力とに耐え続けなければならなかった。

 当然と言うべきか、そのような状況下に於いて友は無く、理解してくれる者も寄り添ってくれる者もおらず、両親すらも彼の言葉に耳を傾けようとはしなかった。

 ある日、彼はとうとう意を決して初めて自分の力を横暴なる人々に向けて爆発させる腹を決め、その第一段階として彼等に決闘を申し込んだ、しかし結果は無しのつぶてだった、彼を揶揄からかい、圧力を掛けて来た者達は皆、揃いも揃って腰抜けであり、とてもではないが決闘に応じられるような度胸や気概を最初から持ち合わせてはいなかったのだ。

 その後も何度となく彼は自身に対してちょっかいを掛けてくる者共に決闘を申し込んだがその度に彼等はもっともらしい言い訳を繰り返しては戦いから逃げ続け、雌雄を決するのを避け続けたのである。

 彼がしようとした事は確かに極めて野蛮的な振る舞いであり、決して褒められたモノでは無かったがそれでも、彼は困難に対して自身の命を懸けてしっかり立ち向かい、地に足を付けつつ冷静になって相手を見極めたお陰で遂にはそのヘタレな腑抜け本性を見抜く事が出来たのだった。

 それからと言うもの彼はそう言った連中に昔ほどは振り回される事が無くなり、心安らかな日常を取り戻す事が出来たのだが、そんな彼を天界から興味深そうに眺めておられた“トヨウケノオオカミ”と言う一柱の神がおられた。

 西方諸国では後に“ヤハウェの神”と呼ばれる事になる“トヨウケノオオカミ”は最初、このひとりぼっちの男子に憐れみを掛けられて天界へと引き上げてやろうとしたのだが、最後の最後で彼は自分の足で大地を踏み締め、心を燃やして艱難辛苦に立ち向かって行き、遂にはそれを打ち破って克服してしまったのだ。

 すると神はそれを面白がって“善し”として、彼を改めて天界へと引き上げては自身の血肉を分け与えて秘術を教え、様々な物事、真理を学ばせた後に再び地上へと送り返したのである。

 地上に戻った彼は早速、その力を駆使して自分を迫害していた人々に正義の鉄槌を振り下ろし、滅殺した後で両親らも追放し、新たなる王国の建設に取り掛かった。

 国作りは順調に推移して行き、勢いを増して行った彼の前に敵も障害も何も無く、物事は全て上手く運んでいたのだ、そんなある日。

 彼は新たに縁を結んだ友人知人達の勧めに従い、花嫁を娶る事にしたのである。

 相手は彼の唯一の理解者にしてずっと味方でありつづけてくれた、幼馴染の女性だった、彼がまだ小さかった頃に“聖女”として海外の大賢者達から推奉され、日光人達の住まう国である“秋津洲”から遠い異国へと旅立って行ってしまった彼女を何とか呼び戻して婚姻を結び、神々からも祝福を受けて2人は幸せな生活を送っていた、ところが。

 その蜜月が身を結び、2人の間に子供が出来た時に悲劇は起きた。

 両者にはある、現生人類を巡っての思想的な対立があった、花嫁は海を渡って行った先での人々の浅ましさや浅はかさ、暴力的思考に辟易としており、もう一方の花婿もまた、それまでの経緯から99%は人間に対して絶望していたモノの残りの1%は、“人々の持っている可能性に賭けてみたい”と言うのが偽らざる正直な心情だったのだ。

 最初は単なる議論にしか過ぎなかった2人の心の食い違いはやがて、神々をも巻き込んだ壮大なる戦争へと発展して行くモノの、実は神々の間でも“人間不要論”と“まだ答えを出すのは早い”と言う二大勢力が台頭していてこの内、人間に対してネガティブな神々の使いが花嫁側に接触、彼女を旗頭として祭り上げ全面攻勢を掛けて来たのである。

 およそ十年間続いたこの戦いは最初は“穏健派”の思うようには進まなかった、人間達の中には花嫁と同じように同族に絶望している者も多くて解放された彼等の日頃から溜め込まれていた不満や鬱憤は極めて強力な武器となり、“穏健派”の頭上に降り注いで行ったのだが。

 情勢は“トヨウケノオオカミ”と“アメノミナカヌシ”と言う2柱の神が参戦してから一気に花婿側に傾いていった、“創造神”と“宇宙神”の加勢を得て力と勢いとを取り戻した“穏健派”の神々と人類は、一気に“強硬派”を各地で打ち破っていったのである、そして。

 最後の戦いで花嫁と花婿は直接、互いに刃を交える事となった、彼等の力量は互角であり、覚悟も気力も拮抗していたから中々に勝負が着なかったが最後の最後で。

 花婿は花嫁の手の甲を払って武器を叩き落とさせた、“花婿の勝利だ”と誰もが信じて疑わなかった、ところが。

 花婿は自らも武器を捨てて傷だらけとなった花嫁を抱いた、涙ながらに抱擁したのだ。

「一緒に生きよう、もう一度・・・」

 花婿はそう言ったが花嫁は驚愕し、困惑しつつも懐に隠し持っていた短剣で花婿の胸元を刺した。

 花婿は絶命する前に彼女のお腹の中にいた、自分達の子供の名前と、“愛している”と言う言葉を彼女に告げて力尽きた、その直後。

 花嫁は涙を流して己の取った行動を酷く後悔し、かつ悲しんだ、“何てことをしてしまったのだろう”と、“やってはいけない事をやってしまった”と。

 そして。

 手にした短剣ですぐに自分も喉元を突き刺し、花婿の後を追おうとしたのだが、それを“トヨウケノオオカミ”に止められ、夫の意志を継ぐように、と諭される。

 “2人の子供を産んで育てるように”とも。

 そして神は花婿の魂を救済して輪廻転生の輪の中へと戻してやり、花嫁には“お前の罪が贖われた時、お前は今一度彼に会う事が出来るだろう”、“共にある事が出来るだろう”と予言された。

 結局、神々をも巻き込んだ大戦は“穏健派”の勝利で決着をした、爾来じらい、実に一万数千年ー。

 2人の物語が再び動き出し、紡ぎ合わさる時がやって来た、それは既に失われてしまった伝説、今では誰も語り継ぐ者がいない神話。
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

メサイアの灯火

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:73

サキュバスを腹上死させた魔王ですが世界中から狙われるようになりました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:276

溺れる人魚は淫乱ざかり

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:51

ダイポールを超えて~1グーゴルの幸せ~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:29

騎士は愛を束ね、運命のオメガへと跪く

BL / 連載中 24h.ポイント:2,692pt お気に入り:440

インピオ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:63

処理中です...