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3章 闇のなか
3-21 侯爵の思惑とは
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「見事な手腕だね。私はハーラット侯爵の名代、侯爵の弟のクリス・ハーラットだ」
金髪に優し気な笑み。王子様と言われても納得する容貌。服装はお忍び用で抑えているようだが、どう見ても質が良く上品だ。お付きの人も数人ほど連れている。
砦の三階玄関にて。煌びやかな空間だから、この場に合っていると言えば合っている。
「ありがとうございます。砦長が後ろにいてくれたおかげです」
俺は小さい角度のお辞儀を返す。
この地では俺は自分より高位の貴族に対する深い礼をしてはいけない。このメルクイーン男爵領では王族でも公爵でも、男爵家の者はへりくだってはいけない決まりだ。
歴史的に面倒なルールがあるのだ。ただし、この男爵領を一歩出れば、もう土下座しまくりだろうけど。ハーラット侯爵家とはそこまでの権力の差がある。
実際には道端で土下座されても傍迷惑だろうから、男爵領から出ても深い礼しかしないけど。
「クリス、何しに来た?」
うん、ナーヴァル、侯爵の名代に呼び捨て。さすがだなー。王都にいたときの知り合いだとは言っても呼び捨てかー。
「随分なご挨拶じゃないか。せっかく権利使用料からの手数料をアドバイスしてあげたのにー。極西の砦に遊びに行くってリージェンに伝言していたじゃないか」
ああ、手数料の件。
ナーヴァルとリージェンがアドバイスを求めた先もハーラット侯爵家だったのか。
俺もナーヴァルとリージェンが生み出した案だとは思っていなかったが。二人に対して失礼か?
「さっさと五品買って帰れ」
しっしっと手で追い払っている。。。
ナーヴァル、すごいなー。尊敬するよー。
「えー?お金をナーヴァルに渡すから、欲しいものをすべて購入してくれないかなー?それなら良いんでしょう、砦の管理者さん?」
「ええ、問題ないです。誓約魔法に引っかからなければ」
笑顔にて応対。
こういうこともないとは言えなかった。
この領内の人間に金を渡して、この砦の商品を大量に購入してくるというもの。けれど、領内の人間でも砦から購入した魔物の加工品を他に販売する行為は、魔物販売許可証がないと生業としてできない。簡単に言えば、この領内に魔物販売許可証を現在持っているのは砦と冒険者ギルドのみ。
業としてやらなくとも、今回のように領内の友人知人を使って、もしくは脅して、商品を購入することもできる。
他領の人間は一日一グループ五品以内の購入、もしくは卸価格の適正な価格での購入でなければ、砦の商品を他者に販売できないと入場時の誓約で定められている。
だからこそ、極西の砦で販売される加工品は極西の砦の焼き印や消えないような方法での印が入っている。魔物肉はそこまでのことはされてないけど。
砦から持ち出した商品にもかかる誓約魔法。素晴らしいねえ。
転売ヤー防止である。
普通に使う分には何の問題もない。
「はははー、つまり自家用にして他に売らなければ、誓約魔法には引っかからないということかな?」
「その通りです。贈り物でも大丈夫ですよ。対価の金品を受け取らなければ」
「条件が厳しいよね。キミの誓約魔法」
「極西の砦は良心価格で提供しております故、何卒ご理解のほどよろしくお願い致します」
「いやー、リアムくん、今まで誰に師事していたの?ここまでの対策が取られているとなると、高名な方でしょ。うちが調べてもわからなかったんだけど」
指示、じゃなく師事か。遠回しに誓約内容を褒められているってことかなー?
「家庭教師ですか?俺にはいませんけど?」
どんなに調べてもわかるはずがない。いないのだから。
「は?いやいや、実は隠れていたんでしょ?いない方がおかしい」
クリス様、笑顔の王子様顔が崩れてますよー。
「ハーラット様がお調べの通りです。いないからわからないのです」
「えー、そこまでして隠すー、ぶほっ」
クリスはナーヴァルに脇を突かれた。ナーヴァル自身は可愛らしい突きだと思っているが、一般人が受けると恐ろしい破壊力だ。クリスは脇腹を両手で押さえている。
「坊ちゃんの古傷を抉るんじゃないっ。さっさと買いたいものを買えっ」
古傷。。。
古傷か。
そうだね、男爵家の中で俺だけ家庭教師つけてもらわなかったからね。
うん、クリスはまだ蹲っているぞ。力加減、大丈夫か?
仕方ないので、壁際のソファに座らせる。こちらで水を用意しても飲まない可能性が高いので用意しない。飲みたいのならお付きの人に指示しているだろう。
「し、死ぬかと思った」
「んな、大袈裟な」
ナーヴァルは笑っているが、シャレにならんぞ。一般人は魔物とは違うんだぞー。
「はーっ、ナーヴァル、俺たちとお前とリアムくんの分の昼食用の高級弁当を購入して来い。ついでに飲み物も買って、バルコニーに用意しろ」
クリスはナーヴァルにお金を渡す。
「砦長を使い走りにする気かっ」
と言いながらも、弁当を売っている大広間に行こうとするナーヴァル。ついでに酒屋にも声を掛けるだろう。
この弁当や飲み物をナーヴァルに買いに行かせるのは正解だ。クリスが購入するとこれも個数制限に引っかかる。砦内で消費された物は個数として含めない、とか条件を足そうかな?今まで他領の人でもお付きの人数もそこまでいなかったけど、弁当を砦で食べてくれるのなら考えなくてはならない。後でナーヴァルたちと応相談だな。
「だめだよー。リアムの昼食は僕のものー」
ニョっと俺の頭の上にクロが現れた。シロ様はこの頃落ち着いてきたので、通常運転のツンツンに戻った。でも、昼時にはクロと同じく現れる。彼らはオムライスに飽きることがないようだ。。。
クロの場合は魔物の半熟とろとろオムライスを作るだけでは足りない。俺と一緒に食べることが必要なのである。
「あー、じゃあオムライス作るからバルコニーで一緒に食べるかー」
「えー、コイツらと一緒にー?しっかたないなー」
あ、クロの頬が膨らまないなー。アミールやクトフと一緒に食べるし、まったく知らない人がいてもクロにとって支障はないのだろう。
「では、ハーラット様、私は少々席を外しますので、バルコニーでお待ちください」
「ハーラット様なんて他人行儀だ。クリスと親愛を込めて呼び捨てにしてくれ」
他人だ。
しかも、親愛を込めてって、この世界では流行っているのか?
いや、侯爵家だけの主流なのか?
「ありがとうございます、クリス様。では、後ほど」
侯爵の名代を呼び捨てにしろとは死ねというのか。
街外れにある保養地のハーラット侯爵の屋敷には侯爵の妹が住んでいる、とナーヴァルが以前言っていた。
ならば、侯爵の弟であるクリスは住んでいるわけではない。
なぜこの時期に屋敷にいるのだろう。
弟の家庭教師の件で謝罪に来たのも、次の家庭教師ルイ・ミミスを紹介したのも名代を名乗ったクリスのはずだ。
そのクリスは侯爵の名代である。
侯爵は砦に何の目的があるだろう。
俺は一階の厨房に向かう。
「ご飯炊いといたよー」
クトフが笑顔で迎えてくれた。
和む。
土鍋で蒸らしている状態なようだ。
シロ様もにゅにゅっと覗きに来た。
「クトフ、ありがとう。けど、今日はすでにできているケチャップライスを使いまーす」
「時短ですなー」
どこかの料理番組みたいに収納鞄から三人前を取り出す。魔物卵も取り出そうとすると、すでに作業台でボールいっぱいに魔物卵が待っていた。。。クロがニヨニヨしているので、本日も回収して来てくれたのだろう。
「土鍋のご飯はビロビロで丸めて、収納鞄へ」
アツアツだが、アツアツのまま状態保存されるので便利だ。状態保存もその収納鞄で大差がある。俺の収納鞄は辺境伯のものである。最上級の収納鞄なので、おっそろしいほど状態保存されるが、通常レベルの状態保存の魔法がかかった収納鞄ではそこまでの効果はないらしい。さすがに数日もすると温度は下がってしまうらしい。
「あれ?三人分?」
「今日は上のバルコニーで侯爵の名代と一緒にクトフの高級弁当を食べるよー」
「おー、高級弁当かー。冒険者弁当より人気だよなー」
「冒険者弁当はものすごい量が入っているからな」
ごくごく一般人には二人前以上の弁当に見えるのだろう。たまに家族連れで一つの弁当を取り分けて食べているし。
美味しそうだが、その量を見ているだけで胸焼けする人もいるようだ。
高級弁当は俺が前に見たルイ・ミミスの高級料亭の仕出し弁当風を参考にした。どちらもメニューは日替わりだが、高級弁当はクトフの趣味に走っている。作りたい料理を小さく小分けにして入れているだけだ。
冒険者相手だとどうやっても大量、肉、とことん大量な感じである。違うものを作ってみたいという気持ちもわかる。
「シロ様もバルコニーに行きますか?」
クトフにオムライス一皿を渡す。
クロの分のオムライスとスプーンをトレイにのせる。
シロ様は悩んでいる。
「うーん、我々が姿を現して良いものか。アイツらの先祖が我々を王都に連れていこうと画策した者たちだぞ」
金髪に優し気な笑み。王子様と言われても納得する容貌。服装はお忍び用で抑えているようだが、どう見ても質が良く上品だ。お付きの人も数人ほど連れている。
砦の三階玄関にて。煌びやかな空間だから、この場に合っていると言えば合っている。
「ありがとうございます。砦長が後ろにいてくれたおかげです」
俺は小さい角度のお辞儀を返す。
この地では俺は自分より高位の貴族に対する深い礼をしてはいけない。このメルクイーン男爵領では王族でも公爵でも、男爵家の者はへりくだってはいけない決まりだ。
歴史的に面倒なルールがあるのだ。ただし、この男爵領を一歩出れば、もう土下座しまくりだろうけど。ハーラット侯爵家とはそこまでの権力の差がある。
実際には道端で土下座されても傍迷惑だろうから、男爵領から出ても深い礼しかしないけど。
「クリス、何しに来た?」
うん、ナーヴァル、侯爵の名代に呼び捨て。さすがだなー。王都にいたときの知り合いだとは言っても呼び捨てかー。
「随分なご挨拶じゃないか。せっかく権利使用料からの手数料をアドバイスしてあげたのにー。極西の砦に遊びに行くってリージェンに伝言していたじゃないか」
ああ、手数料の件。
ナーヴァルとリージェンがアドバイスを求めた先もハーラット侯爵家だったのか。
俺もナーヴァルとリージェンが生み出した案だとは思っていなかったが。二人に対して失礼か?
「さっさと五品買って帰れ」
しっしっと手で追い払っている。。。
ナーヴァル、すごいなー。尊敬するよー。
「えー?お金をナーヴァルに渡すから、欲しいものをすべて購入してくれないかなー?それなら良いんでしょう、砦の管理者さん?」
「ええ、問題ないです。誓約魔法に引っかからなければ」
笑顔にて応対。
こういうこともないとは言えなかった。
この領内の人間に金を渡して、この砦の商品を大量に購入してくるというもの。けれど、領内の人間でも砦から購入した魔物の加工品を他に販売する行為は、魔物販売許可証がないと生業としてできない。簡単に言えば、この領内に魔物販売許可証を現在持っているのは砦と冒険者ギルドのみ。
業としてやらなくとも、今回のように領内の友人知人を使って、もしくは脅して、商品を購入することもできる。
他領の人間は一日一グループ五品以内の購入、もしくは卸価格の適正な価格での購入でなければ、砦の商品を他者に販売できないと入場時の誓約で定められている。
だからこそ、極西の砦で販売される加工品は極西の砦の焼き印や消えないような方法での印が入っている。魔物肉はそこまでのことはされてないけど。
砦から持ち出した商品にもかかる誓約魔法。素晴らしいねえ。
転売ヤー防止である。
普通に使う分には何の問題もない。
「はははー、つまり自家用にして他に売らなければ、誓約魔法には引っかからないということかな?」
「その通りです。贈り物でも大丈夫ですよ。対価の金品を受け取らなければ」
「条件が厳しいよね。キミの誓約魔法」
「極西の砦は良心価格で提供しております故、何卒ご理解のほどよろしくお願い致します」
「いやー、リアムくん、今まで誰に師事していたの?ここまでの対策が取られているとなると、高名な方でしょ。うちが調べてもわからなかったんだけど」
指示、じゃなく師事か。遠回しに誓約内容を褒められているってことかなー?
「家庭教師ですか?俺にはいませんけど?」
どんなに調べてもわかるはずがない。いないのだから。
「は?いやいや、実は隠れていたんでしょ?いない方がおかしい」
クリス様、笑顔の王子様顔が崩れてますよー。
「ハーラット様がお調べの通りです。いないからわからないのです」
「えー、そこまでして隠すー、ぶほっ」
クリスはナーヴァルに脇を突かれた。ナーヴァル自身は可愛らしい突きだと思っているが、一般人が受けると恐ろしい破壊力だ。クリスは脇腹を両手で押さえている。
「坊ちゃんの古傷を抉るんじゃないっ。さっさと買いたいものを買えっ」
古傷。。。
古傷か。
そうだね、男爵家の中で俺だけ家庭教師つけてもらわなかったからね。
うん、クリスはまだ蹲っているぞ。力加減、大丈夫か?
仕方ないので、壁際のソファに座らせる。こちらで水を用意しても飲まない可能性が高いので用意しない。飲みたいのならお付きの人に指示しているだろう。
「し、死ぬかと思った」
「んな、大袈裟な」
ナーヴァルは笑っているが、シャレにならんぞ。一般人は魔物とは違うんだぞー。
「はーっ、ナーヴァル、俺たちとお前とリアムくんの分の昼食用の高級弁当を購入して来い。ついでに飲み物も買って、バルコニーに用意しろ」
クリスはナーヴァルにお金を渡す。
「砦長を使い走りにする気かっ」
と言いながらも、弁当を売っている大広間に行こうとするナーヴァル。ついでに酒屋にも声を掛けるだろう。
この弁当や飲み物をナーヴァルに買いに行かせるのは正解だ。クリスが購入するとこれも個数制限に引っかかる。砦内で消費された物は個数として含めない、とか条件を足そうかな?今まで他領の人でもお付きの人数もそこまでいなかったけど、弁当を砦で食べてくれるのなら考えなくてはならない。後でナーヴァルたちと応相談だな。
「だめだよー。リアムの昼食は僕のものー」
ニョっと俺の頭の上にクロが現れた。シロ様はこの頃落ち着いてきたので、通常運転のツンツンに戻った。でも、昼時にはクロと同じく現れる。彼らはオムライスに飽きることがないようだ。。。
クロの場合は魔物の半熟とろとろオムライスを作るだけでは足りない。俺と一緒に食べることが必要なのである。
「あー、じゃあオムライス作るからバルコニーで一緒に食べるかー」
「えー、コイツらと一緒にー?しっかたないなー」
あ、クロの頬が膨らまないなー。アミールやクトフと一緒に食べるし、まったく知らない人がいてもクロにとって支障はないのだろう。
「では、ハーラット様、私は少々席を外しますので、バルコニーでお待ちください」
「ハーラット様なんて他人行儀だ。クリスと親愛を込めて呼び捨てにしてくれ」
他人だ。
しかも、親愛を込めてって、この世界では流行っているのか?
いや、侯爵家だけの主流なのか?
「ありがとうございます、クリス様。では、後ほど」
侯爵の名代を呼び捨てにしろとは死ねというのか。
街外れにある保養地のハーラット侯爵の屋敷には侯爵の妹が住んでいる、とナーヴァルが以前言っていた。
ならば、侯爵の弟であるクリスは住んでいるわけではない。
なぜこの時期に屋敷にいるのだろう。
弟の家庭教師の件で謝罪に来たのも、次の家庭教師ルイ・ミミスを紹介したのも名代を名乗ったクリスのはずだ。
そのクリスは侯爵の名代である。
侯爵は砦に何の目的があるだろう。
俺は一階の厨房に向かう。
「ご飯炊いといたよー」
クトフが笑顔で迎えてくれた。
和む。
土鍋で蒸らしている状態なようだ。
シロ様もにゅにゅっと覗きに来た。
「クトフ、ありがとう。けど、今日はすでにできているケチャップライスを使いまーす」
「時短ですなー」
どこかの料理番組みたいに収納鞄から三人前を取り出す。魔物卵も取り出そうとすると、すでに作業台でボールいっぱいに魔物卵が待っていた。。。クロがニヨニヨしているので、本日も回収して来てくれたのだろう。
「土鍋のご飯はビロビロで丸めて、収納鞄へ」
アツアツだが、アツアツのまま状態保存されるので便利だ。状態保存もその収納鞄で大差がある。俺の収納鞄は辺境伯のものである。最上級の収納鞄なので、おっそろしいほど状態保存されるが、通常レベルの状態保存の魔法がかかった収納鞄ではそこまでの効果はないらしい。さすがに数日もすると温度は下がってしまうらしい。
「あれ?三人分?」
「今日は上のバルコニーで侯爵の名代と一緒にクトフの高級弁当を食べるよー」
「おー、高級弁当かー。冒険者弁当より人気だよなー」
「冒険者弁当はものすごい量が入っているからな」
ごくごく一般人には二人前以上の弁当に見えるのだろう。たまに家族連れで一つの弁当を取り分けて食べているし。
美味しそうだが、その量を見ているだけで胸焼けする人もいるようだ。
高級弁当は俺が前に見たルイ・ミミスの高級料亭の仕出し弁当風を参考にした。どちらもメニューは日替わりだが、高級弁当はクトフの趣味に走っている。作りたい料理を小さく小分けにして入れているだけだ。
冒険者相手だとどうやっても大量、肉、とことん大量な感じである。違うものを作ってみたいという気持ちもわかる。
「シロ様もバルコニーに行きますか?」
クトフにオムライス一皿を渡す。
クロの分のオムライスとスプーンをトレイにのせる。
シロ様は悩んでいる。
「うーん、我々が姿を現して良いものか。アイツらの先祖が我々を王都に連れていこうと画策した者たちだぞ」
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