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第三部 12章
女の仕事
セナに見送られた天狐は村を出た瞬間、狐の姿になって雪山を駆けて行く。
よく目を凝らさなければ、雪と同化しそうなほど白く美しい毛並みの狐は見つけられない。
「全く、厄介ね……セナちゃん大丈夫かしら?」
言葉が通じない初対面の雪族の下に置いてきてしまったセナを心配しながら、現れる魔物を瞬殺していく。
当初の予定では家から出せなかったため、さっさと仕事を終わらせて気分転換に遊んであげるつもりだった。
雪を見たセナの様子を考えると、遊びたかったに違いない。
「まさかアタシが子供のことを考えることになるなんてね……あ! あったわ! って、何でここにスノーマンがいるのよ!」
自分の護符を貼り付けた大木のすぐ近くに雪だるまの魔物を見つけ、舌打ちしたくなってしまった。
スノーマンは雪や氷を操るのを得意とするAランクの魔獣だ。通常ならばもっと山の上にしか生息していない。
「面倒ね……」
護符に近付くにはスノーマンと戦わなければならない。
今雪崩が起きたらセナが待っている村が危険に晒されるため、無作為に魔法を放つわけにはいかない。
天狐は長引きそうな戦闘になりそうだと内心ゲンナリしながら魔力を練っていく。
近くで魔力を感じたスノーマンは目ざとく天狐を発見。
数秒の睨み合いの後、先に動いたのは天狐の方だった。
「生きとし生けるもの光と影に晒される。我が光にて悪を滅さん。【ホーリーレイン】!」
天狐が放った光線の雨は見事にスノーマンの体を削っていくが、周りの雪を吸収してすぐに元に戻ってしまった。
スノーマンは苦々しい顔をする天狐に向けてブリザードをお見舞いした。
「チッ! 視界を悪くするなんてずいぶんと悪知恵が働くじゃないの」
自身に結界を張り、再び天狐は魔法を繰り出す。スノーマンも負けじと雪と氷を使って迎え撃つ。
一時間にも及んだ戦闘は、天狐がトドメにスノーマンを火魔法で溶かしたことで終わった。
「はぁ……やっと終わった。帰ったらセナちゃんに癒してもらわなきゃ」
魔力を制御しなければいけないことで戦闘に時間がかかり、加えてセナが現れてからの睡眠不足で、天狐は疲労感が否めない。
「まだまだあるのよね……」
天狐は護符を強化し、再び大木に貼り付ける。これでこの場は雪崩が起きにくくなったハズだ。
天狐は次の護符を目指して再び走り出した。
◇
道中や護符の近くにことごとく現れた高ランクの魔物によって、天狐は疲労困憊だった。
通常であれば、高ランクと言えど天狐からすれば敵ではない。しかし、戦闘の余波で雪崩が起きるとも限らず、低威力の魔法で戦うしかなかった。攻撃力が劣れば必然的に戦闘時間が長引いてしまう。
「何でこんなに魔物が出るのよ……もうとっくに夜になっちゃったじゃないの……」
山の上の方で何か異変でも起きているのではないか……だから魔物が降りて来ているのではないか……と思っても、確認しに行く気力も体力も魔力も残っていない。
疲れから眠気に襲われている天狐の前に、今度はスノーデーモンゴートが現れた。
クリクリとしたつぶらな瞳をしているが、黒光りする角を生やしていることや、呪いや状態異常を得意とする厄介極まりない魔獣だ。冒険者の間では〝雪山の死神〟と呼ばれている。
「本当に何なの……でも、アタシは死ぬわけにはいかないの。セナちゃんが待ってるんだから!」
天狐は疲れた体にムチを打ち、目が合ってしまったそれに攻撃を繰り出した。
◇ ◆ ◇
天狐の帰りを今か今かと待っていたセナは薬草採取の疲れから、いつの間にか寝てしまっていた。
いつも包み込むように一緒に眠ってくれていた天狐がいないことで、セナは再び悪夢にうなされていた。
それは、白い女から発せられるモヤモヤとした何かが自分の体に纒わり付き、浸透してくる……漠然とした夢だった。
うなされては起き、寝落ちすればうなされ……浅い眠りを繰り返していた真夜中過ぎ、セナは何かを感じ取って窓辺に駆け寄った。
外に目を凝らすこと二時間、村の入り口に足を引きずる天狐が現れた。
「жжжж!」
セナは驚き、慌てて部屋を飛び出した。
「ティンコ! жжжжж!」
「セナちゃん……お待たせ」
薄着に裸足のまま走ってきたセナを抱きしめ、天狐はセナに微笑みかける。
「жжжжжжжж!!」
「そうね。疲れたから休みたいわ」
セナは天狐の手を引き、村長宅へ連れて行く。
老婆はセナの叫び声で目を覚ましていて、疲れ果てた天狐を見て驚きに目を見開いた。
「悪いけどポーションはこれしかないんだよ……」
「ふふふ。マジックポーションも合わせて二十本もあれば充分よ。ありがたく飲ませてもらうわ」
老婆は天狐がポーションを飲むのを確認してから「何があったんだい?」と問いかけた。
「もっと山奥にいるハズの魔物や魔獣がいたのよ。出てきたのは全部狩ったから安心してちょうだい」
「そうか……助かったよ。ありがとうね。でも無理はよくない。村を想ってくれるのは嬉しいが、自分を大切にしとくれ」
「いつもなら余裕だったんだけど…………ちょっと寝不足でね」
苦笑を漏らす天狐の目の下のクマが雄弁に物語っていて、老婆は納得した。
その睡眠不足の原因であるセナは泣きそうな顔でしきりに何か呪文のようなものを呟きながら、天狐の足のケガをさすっては宙に手を伸ばしている。
「この村用の護符は全部強化してきたから大丈夫だと思うわ。ただ、また魔物が降りてくるかもしれないから、あんまり奥には入らない方がいいわね」
「そうだねぇ。村人に伝えておくよ。戻るほど回復してないだろう? 今日と明日はゆっくりおやすみ」
「そうさせてもらうわ。セナちゃん、ありがとう。もう大丈夫よ。一緒に寝ましょ?」
セナは心配そうに天狐を見上げ、促す天狐に付いて行った。
それを見ていた老婆は「ヒナみたいだねぇ」と呟いたが、二人には聞こえていなかった。
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