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第三部 12章

もう名前がアウト

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 ジィジに案内されて着いた商会は〝ボタクリ商会〟。
 お店の入り口にデデーンと掲げられている看板を見て、私は顔を引き攣らせた。

「ようこそおいで下さいました! 必要な物があればこちらから伺いましたのに……いえ! 訪ねていただき嬉しいですよ。どうぞどうぞ、こちらの部屋へ」

 何とも好きになれない、胡散臭い笑顔を浮かべながら、私達は応接室に案内された。

「お連れ様は初めましてでございますね。商会長をしておりますヤーベ・ボタクリと申します。以後、お見知り置きを。ジュラル様にはいつも快いお取引きをさせていただいております。へへへ。本日は何をお求めでございますか?」
「食材だな」
「では、当店選りすぐりの物をお持ちしますね。へへへへ」

 やべぇぼったくりって名前がアウトじゃない!? ぼったくりじゃなかったとしてもアウトだよね!?
 ニヤニヤ顔のまま商会長が部屋から出て行き、私はジィジの袖を引っ張る。

「ジィジ、ずっとこの商会と取り引きしてたの?」
「そうだ。あいつは平民だがうぬにビビらなかったからな。どうかしたのか?」
「あのね、あの人……」

 私が説明しようとした瞬間、ドアがノックされ戻って来てしまった。
 急いで結界を解除して何事もなかったかのように繕う。

「お待たせしました! こちらはいかがでしょうか? なかなか手に入らない一品でございますよ!」

 店主が自信満々に見せてきたのは、キアーロ国やシュグタイルハン国で普通に買えるトマトだった。しかもすでに皮がシワシワ。
 確かにこの国では珍しいかもしれないけど……傷みかけの商品を堂々と出すのはどうなの?

「ジュラル様でしたら金貨十枚のところを半額の金貨五枚にお値引きさせていただきますよ。へへへへへ」

 天狐は興味なさそうだけど、アチャは「これが金貨五枚……」と絶句している。
 いくら輸入品でもぼったくりすぎだよ……っていうか、私は色んな物見て選びたいのに、これじゃあ選ぶも何もないじゃん。

「セナ、どうする? 欲しいか?」
「え……ジィジ、本気で言ってる?」
「ん? 気に入らないか?」
「いらなーい。ねぇ、ジィジ。おなか減っちゃったからご飯食べたい。ね? グレン」
〈うむ! そうだな!〉
「ダメ?」
「構わんが……」

 私が来たいってお願いしたのに、急にご飯を食べたいなんて言ったから混乱しているみたい。

「あら! それならこの前入れなかったお店に行きましょ!」
「では先に確認を取って参ります」

 流石頼りになるママ! そのウィンクもサマになってるわ! そしてアチャも行動早い!

「お邪魔したわね。オホホホホ。ほら、ジャレッド行くわよ!」

 天狐に急かされ、ジィジは首を傾げながらも立ち上がる。
 ボタクリは引き留める気はないようで「またお城に伺います」なんて言っていた。



 食堂というよりもカフェのような雰囲気のお店の個室で一息つく。
 店員さんはジィジが怖くて接客したくないのか、アチャがまとめて注文してくれた。

「急に腹が減ったのか?」
「あなた何言ってるの? セナちゃんが機転を利かせたから何も買わされなくて済んだのに」
「どういうことだ?」
「あのね、あの商会、ジィジに法外な値段で売りつけてる悪徳業者だよ」
「は?」
「さっきのアレ、匂いからして傷んでたわよ?」

 天狐が紅茶を飲みながら言うと、ジィジは訝しげに眉をピクリと動かした。
 見せた方が早いだろうと、テーブルの上に新鮮なトマトを出して「一つ銅貨一枚」だと伝えると、三人は驚きに目を見開いた。
 天狐は匂いで傷んでいたのはわかったけど、値段までは知らなかったらしい。

「あの場で言うと取り繕われると思ったのと、ちょっと調べた方がよさそうだったから……」
「……うぬはずっと騙されていたのか……まぁ、怪しいやつだとは思っていたが……まさかうぬに詐欺を働いていたとは……」

 ジィジは乾いた笑いをこぼした。
 信じたかった感じかな? でもこのままジィジが利用されるのは嫌。
 グレンはあの場で暴れたかったみたいだけど、ジィジが〝断罪しにきた〟ってなると、ますます街を歩きにくくなっちゃうだろうから我慢してもらったんだよね。後でデザートあげなきゃ。

「フッ……面白い。どうしてやろうか」
「ジャレッド……あなた、いつも以上に顔が怖いわよ? スタルティはこんな顔にならないでちょうだいね」
「……おい」
「あら? 客観的に見たまでよ? スタルティまで無表情になったらどうするのよ」

 急に話しを振られたスタルティは困惑していたけど、天狐はお構いなしにジィジにダメ出し。
 ちょっと気まずい雰囲気が天狐のおかげで霧散して、いつも通りに戻った。

「さ、ささ冷めてしまいますので食べましょう」
〈うむ! やっとか! いただきます!〉

 アチャの一言で、みんなが食事に手を伸ばす中、ジィジがちょっとだけ口を尖らせていた。
 騙されていたことよりも天狐のセリフの方を気にしたみたい。
(ふふっ。ジィジ可愛い)



 食事を終えた私達は天狐オススメの薬草を扱っているお店にやってきた。
 ちょっと怪しげな雰囲気がまたいいね!
 お店に入れば、壁には乾燥させた薬草がぶら下げられ、棚には何かの液体に漬けられた薬草と……そこら中に薬草が置かれている。

「おぉー!」
「……らっしゃい、って天狐かよ」
「邪魔するわ。セナちゃん、好きに見て大丈夫よ。ただ、危ないのもあるから触らないようにしてね」
「はーい!」

 許可をもらった私は早速鑑定をかけまくる。
 知らない薬草や、図鑑で見ただけの薬草にテンションが上がってくる。

◆ ◇ ◆

「今日は大所帯じゃねぇか。あの子供大丈夫か?」
「セナちゃんなら心配いらないわ」
「ん? その男流血王か?」
「そうよ」
「何だ? 城御用達にでもしてくれんのか?」

 ジャレッドは態度の変わらない店主に虚をつかれた。

「んん? 驚くことなんかあったか?」
「ふふっ。ビクビクされないからよ」
「んあぁ、なるほどな。いくら流血王だからって、いきなり殺すなんてこたないだろ? おれより天狐の方が粗相しそうだ」
「ちょっと! どういう意味よ!?」
「ハッハッハ。まぁ、好きなだけ見てけ」

 怒る天狐に店主は笑って誤魔化す。その様子にジャレッドは我に返るまで時間がかかった。

◆ ◇ ◆

 天狐の行きつけだけあって、珍しい薬草が多い。記憶のないときに採取していたホカホカ草なんかもあった。

〈セナ、これはどうだ?〉
「ん? あ! ステビアだ! ステビアって秋じゃないんだね~」
「セナ様、こちらは料理にも使われているようです」

 グレンとジルが横から指さしてどうだどうだと聞いてくる。 
 主に二人が推してくるのは料理関係の薬草やハーブ。ジルに鑑定結果を教えているアルヴィンも含め、まずは食材らしい。

「欲しいのがいっぱい……どうしようかな? ジルは何か欲しい物ある?」
「僕は紅茶に使えるハーブでしょうか? ただ、アルヴィンがいくつか欲しい薬草があるようです」
〈欲しいなら全部買えばいいんじゃないか?〉
「そうだね、そうしよう! おじさん、決まったよ~!」

 触っちゃダメだと言われたので、カウンターの前に移動して、鑑定で見た名前を羅列していく。
 おじさんは店内をあちこち動きながら集めてくれた。

「ちっこいのに薬草に詳しいんだな。いくつか霊草も入ってっから値が張るぜ?」
「大丈夫!」
「金貨百枚超えるぞ? って、あぁ。そうか……全部で金貨百二十枚と銀貨七枚だ」

 おじさんが何に納得したのかはわからないけど、言われた金額を払う。

「おう、ちょうどだな。いっぱい買ってくれてありがとうよ」
「また来るわ」

 薬草を受け取ってお店を出た私は、店主が「精霊の御子……珍しいもん見たぜ」なんて呟いていたのを知らなかった。

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