春夏秋冬、花咲く君と僕

えつこ

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第一章:春

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 翌朝、先に起きたのは友春だ。昨夜は秀悟の部屋に泊まった。ベッドが一つしかないため、友春はリビングのカーペットの上で雑魚寝した。身体のあちこちが痛いので、そろそろ寝袋の導入を考えている。秀悟なら布団をもう一式置いておくことを許してくれそうだが、それは気が引けた。すでに、下着やカッターシャツ、ネクタイなどの着替えを置かせてもらっている。優しい秀悟についつい甘えてしまう自覚が友春にはあった。
 寝室で眠る秀悟を起こさないように、友春は静かに身支度を進める。友春がちょうど着替え終わったときに、秀悟が寝室のドアを開けた。リビングに置いてある姿見で、結んだネクタイの形を整えながら、友春は秀悟に声をかける。
「ごめん、起こした」
「大丈夫、起きる時間だから」
 秀悟は眠そうに目を擦る。いつもはセットされている秀悟の髪が、自由に跳ねていた。
「友春、朝ご飯は?パン焼こうか?」
「いらない、適当にコンビニで済ますよ」
 友春の返事を聞きながら、秀悟は大きく欠伸をした。
「おーい、寝るなよ。今日展示会行くんだろ?」
 友春の言葉に、秀悟はぱちりと目を開けた。乱れた髪を抑えながら「行く」と答える。
「一応抑制剤持っていけよ」
「わかった」
 Ω用だけでなくα用の抑制剤も流通している。秀悟も一応処方してもらっているが、プライベートでは持ち歩くのを忘れがちだ。仕事中はエプロンのポケットに常に抑制剤を入れてあった。不特定多数の人が利用するスーパーでは、何が起こるか分からないからだ。
「昨日はありがとう。また飲もうぜ」
「僕の方こそありがとう。いってらっしゃい」
 友春は軽く手を上げて「いってきます」と言い残し、足早に出勤していった。
 部屋に一人残された秀悟は、両手をぐっと上に上げ、目を覚ますために伸びをした。壁掛け時計で時間を確認して、身支度に取りかかる。



 一昨日ぶりの美術館の前で、秀悟は大きく深呼吸をした。ポケットには念のため抑制剤を忍ばせている。
 秀悟はチケットを買い、展示室へと足を進めた。作品から香る花の匂いはするが、あの甘い匂いは感じなかった。作品を見るふりをしながら、関係者以外立入禁止と書かれたドアを横目で確認した。一昨日と違って、ドアの傍らに置かれたパイプ椅子に係員が座っていた。もしかしたら警備が強化されたのもしれないと秀悟は想像した。そして、今、匂いがしないということは、あの青年はいないのだろうと判断した。安堵と残念な気持ちが秀悟の心を半分ずつ占めた。
 せっかくチケットを買ったのだから、このまま帰るのはもったいない。秀悟はずらりと並ぶ生け花作品を順番に鑑賞した。今日は前期の最終日のため、基本的には初日と同じ作品が展示されている。後期の展示では作品が入れ替わる。
 部屋の一番目立つ場所に飾られている芯と蓉の作品には、初日と同様に人だかりができていた。秀悟もそちらへと足を向け、人混みの後ろから覗くように作品を鑑賞する。初日と同じ作品であれば、遠くから鑑賞するだけで満足だったからだ。
「え……」
 しかし、秀悟は驚きのあまり、声がもれた。秀悟の前で鑑賞していた人が、訝しげに振り向いたため、咳払いをして誤魔化す。
 芯の作品の隣に展示されていたのは、一昨日にあの部屋で見た純白のライラックが生けられた作品だった。今は照明によって白さがさらに際立ち、繊細に、かつ華やかに咲き誇っていた。秀悟は再び鳥肌が立つ。周囲の人たちも口々に賞賛していた。
 素晴らしい作品であるのは間違いないが、なぜここに展示されているのだろう。あの青年が生けた花ではないのだろうか。秀悟は首を傾げた。そして、展示台には作者の名前として蓉が記載されていたことが、秀悟の混乱に拍車をかけた。
 考えてもわかるはずがなく、思考を放棄した秀悟は、作品を目に焼きつけることに集中する。その姿が監視されているとも知らず、秀悟はしばらくライラックの純白に浸っていた。
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