春夏秋冬、花咲く君と僕

えつこ

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第一章:春

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「秀悟、どうした?」
 友春に尋ねられ、秀悟は「仕事のことじゃないんだけど」と口をもごもごと動かす。
 秀悟は昨日の出来事を相談しようと思ったが、いざ話そうとすると言葉に詰まってしまった。話したところで解決する話でもないが、胸のあたりのもやもやが晴れない。
「俺でよければ聞くよ」
 友春の気遣いに促され、秀悟は覚悟を決めた。
「昨日、発情してるΩに会って……」
 予想外の話に、友春は秀悟の顔をまじまじと見る。困惑した表情の秀悟に、友春はこれは真面目に聞かなければと居住まいを正した。
「それで?」
「Ωを目の前にして、わけわかんなくなっちゃって……」
「その相手は大丈夫だったのか?」
「多分、僕はそこから逃げたから、どうなったかわかんないんだけど」
「逃げた?」
 断片的な情報に、友春は首を傾げた。詳しく聞きたかったが、ここで話すべきことではないと友春は判断する。センシティブな話と察せられたし、事務所という半オープンスペースでは他に誰が聞いてるかわからない。
「秀悟、今日の夜遊びに行ってもいい?」
「え?いいけど」
「そのときに話聞くから」
 友春は立ち上がり、スーツの上から薄手のベージュのトレンチコートを羽織る。資料が入ったカバンを手に持った。
「他の店舗回って、終わったら秀悟の部屋に行くから。あとで連絡する」
 矢継ぎ早に話をする友春に、秀悟は頷くので精一杯だった。
「久しぶりに飲もうぜ。あと、俺の愚痴も聞いてくれ」
 それだけ付け加えて、友春は事務所から出て行った。その背中を秀悟は見送る。友春はお酒を飲むのが好きで、予定が合えば秀悟の部屋で宅飲みをするのが恒例だった。
 友春にどこまで話すべきだろうと、秀悟は考えながらテーブルの上の資料を片付ける。と同時に、宅飲みのために買って帰る惣菜を考えていた。今日の調理場のシフトから考えると、唐揚げが美味しいはずだ。販売分とは別に取り置きしてもらおうと秀悟は決めた。



「大変だったな」
 秀悟の話が終わると、友春は缶ビールをぐいっと傾けて飲み干した。
 場所は秀悟のマンション。1LDKのリビングに小さめのローテーブルを置き、二人は胡坐をかき、向かい合って座っていた。テーブルの上には惣菜や酒、つまみが並ぶ。友春はカッターシャツ姿で、ネクタイは外していた。一方、秀悟は部屋着のスウェットに着替えていた。
 テレビはついているが、音量を下げているので、BGM代わりになっている。リビングの隅には観葉植物、テレビボードにはシンプルなガラスの花瓶に、カラフルな花が生けてあった。部屋全体にものが少なく、家具はシンプルなデザインに統一されており、友春は自分の雑然とした部屋と取り換えて欲しいといつも思っていた。
 先程、秀悟は昨日の経緯について一通り話し終えたところだ。察しのいい友春に嘘をついても無駄だという結論に達した秀悟は、洗いざらい話した。友春は茶化すことなく真面目に聞いてくれ、こういうところは人として信頼できると秀悟は感じた。
「でも、仕方ないと言えば仕方ないよな。Ωの発情に抗えないのは、俺らαにとっては本能的なものだし、不可抗力なんじゃないか?」
「それはそうなんだけど……」
「結局秀悟は何もしてないんだろ?」
「怖がらせた」
「でも、身体的な接触はなかったんだろ」
 αとΩの事件は度々起こり、世間を騒がせる。その度にどちらが悪いという論争が巻き起こるが、正解は誰にも分からない。抑制剤はあるものの、人間の本能や欲望を制御する術は完璧ではない。
「で、秀悟はどうしたいんだ?」
「謝りたい。謝って許される話じゃないけど」
 秀悟はがっくりと項垂れ、取り皿にのった唐揚げを箸で徒に弾く。
 話を聞く限り、未遂なのだから無視しておけばいいと友春は心の中で思っていた。しかし秀悟の性格を知っているため、それは口にしない。大学時代からもう十年近く付き合いがある。秀悟はいつでも優しく、威張らず気取らず、他者を優先した。さらにタチが悪いのは、優しさの点では頑固さを発揮するのだ。つまり、今の話も秀悟の中で答えは決まっているということ。友春が意見しても、秀悟の意志は変わらない。そして、その優しさ故に、自ら苦しめていることに秀悟は気づいていない。
「もう一回行ってみれば?展示会はまだやってるんだろ」
 友春は秀悟の意志を後押しするような意見を述べると、秀悟は表情を明るくした。やっぱり、と友春は半ば呆れていた。余計なことに首を突っこもうとするのだから、いつまで経っても秀悟から目が離せない。その秀悟に付き合っている自分も、かなりお人好しだと友春は自嘲した。
「わかった、そうする。話聞いてくれてありがとう、友春」
 四季展の前期の展示は明日までで、明日の秀悟のシフトはちょうど遅出になっている。朝一に展示会に行き、そのまま出勤しよう。秀悟はそう決めて、少し冷めた唐揚げを口に放りこんだ。
「じゃあ次は俺の愚痴に付き合ってくれ」
 友春は新しい缶ビールを開けた。秀悟にも付き合うように視線で促すと、秀悟は飲みかけの缶チューハイを手に取った。今日も長くなりそうだと秀悟は思いながら、二度目の乾杯をした。

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