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8章

染み込むカレー臭

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 今日も朝早くからリシクさんが迎えにきてくれた。

「じゃあ、グレンは別行動だね。お昼ご飯は適当に食べて」
〈うむ。何かあれば念話で呼んでくれ。ジルベルトはセナを守れ〉
「はい! 命にかえてもお守り致します」
「いやいや! ジルの命も大切にして!」
われも夜には戻る〉

 グレンに見送ってもらって、私達は馬車に乗り込んだ。
 あの美味しい果実水のお店に寄ってもらいたかったけど、朝早すぎておそらく開いていないとリシクさんに言われてしまった。



 まっすぐ厨房に向かう途中で、ドナルドさんが待っていた。

「これが教える用の目潰しの粉だ。あと、報告が遅くなってしまったがアンタが探している黒煙のパーティはアプリークムにいるらしい。陛下の名前を出したら詳細も調べられると思うが、どうする?」
「取ってきてくれたの? ありがとう! アーロンさんの名前出したら、向こうの冒険者ギルドもガルドさん達も驚いちゃうだろうから、私がアプリークムに入ったらギルドに聞いてみる」
「そうか……役に立てなくて悪いな」
「ううん。ありがとう! 寝てないんでしょ? しっかり休んで、あとでキッチンにおいでよ」
「あぁ、あとで邪魔する」

 カレー粉やソースの粉を受け取って、目の下のクマが色濃いドナルドさんに言うと、私の頭をポンポンして去っていった。


 厨房では料理長を始め料理人さん達が整列して待ち構えていた。

「昨日は申し訳なかった。先生、お願いします!」
「えっと……昨日も思ったけど、その先生って何?」
「おれらが知らん料理の数々を教えてくれるその優しさ! 失礼なことを言っちまったおれに、文句のひとつも言わない寛大さ! 先生って言葉がピッタリだろ? それとも伝道師や師匠の方がい良かったか?」
「うひっ!? 伝道師とか勘弁して! 普通に名前呼んでくれていいんだよ?」
「なら先生で頼む」

 名前呼びをスルーされてしまい、リシクさんを見ると「すみません」と苦笑いで謝られた。

「はぁ……それはおいおい直してもらうとして、カレーだね。アーロンさんは晩餐会って言ってたけど、他国を招く料理って作り慣れてるの?」
「おう! 陛下がかしこまった料理が好きじゃないから普段からこっちで料理を作ってるが、おれらは宮廷料理人だ」

 料理長が自分の胸をドンッと叩いて自信満々に告げた。
 宮廷料理人を見たことがないけど、この喋り方とか態度で大丈夫なのか……いや、この国ならではかもしれない。

「そうなんだ。晩餐会ってフルコースでしょ? メニューは決まってるの?」
「ふるこーす?」

 フルコースが通じなくて焦りながら説明すると、私が想像していた晩餐会とはどうも違うらしい。
 他国の晩餐会はフルコース形式が多いらしいけど、この国の晩餐会はいくつか料理を用意して、好きな物を好きなだけ食べるんだそう。今回はカレーを強制的に配って他のものは好きなものをどうぞお食べ~ってするらしい。

「何その食の祭典みたいなの……」
「食の祭典! それはいいですね! 早速陛下に言って参ります!」
「え? あ、ちょっ、リシクさん!?」

 私の呟きにいち早く反応して、リシクさんが厨房を飛び出してしまった。

「追いかけますか?」
「はぁ……ううん。こっちの話進めちゃおう。メニュー教えてもらってもいい? カレーと合う合わないもあるから」
「なるほど! ちょっと待ってろ! 作ってやる」

 料理長が指示を出すと、料理人さん達がキビキビと料理を作り始めた。
 できたものから試食をしていくけど……全体的に味が濃すぎる。これだとカレーのインパクトは薄れちゃうと思う。
 次にドライカレーを作ってもらうと、慣れていないせいか味にまとまりがなかった。
 これは時間がかかりそうだ。
 カレー作りの注意点を指示して、その間に他のメニューをどうしようか考える。

「ねぇ、ジルはどうすればいいと思う? メインはドライカレーだとして、他にも食べるもの必要だよね?」
「そうですね……セナ様のカレーを全面に推すのであれば、カレー粉を使った違う料理があった方がいいと思いますが……ドライカレーの作り方と両方覚えられるのかが心配ですね」
「あ! なるほど! いいこと思いついた! フェスみたいにしちゃえばいいんだよ!」

 ジルに料理長を呼んでもらい、出す料理をほとんどドライカレーにすることを伝える。
 カラいのが苦手な人用に甘口あまくちのものから、辛口からくちのものや激辛なもの。飲み物は新鮮な牛乳も用意してもらおう。
 入れる野菜の工夫をすれば各カラさでもバリエーションができる。
 アレンジ可能レシピとして登録するなら大丈夫なハズ。
 さっぱり系としてサラダとシメのフルーツでもあれば充分でしょう。
 他に何か必要なら自分達でなんとかしてもらいたい。

「おおお! そいつぁ、名案だ!」
「料理人さんを三つくらいにグループ分けしてもらえる? あと、用意できるお肉と野菜とか食材を教えて」
「わかった」

 料理長に書き出してもらった野菜一覧を見て、作れるカレーを考える。
 魚は手に入らないのかと聞いてみると、あるにはあるけど数を仕入れるのが難しいらしい。まぁ、荒野だもんねと納得した。食べ慣れてないなら微妙かもしれないしね。

「お肉は鳥と豚とモーマット辺りにして……野菜は……あっ! ひよこ豆あるじゃん! ノーマルと豆と……あともう一つくらいあった方がいいよね……」
「な、なんだ?」
「セナ様の思考の邪魔はしないで下さい。グループ分けは決まったのですか?」

 ブツブツと呟きながら入れる食材を書き出していく。
 トマトがあったので最後の一つは夏野菜カレーに決めた。

「よし! 決まったよ! まず第一グループはノーマル! 今作ってもらったやつとほとんど同じ。お肉がバガンタールに変わるだけ」
「「「「はい!」」」」
「次が彩り野菜カレー! これは入れる野菜が変わるのと、お肉は鳥肉だよ」
「「「「はい!」」」」
「最後が豆カレー! これは野菜を減らした代わりにピヨピヨ豆を入れるの。お肉はオークね。多分これが一番変わるから、これは料理長のグループがいいと思う」
「「「はい!」」」
「ガッテンだ!」

 メモ紙を渡すと、特に相談し合うワケでもなく各グループごとに作業に入ってくれた。
 料理人のほぼ全員がカレーを作っているため、今日のお城のお昼ご飯は強制的にカレーになりそうだ。
 作ったやつを捨てるよりはいいと思うけど、失敗したやつを出して大丈夫なんだろうか?

 戻ってきたリシクさんにお昼ご飯のことを聞いてみると、既に今日は一品しかないと通達していたらしい。なんて用意周到な……
 晩餐会のメニューを勝手に決めたことを説明すると、「素晴らしい案です! 後ほど陛下がくるので、そのときに説明しましょう!」とノリノリだった。

 踏み台をあっちこっちに運びながら料理人さんに指示を出しては、味見をして確認する作業をこなしているとあっという間にお昼の時間になってしまった。
 さすがに失敗品まんまを出すのは可哀想なので、私が味を調整したものを食堂に来た人に出してもらった。

 ドナルドさんはお昼すぎにアーロンさんと共に訪れ、他の兵士さん以上に食べてお仕事に戻っていった。
 アーロンさんは晩餐会のメニューの話をすると、いい案だと私の案をそのまま採用するらしい。料理人さん達に指示を出した後だからダメって言われたら困っちゃうんだけどね。

 そのまま夜まで作業して今日のレッスンは終わり。
 馬車で送ってもらうとき、既に私は眠気に襲われて船をこいでいた。

〈おかえり〉
「ただいま~。疲れた……眠ーい」
〈セナ達からカレー臭がするな〉
「え!?」

 宿の部屋に戻って早々、グレンの衝撃発言に一気に目が覚めた。
 そりゃあ一日中カレーを作る場所にいたから染み込んでるかもしれない。
 グレンはただカレーの香りがするって言いたかったのかもしれないけど、カレー臭は全く意味が違う加齢臭に聞こえてしまう。

「コテージのお風呂入ってくる!」

 コテージに急いで飛び込み、お風呂場までダッシュ。
 カレーの匂いは食欲をそそるから好きだけど、匂いをまとうとなったら話しは別だ。
 乙女心としては、どうせ香るならお気に入りのボディソープみたいな香りの方がいい。もしくは柔軟剤。

 体を洗った後、服にも匂いが染み付いているかもしれないと、脱いだ服をおけに入れてボディソープで洗った。

「服用の洗剤が欲しいね……なんなら洗濯機も」
『主様、センタクキってなーに?』
「洗濯機は服を入れると勝手に洗ってくれる魔道具みたいな感じ。この世界の服洗うのって洗剤とかあるの?」
《確か街に住んでる人はバブルデジェトンの葉っぱ使ってたと思うわ。魔道具なら精霊の子達に言えば喜んで作るわよ》
「はふぅ。今度精霊の国に行ったとき頼もうかなぁ……」
『ちょっと! 主様顔が真っ赤よ!』

 毛穴から染み込んだ匂いが出るようにと、長くバスタブに浸かってたせいでのぼせたかもしれない。
 フラフラする体を大人サイズになったプルトンに支えてもらって着替えて宿に戻ると、グレンとジルにものすごく心配されてしまった。

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