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第二章:夏
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しおりを挟む「椿くん、どうだった?」
秀悟は放心状態の椿に声をかけた。 ジェットコースターを乗り終えた二人は、人の流れに乗り、出口へと向かっているところだ。
ジェットコースターに乗っている時、椿は声も上げず、安全バーにしがみついていた。それを横目で見ていたため、秀悟は楽しむことよりも心配が勝っていた。
「す、すごかった……」
ようやく椿は言葉を発し、ドキドキとした鼓動を落ち着けようと、胸に手を当てた。乗る時はキャップを脱いでいたため、風の勢いで髪はあちこち跳ねているが、椿にはそれを気にしている余裕はなかった。
「大丈夫?気持ち悪くない?」
「うん、大丈夫。ちょっと怖かっただけ」
「どうする?休憩する?」
秀悟は椿の様子を伺う。無理をさせれば、静夏に何を言われるかわからないからだ。しかし、椿の返答は意外なものだった。
「もう一回乗りたい」
「え?」
「行こ、七村さん」
椿は目を輝かせ、秀悟の手を掴んだ。繋がれた手に、びくりと肩を揺らした秀悟だが、椿は何も気にしていない様子だ。
「ほら、早く」
椿に手を引かれ、秀悟は歩き出す。先を歩く椿は、まるでリードを引っ張る子犬のようで、秀悟は思わず笑みが溢れた。
その後、椿の希望でジェットコースターに二回乗り、他にはメリーゴーランドやコーヒーカップ、ゴーカート等、二人は次々とアトラクションを楽しんだ。幸いどのアトラクションもそれほど並ばずに乗れた。楽しそうにはしゃぐ椿に、秀悟もつられて楽しくなる。秀悟も遊園地に来るのは久しぶりだったが、案外楽しい場所だと感じていた。
徐々に日が高くなり、気温が上がってくる。地面からの照り返しも相まって、体感の暑さは倍増した。
秀悟はじわじわと汗をかいていた。椿は大丈夫だろうかと、ふと見ると、椿はキャップを脱ぎ、うちわ代わりにパタパタとあおいでいた。
「あっつい……」
椿はそう呟き、顔を顰める。頬の肌はほんのりと赤くなっていた。
秀悟は慌てて椿を連れて、近くの建物に避難した。
建物内は冷房で涼しく、二人にとっては天国のようだ。中にはフードコートがあり、丸テーブルが適度な間隔で設置されている。
近くのテーブルの椅子に椿を座らせ、秀悟は自販機でペットボトルのスポーツドリンクとお茶を購入した。冷えたペットボトルは持っているだけで身体の熱を下げてくれる。
「どっちがいい?」
秀悟は椿にペットボトルを差し出すと、椿はスポーツドリンクの方を受け取った。椅子に身体を沈めた椿は、ペットボトルの半分ほどを一気に飲むと、ふぅと息を吐いた。
「大丈夫?」
「平気、普段引きこもってるから」
力なく笑う椿に、秀悟は無理をさせるなという静夏の言葉を思い出していた。自分がしっかりしなければならないのに、楽しさにかまけてしまったと秀悟は自責の念にかられる。
「しばらく休もうか」
秀悟は椿の対面の椅子に座る。立ち仕事をしているので、少々のことでは疲れない秀悟だが、年甲斐もなくはしゃいだせいで、足に疲労が広がるのを感じた。秀悟は冷えたお茶で咽喉を潤す。
「暑い?」
「さっきよりマシにはなった」
椿は答えたが、頬はまだうっすらと火照っている。秀悟は持っていたパンフレットをうちわ代わりにし、椿に風を送ってやると、椿は心地よさに目を閉じた。
迷惑をかけてしまった、と椿は反省した。慣れないことをすれば身体が悲鳴をあげることはわかっていたのに、セーブできなかった。その理由を椿はわかっている。遊園地が楽しいことと、そして秀悟が一緒にいることだ。とっとっ、と胸の鼓動はずっと速い。心地いい鼓動の速さに、椿はしばらく浸った。
そよそよと風を感じながら、椿の脳裏には母親と遊園地に来た時のことが思い浮かぶ。幼い頃の記憶は朧げで、暑い夏に汗だくで走り回ったことと、ねだって買ってもらったソフトクリームが冷たくて美味しかったことだけははっきり覚えている。
「ソフトクリーム」
「え?」
目を開けると、秀悟が不思議そうな表情をしていた。先程まで椿をあおいでいたパンフレットは、今は机の上に置いてあった。椿は言葉の名残を感じとる。
「俺、今何か言った?」
「えっと、ソフトクリームって。聞き間違いじゃなければ……」
「もしかして、俺寝てた?」
「多分、十分くらい、かな」
秀悟は腕時計で時間を確認しながら答える。
道理で意識がふわふわとしていると椿は思った。しかし、身体の火照りは取れ、頭はすっきりして、気分はだいぶ良くなっている。
「七村さん、ソフトクリーム食べない?」
思い出の中のあの冷たさを無性に味わいたくて、椿は提案した。
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