春夏秋冬、花咲く君と僕

えつこ

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第一章:春

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 残された二人の間に気まずい空気が流れる。秀悟は逃げたい気持ちがあったが、ここに椿を置いていくわけにもいかない。ほぼ初対面で、嫌われていて、七つも年下の椿への接し方がわからず、秀悟は恐る恐る椿に話しかけた
「あの、これから、どうする?」
 椿は返事の代わりに、ぎろりと秀悟を睨む。すぐに「ごめん」と申し訳なさそうに謝った秀悟に、αのくせに弱気な奴だと椿は感じていた。高校時代に同じクラスにいたαは、傲慢で偉そうだった。
 椿は秀悟を値踏みするように観察する。静夏が選んだ人物なのだから、安心してもいいことはわかっていた。それに、一瞬でも二人で過ごせば、静夏は満足するかもしれない。少しの我慢だと椿は決めた。
「名前は?」
 所在なさげに突っ立っている秀悟に、椿は尋ねた。秀悟はその質問が自分に向けられていることに、数秒経ってから気づく。
「僕?」
「あんた以外に誰がいるんだよ」
 秀悟の反応に椿は気が抜け、呆れ半分、おもしろ半分で笑った。初めて見る椿の笑顔に、秀悟は思わず可愛いという感想を抱く。それは動物を可愛いと感じる感覚と似て非なるものだったが、秀悟は自覚していない。
「えっと、七村秀悟、です」
「俺、英椿」
「何て呼べばいい?」
「椿でいい」
「じゃあ、椿くんって呼ぶよ」
「好きにすれば」
 静夏や明音以外に名前を呼ばれる機会は少ない。秀悟に呼ばれ、くすぐったさを感じた椿は、前髪を触る。数日前に散髪をしたが、短くなった髪にいまだに違和感があり落ち着かない。
「俺先に行くから、あんた適当についてきて」
 椿は百貨店の入口へと歩き出す。百貨店上階の展示スペースで、吉野原とは別の流派の生け花展が開催されている。椿がここに来たのは、展示を見たかったからで、秀悟と友達になるためではない。本当なら一人で来るはずだったのに、静夏が秀悟と一緒に見に行けとセッティングしたのだ。
「椿くん、待って」
 秀悟は慌てて椿を追いかけ、隣に並び歩く。店内に入り、展示スペースがある八階へ行くためにエレベーターに乗る。エレベーターには二人だけで、軽やかなオルゴールのBGMが小さく流れていた。秀悟は隣に立っている椿をちらりと見る。椿は百六十七センチのため、秀悟が椿を見下ろす形だ。髪が短くなったせいで、シャツの襟から細い首と項を守るネックガードが覗く。
「なに?」
「え?」
「見てたから」
 椿は視線は前に向いたまま、不機嫌な声色で話す。
「ごめん、髪を切ったんだなって思って」
「明音が、切れ切れってうるさいから」
 椿と明音は年が近いため仲が良いのだろうと秀悟は微笑ましく思った。
「変?」
「へん……?」
 急な椿からの質問に、秀悟は尋ね返す。椿は秀悟の前に移動し、むっとした表情で詰め寄った。
「だから、この髪型が、変かどうかって聞いてんの」
「え、あ、全然、変じゃない」
 秀悟は椿の勢いに圧されつつ「すごく似合ってるよ」と正直な感想を付け加えた。秀悟の言葉を面と向かって受け取った椿は、自分で尋ねておきながら、かぁっと顔を赤くした。逃げるように秀悟の隣の位置に戻ると、エレベーターがちょうど八階に着いた。軽い電子音が鳴り、ドアが静かに開く。
 椿は秀悟に顔を見られないように先に降り、秀悟が後に続く。展示スペースはエレベーターを降りてすぐだった。入場は無料のため、二人はそのまま展示スペース内へと足を進める。
「好きに見るから、あんたも好きに見ればいい」
 椿はそれだけ言い、ふらりと秀悟から離れていった。
 残された秀悟は、詰めていた息を吐きだした。先ほどまでの会話を反芻して、うまく話せていただろうかと頭を悩ませるが、秀悟に判断できるはずがなかった。年のせいなのか、性格なのか、気まぐれで子供らしさが残る椿に、まるで野良猫みたいだと言うのが第一印象だった。友達になるというより、まず椿に警戒心を解いてもらうことが先だ。
 椿の居場所を確認しながら、秀悟は作品を見ていく。流派の違いについて秀悟は詳しくはないが、吉野原流以外の展示会に来るのは初めてだった。六月ということで、アジサイや葉ものが目を引く。また初夏を感じさせる向日葵が黄色く溌剌と咲いている作品もあった。秀悟はあっという間に作品に夢中になる。
「あんた、花が好きなんだ」
 急に声をかけられ、秀悟は肩をびくつかせた。隣を見ると椿が立っており、椿の存在を忘れていたことに、秀悟は申し訳なさを感じた。
「うん。椿くんも好きなんだっけ?」
 吉野原の生け花教室の生徒であると静夏が言っていたことを思い出し、秀悟は尋ねた。
「花は綺麗で、裏切らないから、好き」
 椿は淡々と答えた。裏切らないという言葉に、秀悟は返す言葉が見当たらず「そうなんだ」と曖昧に頷いた。秀悟が隣の作品の前に移動する。すると、椿は黙ってついてきた。


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