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第二章:夏
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しおりを挟むちょうどお昼過ぎだったため、二人はそのままフードコートで昼食を摂ることになった。
秀悟はホットドッグ、椿はサンドイッチと軽めに済ませ、デザートにソフトクリームを購入した。コーンに乗った白いバニラアイスは曲線を描いている。
椿はソフトクリームをじっと見つめた後、一口頬張り、パッと目を輝かせた。その冷たさと甘さが心地よく、もう一口とソフトクリームを舐めた。
「美味しい?」
「うん」
秀悟は椿の一挙一動を見つめていた。嬉しそうにソフトクリームを食べる椿に、秀悟の頬は自然と緩む。秀悟の目には、椿がハムスターのように映っていた。
「早く食べれば?溶けちゃうよ」
秀悟の見眼差しをくすぐったく感じた椿は、つっけんどんに言い放つ。秀悟はそれすら可愛く思いながら、ソフトクリームを一口食べた。舌の上に広がる甘さは子供っぽく、秀悟は「甘いね」と感想を述べた。
フードコートはあちらこちらで楽しげな声が響く。家族連れが目立ち、元気な子供の声が甲高く聞こえた。この前のアフタヌーンティーとは違い、誰も秀悟と椿のことを気にせず、皆それぞれが楽しい時間を過ごしている。馴染みのあるざわめきに、秀悟は郷愁を感じていた。
「学食を思い出さない?」
秀悟は椿に尋ねた。高校や大学の食堂と雰囲気が似ている。大勢の人たちが、食事や休憩、勉強など、好きなように時間を過ごす場所。ソフトクリームよりも、このざわめきが秀悟にとっては懐かしかった。しかし椿にはそれがわからず、首を傾げた。
「学食?」
「うん、学校に食堂なかった?」
「あったけど、基本弁当だったから」
椿はソフトクリームをなめながら、母親や静夏が作ってくれた弁当を思い出していた。吉野原に引き取られてからは、静夏が弁当を作ってくれたため、食堂を利用する機会は少なかった。大学は通信制だ。食堂の思い出はほとんどない。
「それに、一緒に学食行くような友達いなかったし……」
自嘲するように付け加えた椿だが、自分で言っておいて悲しくなってしまう。Ωであるがゆえ、周囲に壁を作った結果だった。特に母親が亡くなった後は、より孤立して過ごしてた。味気ない毎日で、華道がなければ、つまるところ吉野原に引き取られなければ、泥の底で沈んだ生活を送っていた。
これからだって、と椿は考える。いつまでもこの生活が続く保証はなく、芯の心変わりで捨てられる可能性は高い。華道がなければ、どのように生きていいのかがわからない。結局、どうにかして、華道に、吉野原に縋り付かなければ、生きていけないのだ。
しかし、いつまでもこのままではいけない。椿は対面に座る秀悟を見据えた。穏やかな表情の秀悟は、椿の言葉を待っている。
秀悟は椿の華道の才能ではなく、一人の人間として関係を築こうとしてくれているのだ。そこに、αやΩが関係があることは理解しているが、それとは別で、椿は秀悟に対して『何か』を感じている。秀悟の言葉を借りれば『惹かれている』という感覚に近い。
まだ名前のない『何か』について、追求したいという衝動が、椿の中に湧きおこった。そのためには、一歩踏み出す必要がある。
「七村さんが友達になってくれるんでしょ」
「え?」
「と・も・だ・ち」
椿は言葉を強調したが、なんだか恥ずかしくなって、溶けかけたソフトクリームをぱくり、ぱくりと二口頬張った。
突如の友達発言に、秀悟は驚いていた。嫌われていないとは感じていたが、椿の方から歩み寄ってくれたことが単純に嬉しかった。
「うん、もちろん!」
大きく頷いた後、椿で抜いてしまったことを再び思い出して、秀悟は後ろめたく感じた。汚い大人が本心を隠し、純粋無垢な子供を騙すようだ。
「椿くんが良ければ、だけど……」
秀悟は後ろめたさから、言葉を付け足す。ちらりと椿を伺うと、椿はちょうどソフトクリームを平らげたところだった。唇をぺろりと舐めた椿の仕草を、秀悟は凝視していた。それは無意識で、本能的な行動だった。その視線を椿は気づいていない。
「溶けてる」
「え、あ、わっ」
溶け出したアイスが秀悟の手に垂れる。秀悟は慌ててペーパーで手を拭き、ソフトクリームを食べきった。慌てふためく秀悟のことが可笑しく、椿はふはっと笑った。
「ゆっくりできたし、そろそろ行こうよ、友達の七村さん」
揶揄するような言い方に、椿の機嫌の良さを感じ取る秀悟だった。
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