婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

佐原香奈

文字の大きさ
72 / 142
Promenade

謎の魔獣

しおりを挟む
覗き見した役場はてんてこ舞いの形相だった。


「おい、隣の街からの連絡はまだか!」

「誰でもいい。魔法が使える人間は他にいないのか!」

「街中の武器を集めたら、各自で身を守る術が無くなります!」



あちこちで同時に声が上がっているが、指揮を取れる者がいないようだった。
こんな小さな街に沢山の職員がいるわけがなく、街の者が集まって対策を練っている。


「フリード、役場は無事。乗っ取られたわけではないわ。私たちは報告へ戻りましょう」

「君はどうしてそんなことが…」


本当に結婚をするのなら今更隠す必要はない。
実質的には王家はすでにイシュトハンには手は出せないはず。


「ただの魔法よ。ダン、ハールスト男爵邸の庭園でいいわね?」

「はい。2人を呼んできます」

見たところ、ハールスト邸は人通りの多い道に面していて、人目を避ける事は困難だった。
男爵邸の庭には、一角だけ人目を避けるように整えられた場所があり、そこならば騒ぎにはならないだろうと考えたのだ。
ダンの足音が階段を登るのが聞こえてくる。


「フリード、先にイシュトハンに帰る?」

「そんな選択はないよ」

「でも、フロージア…じゃなかった陛下がまだ知らないとしたら…」

「それでも、婚約者を魔獣の出たところへ1人にするなんて出来ない」


暫くお互いを探るように視線を交わしたが、階段を降りる足音がすぐに聞こえたので、クロエは立ち上がった。


「お待たせしました」

「準備できたよ!」

リビングの扉から現れたウラリーとキリアンは、少し他所行きの服を着ていた。
ダンは魔獣の出たこの場を離れる事を少しばかり危惧していたようで、彼女達を案内した後に戻ってくることも提案したが、今は彼女の護衛の任に就いている為、彼女達と共にハールスト邸へ行くことに同意した。
しばし彼女達とはお別れになる。
キャンスランから馬車で戻るならば2週間以上はかかる。
ゆっくりとハールスト邸で休むのも良し。
楽しい旅をしてきてもらえたらと思う。



「フリード、私達も行きましょう」


3人を転移し終えて、紫の花が美しく咲き誇る一角に3人が無事に転移したのを確認してからフリードに声をかけたが、目を瞬いて現実を受け入れられていないフリードがいた。
今は急いで戻るべきだ。


「フリード?」


ここでやっと3人同時転送を初めて披露したのだと気付いたが、気にしている余裕はなかった。
こうしている間にも街では混乱は続いている。



「あぁ。行こう」


フリードがそう言い終わる時には既にイシュトハン邸の執務室の前だった。


目の前に扉が現れたことで、暫く頭を抱えていたフリードは気を取り直すように息を吐く。


「お父様、ご報告したいことがあります」


そんなフリードを横目にドアを開けると、そこにはステラとダリアが揃ってヒューベルトの前に座っていた。



「もうクロエ行儀がなってないわよ」

「ステラ姉様!ダリア姉様!ちょうど良いところに!」

「フリード、あなたもいたの。影が薄くなったわね。いいことだわ」

「女王陛下、お久しぶりでございます」


フリードは呑気に腰を折り挨拶をしていて、それがますます焦りを増長させる。


「そんなことより!エイフィルの街で魔獣が出たと騒ぎになっています。報告は上がっていますか!?」


「魔獣?魔獣が出たというの?」

魔獣という言葉に最初に反応したのはダリアだった。


「はい。昨夜、エイフィルの街に出たという事です。身体強化の魔法を使う不審な魔術師3名が街にいました。これからも被害が続く恐れがあります」


ヒューベルトはまさかといった顔で固まっており、ステラは目を瞑って静かにクロエの声を聞いていた。


「クロエ、エイフィルからは何の連絡もない。それは本当なのか?」


震えた声でヒューベルトが尋ねる。

「役所が混乱しているのは確認しました。私自身が魔獣を見たわけではありませんが、魔獣が出たと騒ぎになっているのは確かです」


「すぐに確認する。フリードリヒ殿下、陛下にも至急連絡を取りましょう」

「お父様、フリードはここに置いていって」

ステラはパサリと扇を広げると、扉を開こうとしているヒューベルトを止めた。


「いやしかし」


「陛下への連絡ならお父様だけでも出来るでしょう。卒業式まで時間がない。今は2人に話を聞くわ。ダリア、あなたは魔法省に連絡してリアムをすぐに連れてきなさい。それから、すぐ出られるように着替えてきなさい」

「はーい。お父様、行きますよ」

「ダリア、ついでにお母様に警戒を強めるよう伝えて」

「すぐ伝えるわ」


ダリアは扉を開けてヒューベルトを押し出すように部屋から出て行った。


「2人とも座りなさい」

黒いガウンを纏った2人は、一度目を合わせるとおずおずとステラの対面に腰掛けた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

側妃は捨てられましたので

なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」 現王、ランドルフが呟いた言葉。 周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。 ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。 別の女性を正妃として迎え入れた。 裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。 あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。 だが、彼を止める事は誰にも出来ず。 廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。 王妃として教育を受けて、側妃にされ 廃妃となった彼女。 その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。 実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。 それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。 屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。 ただコソコソと身を隠すつもりはない。 私を軽んじて。 捨てた彼らに自身の価値を示すため。 捨てられたのは、どちらか……。 後悔するのはどちらかを示すために。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

「お前との婚約はなかったことに」と言われたので、全財産持って逃げました

ほーみ
恋愛
 その日、私は生まれて初めて「人間ってここまで自己中心的になれるんだ」と知った。 「レイナ・エルンスト。お前との婚約は、なかったことにしたい」  そう言ったのは、私の婚約者であり王太子であるエドワルド殿下だった。 「……は?」  まぬけな声が出た。無理もない。私は何の前触れもなく、突然、婚約を破棄されたのだから。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...