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怒れる姉

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「婚約破棄をされた!?」

 オズベル子爵家の食堂に、大きな声が響き渡る。
 オズベル家の長女、ハナン・オズベルの声だ。 
 紫色の髪が肩の辺りまで伸びており、屋内ではあるが、縦に長い帽子を被っている。

「あ、姉上……。シェフに聞こえますから……」

 ハナンを嗜めたのは、弟のレイダー・オズベル。
 短く切りそろえた金色の髪と、碧い瞳が特徴的な美少年。
 
「聞こえたっていいわよ。どうせ知らないのは私だけでしょう?」
「……そうですね」

 ハナンは、食事の時間まで、森で魔法の研究をしていた。
 
 オズベル家は代々魔法使いの家系であるため、魔法を研究するための環境は整っている。
 森とオズベル家の屋敷を繋ぐ地下道が存在するのだ。

 ……もし、地上を歩いて帰って来ていたのなら、噂話が嫌というほど耳に入ってきただろう。

「どうして婚約破棄なんてされたの? 信じられないわ」

 レイダーは、贔屓無しに美しい少年だった。
 街を歩けば、誰もが振り向き、笑みを向ければ、ハッとしたように女性は頬を染める。
 性格も真面目で優しく、魔法の腕もかなりのもの。

 それでも婚約を破棄されるとしたら……。

「……まさか、浮気?」

 レイダーが、ピクリと反応した。

「浮気なのね……」
「お姉様。良いんです。元々お相手は伯爵令嬢様。僕では不釣り合いだったのでしょう」
「不釣り合いだなんてとんでもない!」

 レイダーの婚約者である、伯爵令嬢のマーシャ・クレセンドは、顔こそ整っていたが、とにかくわがままな娘だった。
 こいつが妹になるのか……。と、正直ハナンはうんざりしていたくらいである。
 
 それどころか、浮気が原因で婚約破棄! 絶対に許せない!

「まさか姉上。復讐をしようなどと考えないでくださいね? 騒ぎになる方がよほど苦痛です……」
「……あなたの気持ちはよくわかるわ。だけど、姉である私にも、彼女は謝るべき義務があると思うの」
「それは……。確かにそうかもしれません」
「お父様とお母様は? なんとおっしゃったの?」
「後日、親同士で会話をする機会を設けると言われたそうです」

 きっと、その話し合いは行われない。
 クレセンド家め……。なんともまぁ不義理なことをしてくれる。

「本当は、家をめちゃくちゃにして、世界一不幸な令嬢にしてやりたいくらいだけれど……。あなたの言う通り、騒ぎを起こしてはいけないものね。冷静に……。そう、一言謝ってくれれば、それでいいということにしてあげるわ」
「冷静に、ですよ」
「えぇ。冷静に」

 ハナンは、レイダーと約束をした。
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