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第一部
おまけ 結婚の証人
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王国では、結婚には親族以外の三人の承認が必要になる。女性が男性の付属物だった頃、無理な政略結婚で不幸な結末が相次いだ。決して全てが女性というわけではない。圧倒的に女性が多かったというだけだ。
その不幸をなくすため、例え政略結婚であっても、本人達の結婚の意思を確認しなければならなくなった。それが結婚申請書という結婚の意思とその意思の証人者のサインの提出だ。
私とデイヴィッドの証人は、まずデイヴィッドの友人に頼むことになった。
「同級生で、いつもふらっと遊びに来てはその辺で寝転がってるやつだから、適当な服で行けばいい。私も普段着しか着るつもりはない」
デイヴィッドの友人は既に何度かパーティで顔を合わせているフィルガノ侯爵令息のジリアンだが、一度もクラーク邸で寛ぐ姿など見たことない。
「ジリアン卿でしょ?」
「名前で呼ぶ必要はない。あいつは調子に乗るタイプだから」
「フィルガノ卿って呼んでもいいけど、彼には弟もいるし紛らわしいじゃない」
「なら、小侯爵とでも呼んでおけばいい。そうだ。私もそうしよう」
「明日、証人になってもらう人ですよね!?」
デイヴィッドは思っていたより友人に対して雑で、これが素なら、彼の愛が尽きたら、私も同じように冷たく扱われるのかもしれないと少し怖くなる。
翌日、私は最大限にオシャレをしてジリアンの元へ向かった。デイヴィッドの友人には悪い印象は与えたくない。歳上の女だからって、年寄のように思われたくなかった。だって、女の旬はとても短い。一つでも歳を取れば価値がなくなるかのように扱われる。誰がとかではなく、世間がそうだ。だからアカデミー卒業までにみんな婚約している。
アカデミー卒業してから婚約した私の旬はもう過ぎてしまっている。
「デイヴィッド!ステラ嬢、いらっしゃい」
ジリアンは物腰柔らかく、優しい笑顔で出迎えてくれた。彼は言わずとも知れた軟派な男だ。デイヴィッドとは真逆と言っていい。初対面ではデイヴィッドもジリアンも似ていると思ってもおかしくはないが、ジリアンは女性との会話を楽しむ軟派なタイプで、デイヴィッドは寡黙で硬派なタイプだ。デイヴィッドを知ってからでは、ジリアンとデイヴィッドは真逆のタイプだと思える。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
「ステラ、こんな奴に挨拶はいい。ほらジル。早く案内してくれ」
「やれやれ…ゆっくり挨拶もさせてくれないとは…余裕のない男は嫌われると思うけどね」
デイヴィッドは「あいつの目を見るな。私だけ見ててくれ。いいな?」と最早それが通常営業のように強要している。
その原因には心当たりはある。最初のパーティで挨拶した時に発覚した。私に知らされることはなかったが、彼もイシュトハンへ縁談を申し込んでいた一人だったのだ。
断られた縁談の話を自ら暴露するのが最近の流行なのかもしれない。縁談自体は豊富に来ていたので、このまま行くと私は社交界で話せる男性はフロージアの結婚前に婚約した者に限られてしまいそうだ。
「ステラ嬢知ってますか?コイツ、ステラ嬢と婚約したのと同時に、クラーク邸を出禁にしたんだよ。僕は悲しくて三日は女の子の手を握れなかったなぁ…」
「無駄口を叩いていないでさっさとサインしろ」
「いやいや、まだ二人の結婚の意思は確認していないだろ!」
バンッと私たちの名前の書かれた結婚申請書を机に置くと、まだお茶も出ていないのに、デイヴィッドは話を終わらせようとした。
「ステラ、ちょっと先に私の話を聞いてもらってもいいか?」
「えっ?はい?」
私はてっきり定番の「結婚してください」を言われるのかと思っていたので、突然何を言い出すのかと混乱した。
「実は二年前、コイツとある賭けをしてて…」
「賭け?」
賭けってなんだ。二年前ならば私は関係なさそうなのに、どうして証人にサインがいる場でそんな話をするのが理解出来ない。
「えっ!その話しちゃうの?本当に?」
「あの賭けがなかったらお前に証人になってもらおうとは思わないからな。ステラも不思議がってる」
デイヴィッドは本当に友人と話す時は割と年相応の話し方で、少し可愛い。学生の頃の話し方がまだ抜けないのだろう。きっともう少ししたら、そんな話し方をする人はとても限られるはずだ。もしかしたら二度と見られない可能性すらある。
「ステラ、このジリアン・フィレガノと二年前にした賭けは、先に結婚した方に、結婚申請書の証人サインと一緒にロッジを一つ贈るというものです。なので、私は彼の持つオプスレジェの港町のロッジを貰うつもりなんです。遊びでした賭けでしたが、あそこは海賊を追い払うために魔法騎士が多く配置されていて治安がいいですから、もらっておこうと考えています」
オプスレジェは西部の観光都市だ。そこがフィレガノ侯爵領の中で最も栄えるのは、山を背にして交通が盛んな街でもあるからだ。
「証人はどなたでも構いません。それに、デイヴィッドが友人と話しているのを見るのは退屈しないので、存分にむしり取ってください」
「僕はむしり取られるのか…まぁロッジの一つくらい構わないけど、出入り禁止は解禁して欲しいね。僕は友人が少ないから、君の家に行けないと退屈で」
「ステラのいる家に入れるわけないだろう。戯言を並べる前にサインをしろ!君の目にステラが映っていると思うと鳥肌が立つ」
「仕方ない。ステラ嬢、こんなこと言ってるけど、なんだかんだずっとコイツとは一緒にいるんだ。またこれからもよろしくね」
こうしてロマンチックのかけらもない証人を得た私たちは、その翌日、リュカ殿下とイザベルにも証人になってもらい、ステラはデイヴィッドと共に証人のサインをした彼ら用の申請書を渡した。
「二人が仲良くしてくれると助かるわ」
空気が冷たくなるのを感じながらリュカ殿下とイザベルは直ぐにペンを手に取った。
情緒のかけらもない証人でも、二人には関係なかった。結婚の意思がはっきりとあるステラとデイヴィッドにとっては、事務的に必要な煩わしいものでしかなかったからだ。もちろんそれは頭のおかしい考えかもしれない。でも二人はそれに気付くことはない。
「其方たちの結婚式、楽しみにしているよ」
リュカ殿下はイザベルに自分たちの結婚申請書にもサインさせられ青白くなっていたものの、最後は私たちの前で、イザベルに「私はこれからも忙しなく国内外を行き来している。まぁそれはこの目の前のデイヴィッドもそうだが…それでも良ければ帰国したらすぐに結婚したいと思っている」とプロポーズしていて、イザベルは涙を流した。
二人の関係がどうなのかは聞いていないので私は知らない。デイヴィッドの友人なので適当にやってくれればいいと思う。イザベルは国のお墨付きの優秀な娘だ。娶って損することはない。
「これで揃ったわね。じゃあ後は、前日の準備まではゆっくり出来る。このまま歌劇場でも行かない?恋人でいられるのも後少しよ?」
「恋人のステラと行きたいところはまだまだたくさんあるな…早く行こうか」
二人は王都や公爵領やイシュトハン領で、二人きりの時間を楽しんだ。結婚式前から二人の仲のいい様子は多くのものの目に触れ、番のように愛し合う二人として社交界では、もうフロージアとステラの過去の話を持ち出す者はいなかった。
その不幸をなくすため、例え政略結婚であっても、本人達の結婚の意思を確認しなければならなくなった。それが結婚申請書という結婚の意思とその意思の証人者のサインの提出だ。
私とデイヴィッドの証人は、まずデイヴィッドの友人に頼むことになった。
「同級生で、いつもふらっと遊びに来てはその辺で寝転がってるやつだから、適当な服で行けばいい。私も普段着しか着るつもりはない」
デイヴィッドの友人は既に何度かパーティで顔を合わせているフィルガノ侯爵令息のジリアンだが、一度もクラーク邸で寛ぐ姿など見たことない。
「ジリアン卿でしょ?」
「名前で呼ぶ必要はない。あいつは調子に乗るタイプだから」
「フィルガノ卿って呼んでもいいけど、彼には弟もいるし紛らわしいじゃない」
「なら、小侯爵とでも呼んでおけばいい。そうだ。私もそうしよう」
「明日、証人になってもらう人ですよね!?」
デイヴィッドは思っていたより友人に対して雑で、これが素なら、彼の愛が尽きたら、私も同じように冷たく扱われるのかもしれないと少し怖くなる。
翌日、私は最大限にオシャレをしてジリアンの元へ向かった。デイヴィッドの友人には悪い印象は与えたくない。歳上の女だからって、年寄のように思われたくなかった。だって、女の旬はとても短い。一つでも歳を取れば価値がなくなるかのように扱われる。誰がとかではなく、世間がそうだ。だからアカデミー卒業までにみんな婚約している。
アカデミー卒業してから婚約した私の旬はもう過ぎてしまっている。
「デイヴィッド!ステラ嬢、いらっしゃい」
ジリアンは物腰柔らかく、優しい笑顔で出迎えてくれた。彼は言わずとも知れた軟派な男だ。デイヴィッドとは真逆と言っていい。初対面ではデイヴィッドもジリアンも似ていると思ってもおかしくはないが、ジリアンは女性との会話を楽しむ軟派なタイプで、デイヴィッドは寡黙で硬派なタイプだ。デイヴィッドを知ってからでは、ジリアンとデイヴィッドは真逆のタイプだと思える。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
「ステラ、こんな奴に挨拶はいい。ほらジル。早く案内してくれ」
「やれやれ…ゆっくり挨拶もさせてくれないとは…余裕のない男は嫌われると思うけどね」
デイヴィッドは「あいつの目を見るな。私だけ見ててくれ。いいな?」と最早それが通常営業のように強要している。
その原因には心当たりはある。最初のパーティで挨拶した時に発覚した。私に知らされることはなかったが、彼もイシュトハンへ縁談を申し込んでいた一人だったのだ。
断られた縁談の話を自ら暴露するのが最近の流行なのかもしれない。縁談自体は豊富に来ていたので、このまま行くと私は社交界で話せる男性はフロージアの結婚前に婚約した者に限られてしまいそうだ。
「ステラ嬢知ってますか?コイツ、ステラ嬢と婚約したのと同時に、クラーク邸を出禁にしたんだよ。僕は悲しくて三日は女の子の手を握れなかったなぁ…」
「無駄口を叩いていないでさっさとサインしろ」
「いやいや、まだ二人の結婚の意思は確認していないだろ!」
バンッと私たちの名前の書かれた結婚申請書を机に置くと、まだお茶も出ていないのに、デイヴィッドは話を終わらせようとした。
「ステラ、ちょっと先に私の話を聞いてもらってもいいか?」
「えっ?はい?」
私はてっきり定番の「結婚してください」を言われるのかと思っていたので、突然何を言い出すのかと混乱した。
「実は二年前、コイツとある賭けをしてて…」
「賭け?」
賭けってなんだ。二年前ならば私は関係なさそうなのに、どうして証人にサインがいる場でそんな話をするのが理解出来ない。
「えっ!その話しちゃうの?本当に?」
「あの賭けがなかったらお前に証人になってもらおうとは思わないからな。ステラも不思議がってる」
デイヴィッドは本当に友人と話す時は割と年相応の話し方で、少し可愛い。学生の頃の話し方がまだ抜けないのだろう。きっともう少ししたら、そんな話し方をする人はとても限られるはずだ。もしかしたら二度と見られない可能性すらある。
「ステラ、このジリアン・フィレガノと二年前にした賭けは、先に結婚した方に、結婚申請書の証人サインと一緒にロッジを一つ贈るというものです。なので、私は彼の持つオプスレジェの港町のロッジを貰うつもりなんです。遊びでした賭けでしたが、あそこは海賊を追い払うために魔法騎士が多く配置されていて治安がいいですから、もらっておこうと考えています」
オプスレジェは西部の観光都市だ。そこがフィレガノ侯爵領の中で最も栄えるのは、山を背にして交通が盛んな街でもあるからだ。
「証人はどなたでも構いません。それに、デイヴィッドが友人と話しているのを見るのは退屈しないので、存分にむしり取ってください」
「僕はむしり取られるのか…まぁロッジの一つくらい構わないけど、出入り禁止は解禁して欲しいね。僕は友人が少ないから、君の家に行けないと退屈で」
「ステラのいる家に入れるわけないだろう。戯言を並べる前にサインをしろ!君の目にステラが映っていると思うと鳥肌が立つ」
「仕方ない。ステラ嬢、こんなこと言ってるけど、なんだかんだずっとコイツとは一緒にいるんだ。またこれからもよろしくね」
こうしてロマンチックのかけらもない証人を得た私たちは、その翌日、リュカ殿下とイザベルにも証人になってもらい、ステラはデイヴィッドと共に証人のサインをした彼ら用の申請書を渡した。
「二人が仲良くしてくれると助かるわ」
空気が冷たくなるのを感じながらリュカ殿下とイザベルは直ぐにペンを手に取った。
情緒のかけらもない証人でも、二人には関係なかった。結婚の意思がはっきりとあるステラとデイヴィッドにとっては、事務的に必要な煩わしいものでしかなかったからだ。もちろんそれは頭のおかしい考えかもしれない。でも二人はそれに気付くことはない。
「其方たちの結婚式、楽しみにしているよ」
リュカ殿下はイザベルに自分たちの結婚申請書にもサインさせられ青白くなっていたものの、最後は私たちの前で、イザベルに「私はこれからも忙しなく国内外を行き来している。まぁそれはこの目の前のデイヴィッドもそうだが…それでも良ければ帰国したらすぐに結婚したいと思っている」とプロポーズしていて、イザベルは涙を流した。
二人の関係がどうなのかは聞いていないので私は知らない。デイヴィッドの友人なので適当にやってくれればいいと思う。イザベルは国のお墨付きの優秀な娘だ。娶って損することはない。
「これで揃ったわね。じゃあ後は、前日の準備まではゆっくり出来る。このまま歌劇場でも行かない?恋人でいられるのも後少しよ?」
「恋人のステラと行きたいところはまだまだたくさんあるな…早く行こうか」
二人は王都や公爵領やイシュトハン領で、二人きりの時間を楽しんだ。結婚式前から二人の仲のいい様子は多くのものの目に触れ、番のように愛し合う二人として社交界では、もうフロージアとステラの過去の話を持ち出す者はいなかった。
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