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第一部

屈辱の夜

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時間が経ってもまだ壁が煤で黒いままの王宮の本城の、奇跡的に綺麗な一室で、先に陛下に呼び出されたダリアを待っていた。


本来ならば父が出向く場なのだが、父は呼ばれてもいない。
父からは処分は謹んで受けるようにと念を押されたが、叛逆の罪を着せることはできないだろうと確信している。


父は現状では陛下の下に付いていたいと考えているが、爵位を私に譲った後は独立もやむなしと考えているようだった。
何か重い処罰でなければダリアは大人しく帰ってくるだろう。
それが父の希望ならば仕方がないと話し合ったばかりだ。


国王陛下もそこまで馬鹿ではない。
魔力が桁違いに強い娘を持つイシュトハンを罪に問うことは実質できない立場なのだ。



「ダリア様が戻られました」


ソファで考えに耽っていると、外の護衛から声がかかった。
魔力の強い私たちに付くのは、魔力の強い魔術師が担当する。
それは、私たちの護衛というより、監視役と言ってもいい。


「開けていいわよ」


扉がゆっくりと開くと、ダリアのオレンジ色のドレスが見える。



「あぁ…あの狐野郎」


ダリアが悪態を吐きながら部屋に入ると、陛下のことを狐野郎と言っているのだと理解した護衛の男が、ダリアを正気かと疑ったように二度見していた。


「なに?そんなにくだらない事を言い渡されたの?」

「魔法省の魔術師達の養成のために魔法省に入れって…」

「婚約もしているのに、あり得ない…」

「あのゴミは王国から出されるらしいけど、今回の件は一切公表しないと言われたわ。姉様、褒めて…」

「よく何もせず戻ってきたわね。偉かったわ。大丈夫よ、あのゴミを引き摺り出させて、泣いて謝らせるくらいはさせるから」


そうして、表の護衛に聞かれていると分かりながらも悪口を言い尽くした頃、私が呼び出された。
呼び出される覚えはないが、ただやられて終わりでは済まさない。そう決意して大きく息を吸って気合いを入れた。



「そんなに畏まることはない」


カーテシーをとったまま声をかけられるのを待っていた私は、嫌に気軽に声をかけてくる陛下に不気味さを感じた。


「ステラ嬢、うちのリズベルが迷惑をかけたそうで申し訳なかった」

「陛下から謝罪をいただけるとは、恐れ多いことでございます」


どの口が!と思いながらもそれを一切表には出さず、心にもないことを口が勝手に話し始める。
長年苦労して教養を学んだ甲斐があったというものだ。
ただ、あのゴミ姫がリズベル大公令嬢と呼ばれる存在だったと言うことは、たった今思い出したところだ。



「して…リズベルは思った以上に重症で治療に時間がかかっておる。城もこの通りの有様だ」


通された謁見の間はあちこちに大きな穴が開き、1番大きな被害だったと思わせた。
わざとここに通したに違いない。


「お困りのようでしたら、すぐにでもイシュトハンからも魔法騎士を手配しましょう」


こちらの負担で全て直すとは言うつもりはない。
当然、王家が負担すべきものだ。


「よいよい、まぁそれよりも困ったことがあってな、ステラ嬢に協力を願いたい」

「…お伺いいたします」


私に何をさせる気だと一瞬頭に血が上ったが、これもお父様とお母様のためだと、すぐにそれを鎮める。


「ダリア嬢は王城の結界も楽々と突破しおって、このままでは警備に穴があることが他国にも知れ渡ってしまう。そこでだ、ステラ嬢に王宮内の結界を任せたいと思ってな」


思ってもいなかったことだった。
まさか、何の罪もない私まで縛り付けようとするとは想像もしていなかった。
クロエをできれば皇太子妃に、もしくは第二皇子妃に据えれば、イシュトハンの力は全て王族に奪われることになる。
傲慢さに反吐が出そうだった。


この王宮にはフロージアと、その恋人だと噂されている王妃教育を受けている侯爵令嬢も住んでいる。
私を振った男が住み、二人が優雅に散歩するであろう庭園も私の魔力の内に入れることになる。
呑気なそいつらを含めて、私が結界で守れと、そう言っているのだ。


「陛下の願いならばそれに応えるのが臣下の務めです。しかし、姫の謝罪もないままの状況では少々気が乗らないのも事実です。魔力は感情に左右されるもの。正直本来の力を発揮できるか不安が残りますわ」


「ほぉ、随分とイシュトハンも偉くなったものだな」


「謝罪を要求しているなどと勘違いされては困りますわ。賜った任に対して、不安要素を伝えるのは忠実に遂行するために必要なこと。それはイシュトハンがイシュトハンでいられた理由の一つでございます」


蛇のような陛下の目を、まっすぐ見つめる無礼を承知で、私は陛下から視線を動かすことはなく、長い沈黙が私たちを包んだ。
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