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第二部

どうかしてる

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 半年ほど経って、主にダリアの助けを受けて、魔力に少し余裕の出て来た私は、少しずつだが社交の場にも足を運び始めた。


 冷静に人を殺すのは、自分の思っていた以上に覚悟がつかないものだ。ただ、大勢で王宮に乗り込むことや、貴族の所有する騎士団を動かして国王を引き摺り下ろすより、自分一人で乗り込んだ方が楽だし被害を出さずに済む。そう考えれば、自分がやる以外の選択肢はなかった。失敗は許されない。

「ダリア!間に合ってよかったわ」


 ヘルが魔力暴走を覚えたので、乳母ではどうにもならない場面が出て来ていた。王妃主催のお茶会に呼ばれた私には、出席しないという選択肢はなく、仕方なくダリアに頼るしかなかった。王宮の一室で、訓練を切り上げて来てくれた妹には感謝しかない。


「王妃からの誘いは強制力あるからねー。母様は?呼ばれないの?」


 王妃からのお茶のお誘いは、昔と変わらずイシュトハンでは母が呼ばれていた。でも多分、今回はクラーク公爵夫人として呼ばれたのだ。


「聞いてみたけど断ったみたい。今魔術師を捕えてるらしくてそれどころじゃないみたいよ」

「公爵夫人も辺境伯夫人も大変ね。まぁ、二人のことは私に任せて、いってらっしゃい」

「ありがと!あなたの子供の時も手伝えるように頑張るわ」


 私は戦場に向けて足を進めた。お腹が空いて泣き出すかもしれないヘルのことを考えると、早く切り上げて帰るつもりだ。泣き出してしまったら乳母にはもう頼れない。


「イシュトハン夫人、来てくれてありがとう」


 お茶会の開かれるテラスに案内されると、もうすでにお茶を口につける二人が見えた。王妃と、皇太子妃だ。今日はこの三人だけなのだろう。


「高貴なるお二方にお会いできて光栄です」


 普段は五、六人は呼ばれる王妃主催のお茶会なのに、実質の招待客は私だけ。これはどちらの希望で開かれたのか、興味深い。


「さぁ座って。ステラ嬢とのお茶会は何年振りかしら?」

「アカデミーの頃以来ですから、四年ほど経つでしょうか」


 皇太子妃であるカミラと同じ席に呼ばれることは今までにない。小規模なお茶会ならば尚のこと、カミラに招待状を送るより私に招待状をと、どの家も考えているだろう。王妃も、フロージアと別れた私に招待状を出すことはこれまでなかったのに、どう言った心境の変化だろうか。


「そんなに経つのかしら。カミラとは面識はあるわね?」

「もちろんでございます。ドレス工房でお会いしたこともありましたね、皇太子妃殿下」

「えぇ…」


 カミラはその話題を避けたそうに目を逸らした。イザベルという筆頭婚約者候補を見た後では、カミラは分かりやすすぎる。イザベルはほんの一瞬口元に力が入っただけだったのに、目は逸らしただけでなく、手もちぶたさにソーサーの縁を指で撫でている。


「私は社交界に疎いでしょう?カミラと社交界をつなぐ手助けには役に立たなくて。迷いはしたのだけど、二人とも結婚して暫く経つし、お茶くらいはいいんじゃないかと思ったのだけど…」


 王妃が社交界に溶け込めない理由はこういう無神経なところにある。魔法省に務める魔術師だっただけあって、空気を読むのは苦手で、合理的すぎて機微にまで考えが及ばない。いや、考える意味を見出せていない。それさえなければ優しくて裏表のない言い方なのだが、王妃としては失格の烙印を押されていても仕方なく思える。

「こうしてお茶をご一緒できて嬉しいです。皇太子妃とはなかなかご一緒にお茶を飲む機会はありませんから」

「そう?誘ってよかったわ!サリスにも本当は来て欲しかったのだけど、今日は断られちゃって」


 母が来てたら、私は帰らせたはずだ。娘を呼ぶには相応しくない席だと一人で席に着いたに違いない。私はフロージアに関わりたくないとはっきり伝えたが、周知することはなかったらしい。


「母も残念がっておりました。そういえば、リュカシエル殿下がまたご滞在されると聞きました。また魔法省での合同研究ですか?」


 リュカ殿下はイザベルと結婚して仲良くやっているらしい。クラーク邸にもたまに顔を出すし、イザベルは第一子を身籠ったと聞く。イザベルとは文通相手位の距離を保って情報交換をしている間柄だ。


「そうなの。カミラ、なんと言ったかしら?古代魔法の分析だったわよね?」

「はい。新たに発見された200年前に書かれた魔法陣の分析をするそうです」


 200年前の魔王の攻撃で焼け残った魔法陣の多くは使徒不明のままだ。魔法陣の仕組みも、失われた歴史に取り残されて解明出来ていないので、魔法陣研究はどの国も力を入れている。


「そういえば…」


 王妃が何かを言おうとした時、遠くでドーーンと音が聞こえた。音からして聞こえたのは城内ではないはずだ。


「王妃殿下!皇太子妃殿下!第四警戒と判断しました。避難お願いします」


 その言葉を聞いて、私は席を立った。子供達ではないことは分かりきっていたが、何かあった時にここにいては対応出来ない。ここは私の結界の中だが、内部から続けて攻撃がないとは言い切れなかった。


「では私はこれで失礼します」


 私は子供達とダリアの待つ部屋へと走った。緊急事態下でしか許されない蛮行だ。

「ティティ!ヘル!」


 ドアを開けると、そこには二人してダリアに抱かれながらコロコロと転がっている姿があった。分かってはいても、無事な姿を見ると安心するものだ。


「姉様、あの音何かあったんですか?」

「さぁ、詳しいことは何も。でも、面倒ごとに巻き込まれる前に帰りましょうか。このまま軟禁されたら最悪だもの」


 事故ではなく事件だった場合、王城が封鎖されることがある。そうなれば封鎖解除までここに閉じ込められることになるだろう。


「じゃあ、このまま王都の屋敷に行きましょう。その方が王城の転送装置よりも確実にここから出られる」

「良いアイディアね」


 私たちは子供たちを連れて外に出ることにした。外に出ると、騒ぎがあったのは門の前だったらしく、門は閉ざされていた。


「ダリア!ステラ!」


 裏門まで回るしかないかと思って、何が起きたのか聞き耳を立てていると、後ろから声をかけられた。


「あぁ、フリードリヒ殿下。元気そうで」

「フリードか。ごきげんよう」


 私たち二人に声をかけて来たのはフリードだった。形ばかりの挨拶はしたが、再び門の方へ視線を移す。


「フリード、何があったの?」

「あぁ、リッツリダン前男爵が魔力暴走起こしたんだ。息子の爵位剥奪に納得がいかなかったらしい」


 リッツリダン男爵といえば、横領の罪で貴族裁判にかけられていたはずだ。だが、無実を訴えていたし、証拠が不十分。なので職務上の責任を取る形で役職の返上は命じられた。だが、爵位までは言及はなかったはず。


「そうなの。ならダリア、もう行きましょうか」

「そうね…」


 ダリアも思うところがあったのか、遠くの人影から目を離せないでいる。


「ステラに話があるんだが、このあと時間とれないか?お茶会も中止になったんだろう?」

「そうだけど…フリード、あんた寝た方がいいんじゃない?クマ酷いし顔色悪いわよ?」


 久しぶりに近くで顔を見たフリードはそれなりに身長は伸びたが、髪型のせいか可愛らしさは抜けない。それなのに体調が悪いのが目に見えてわかるげっそりぶりが目立つ。


「あぁ…ちょっと忙しくて。少しだけで良い。この後時間とってもらえるか?」


 クロエといる時はもっと子供っぽい口調だったのに、いつの間にか成長したようだ。私が殺さなければいけない相手。それなのに、心配するなんてどうかしてる。
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