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16章

第二王子の腹のイチモツ【1】

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 灯りの魔道具が存在するとはいえ、日本の街灯のようにそこかしこに灯っているワケではない。王都だろうが辺境の街だろうが、〝街灯〟が立っていることのほうが少ないのだ。地下に街があるジィジの国などで等間隔に明かりが灯っていることの方がレアケースである。……ゆえに、本来ならば陽が落ちた後は活動が制限される。
 この世界の基本的な活動タイムは日の出から日没まで。もちろん、各ギルドや飲食店など例外もあるが。


 時刻は夜九時になる少し前――普段ならば夜ご飯やお風呂も済ませ、すでにベッドに入っていてもおかしくない時間である。
 王城ゆえ、城下よりは灯りが設置されている……とは言っても、やはり暗いものは暗いのだ。
 そんな中、暗闇に紛れるように私を右腕に乗せたグレンは部屋の窓から飛び立った。

〈(おい、そんなにギュウギュウと掴むな。飛びにくい)〉
「(そんなに身動みじろぐな……! 落ちるっ、落ちるだろうが……!)」

 グレンが背中に引っ付いているアデトア君に呆れながらも小声で注意するが……当のアデトア君は言い返しながら離さないと言わんばかりに、足まで使ってガッチリとホールドをキメている。おんぶオバケみたいだ。
 へばり付いているのが翼のある背中側だからグレンは飛びにくく、アデトア君は落ちそうになるんじゃなかろうか?
 一度アデトア君も私と同じように抱かえればいいんじゃないかとグレンに聞いてみたら、グレンどころかアデトア君にまで拒否られた。おんぶはいいけど、抱っこは嫌らしい……
 仮面をしていないため、引き攣らせた顔を見て、グレンの里で族長がやってくれたジップラインのような滑空を思い出した。

(アデトア君……そういえばあのときも、思いっきり顔をしかめてたっけ……高所恐怖症なのかな?)

 ひとまず目指す場所は……第二王子であるフラーマ王子の私室である。
 場所が場所だからお城を警護する騎士達にバレないよう、プルトンに誤魔化しの結界を頼んでいる。
 グレンとアデトア君の言い合い? は続いてるし、プルトンにお願いしておいて正解だったね。

 お目当ての部屋に近付くと、すでに部屋付属の小さなバルコニーの窓が開いていることに気が付いた。
 私達がそこへ降り立つと、空気を読んだプルトンが結界を解除する。

「ふぅ……やっと着いた……」
「おわっ! おぉ……驚いたな。音も気配もなく現れるとは……」
「ごめんね。他の人に邪魔されたくないからさ」
「元々連絡をもらっていたからね、構わないよ」

 アデトア君の発言で、窓辺近くのイスに腰掛けていたらしいフラーマ王子はガタンと音を立て、慌てて立ち上がった。
 プルトンの結界でバルコニーにいきなり現れたように見えたみたい。
 目を丸くさせていたフラーマ王子は完全にオフスタイル。ゆったりとしたガウンを着て、下はスリッパ(サンダルなのかも)だった。
 なんだろう……以前よりは身長が伸びているアデトア君よりサマになってる気がするのは気のせいかな?

「おい、セナ。絶対今何か失礼なこと考えただろ」
「……ソンナコトナイヨー」
「わざとらしい誤魔化しをするな。誤魔化すならもっと上手く誤魔化せ……」
「まあまあ、細かいことは気にしないの。ハゲるよ?」
「やめろ、不吉なことを言うな……!」

 とっさに髪の毛を押さえるアデトア君に笑ってしまう。

「冗談だって~。将来はわかんないけど」
「セナが言うとシャレにならないんだよ……」
〈セーナー。もういいだろ〉
「そうだね。じゃあ、終わったころに迎えにくるから」
「おや? セナ嬢は同席しないのかな?」
〈セナはわれだからな!〉

 フフンと得意気に胸を張るグレンも可愛いけど、今回出かけることになった理由も可愛い。
 一言で簡潔に説明するとヤキモチだ。
 こっちに来る前からアーロンさん達ばかり構っていたのが気に食わなかったみたい。
 楽しそうにリノベーションしてたことを指摘したら、〈それはソレ、これはコレ。セナ不足だ!〉と言われてしまった。
 クラオルは『甘えたいだけよ』なんて冷めた目を向けていたものの、二人で出かけることは特段反対ではないらしい。

「デートね。結界も張るけど、念のために護衛としてクラオルが残ってくれるから安心して」
「護衛?」
「人払いしてもらったから何かあったときに困るでしょ? それともジルとかニキーダとかジィジの方がよかった? 二人の方が話しやすいかなって思ったんだけど……」
「そ、そうだね、助かるよ」

 口許を引き攣らせたフラーマ王子から素早い返答がきた。

(わりと食い気味だったな。苦手なのは……歯折れ事件のこともあるし、やっぱニキーダかな?)

 王子が納得したところで、クラオルにお願いねとキスを送り、アデトア君の肩に乗せた。
 王子の部屋の周りには本当に人の気配がない。予想外に〝お願い〟を聞いてくれたみたい。
 実は見張りとしてプルトンがいるから何も心配はいらないんですがね。本当に何かあったとき、二人以外が魔法を発動したら、誰がやった!? ってなっちゃうからさ。
 ちなみにグレウスは影の中だ。私と離れるのは嫌なんだって。可愛いよね。
 グレンに再び抱えられた私は二人に手を振ってデートへと繰り出した。

◆ ◇ ◆

 グレンとセナが去って行ったを見送ったフラーマは、二人が視界から消えたのを確認して息を吐いた。
 クラオルがいるとはいえ、兄と二人きりなのは初めてだった。
 前は乳母か父がいた。お互い憎からず思っていることはわかっているものの、とりまく環境のせいでなかなか機会が訪れず、最後に交した会話らしい会話はもう数年前になるのか……と考えながら、フラーマはバルコニーへ続く窓を閉め、アデトアに席を勧めた。

「……こうしてお話するのはお久しぶりですね」
「そうだな。時間を作ってくれたことを感謝する。今日は腹を割って話したい。セナの結界で今夜のことが外部に洩れることはないから安心していい」
「それは助かります」

 クラオルは二人の会話に耳を澄ませつつも、瞼を閉じて興味のないフリをしている。
 そんなクラオルをチラりと見たフラーマはアデトアを真っ直ぐ見つめて問いかけた。

「先にお聞きしても?」
「ん? なんだ?」
「……レインに可能性はあると思います?」
「は? ………………最初の質問がそれなのかよ……もっと、こう、他にいろいろあるだろ……」

 真剣な顔をして何を言うかと構えていたアデトアは一気に脱力感に襲われた。

「大事なことかなと」
「……思ってないだろ」
「思ってますよ、一応は。まぁ、無理だろうなとは思いますけど」
「わかってるなら聞くなよ……」
「兄上は……そんなに表情が豊かだったんですね。知りませんでした」

 飄々とした態度から一転、しみじみと呟かれたセリフにアデトアは息を呑んだ。

「……いや、セナと関わってからだな。前は魔力も感情も抑え込んでいた。今思えば何年も笑った記憶がない。お前もアイツに振り回されてみろ。今まで培った常識は木っ端微塵、感情の抑制なんてできないぞ。開き直るしかない」
「ハハッ。レインが聞いたらまた仲のよさに嫉妬しそうですね」
「また?」
「ここしばらく、兄上はセナ嬢達と生活を共にしていたでしょう? それを知って、会う度に『ズルい』って不貞腐れてたんですよ」
「あぁ……なるほど」
「まぁ、兄上というよりはミリエフェ殿下に対してですね。どうもライバル視しているみたいで」

 アデトアはジルベルトとスタルティから聞いた話を思い出した。
 レインの誘い文句をミリエフェがことごとく突っぱねて、その後……

「確か〝レイン少年歯折れ事件〟だったか?」
「ブッ! ハハハハハッ!」

 そのままじゃないかと、フラーマが噴き出した。


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