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幕間。ある日の帝都にて。

57話:三馬鹿と、僕【昼休み】・後:Sideファルコ

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(もっとも僕は『ついて行けない』組なんだろうけど……)

 怪我をして脱落するか、泣いて収拾がつかなくなるか、逃げ出して自ら辞退するか。少し想像しただけで、ティリー=フェッツナーの周りからそそくさと消え去る自分の姿が頭に浮かんだ。

「そういう奴と一緒にいると、馬鹿なガキなりに学習してくんだよな。アイツが暴れてる時、誰が傍にいるかとか、誰が大人を呼びに行くかとか。イタズラしてる時なら見張りは誰がするとか、自然と役割分担するようになってく」
「一緒にいる係はトムくん?」
「そう。ティリーを止める……のは無理だけど、一時停止させられるのはアイツくらいだな。で、トムがいない時にその役が回ってくんのがツィロだった」
「ツィロくんもティリーさんを、一時的にでも止められるの?」
「いんや。止めるためにしがみついて、そのまま引きずられてく感じだ。足並みを遅くさせる程度だな」
「それも充分すごいと思うけど……」

 眠るツィロの顔を見る。

 彼は――彼らはファルコを逃がすために身を犠牲にした。それがティリーに任されていたコトだから、だ。同い歳とは思えないくらいの覚悟を持ち、こうなるまで戦ってくれた。

「タイロンくんの役割はなんだったの?」
「コイツは……ティリーとメシ食う係だな」
「え? 何、それ?」

 首を傾げて再び問えば、チャールズは困ったような表情を浮かべる。そして小さく「なんでも食える体質なんだよ」と、答えになっていない答えを返してきた。

 ファルコはよくわからないまま「そっか」と言った――ファルコがタイロンの役割が毒見に準ずるソレだと気付いたのは、今日の夜ベッドに入り、今している会話を反芻していた時である――。

「僕は、みんなと会ったのが、学園で良かったと思う」
「ん?」
「子供の頃に会ってたら、ついて行けなかっただろうから……今みたいに、一緒にはいなかったと思うよ。ま、まあ……今ついて行けるってことじゃ、ないんだけどね……」

 そう言ってファルコは肩を竦める。

 チャールズが「かもな」と笑った。

 ファルコがふたつ目のマフィンを食べ始めると、チャールズもリンゴにかぶりついた。医療棟は静かだ。病室にはふたりが食事をする音だけが響く。どことなく、重苦しさを孕んだ沈黙が流れていた。

(僕とじゃなくて三人でなら、会話が途切れたりしないんだろうなあ……)

 ぼんやりと、そんなことを考えながら横目でチャールズを見る。リンゴを齧る彼の目は窓の外を映しているようだ。

「どうなっちまうのかな」

 リンゴの瑞々しさが残った、しかしどことなく、頼りのない声だった。一瞬、今の声は誰が発したのかと思ってしまうくらい小さくて、ファルコはマフィンに歯を立てたまま固まる。

 その言葉は、つい、漏れてしまったのだろう。チャールズ本人も目を丸くして、驚いた表情を浮かべた。その顔を見て、ファルコはマフィンから口を離す。

「チャールズくんは、ふたりがどうなるのか、不安なんだね」
「今の、ナシな」

 チャールズはそう言うが――

「む、無理だよ。もう、聞いちゃったから……」

 関わるなと、踏み込んだことに不快感を示されるかもしれない。関係ないと一線を引かれてしまえば、もうこの場所にふたりで来ることもなくなる。ファルコはそれがわかっていた。

 けれど、聞かなかったことにはできない。

 ポロリとこぼれてしまった彼の不安を、無視したくはなかった。それをしてしまえば、本当に、終わってしまう気がしたからだ。何も聞かなかったフリをするのも、優しさなのかもしれない。でもそれは……現状を維持するための選択だ。ファルコは――

「聞いたところで、何もできないかもしれないし……僕は、なんの役にも立たないかもしれない、けど……チャールズくんの話を聞くことは、できるよ」

 彼らともっと、一緒にいたいと思った。巻き込まれて、ただ流されるまま一緒にいるのではなく、ちゃんと自分の意志で。だから、拒絶するかもしれないという恐怖と不安を飲み込んで、意を決し、彼らの元へ踏み込んだ。

 チャールズは見開いた目をまたたかせる。ファルコがこんな風に気持ちを伝えてくるなんて、思ってもいなかったのだろう。

「お前……」

 彼が口を開く。

「なんか、最初と性格変わったな」
「え?」
「お前は逃げるタイプで、向かってくるタイプじゃねえって思ってた」
「あ……」

 初めて会った時、ファルコはクラスメイトに追われていた。

 当時、たったひとりきりの『篝火の団』の一年生だった彼は、指輪狩りが始まったら指輪を差し出せと脅されたのだ。おとなしく頷こうかと思った。弱い自分では、どうせすぐに指輪を奪われる。だったら怪我をしないように素直に渡すのは、賢い選択だ、と。だがどこかで、何故か、そうしたくないと思う自分もいた。

 だから、逃げたのだ。今日逃げても、明日になれば捕まるとわかっていた。それなのに、まったく理性的でない行動を取った。

 その行動の結果が、今である。

「たまに……逃げたくない時が、あるんだよ。僕にも」
「……そっか……そうだよな。男だもんな」
「うん……」

 ふたりは顔を見合わせて、どちらからともなく、笑った。

 それからチャールズは、胸の中に抱えていた不安を少しだけ話してくれた。それは全てはないだろうことくらい、ファルコにもわかる。でも、その『少しだけ』でも話してくれたことが、嬉しかった。

「さっき言っただろ? ティリーの遊び相手に選ばれたからって、将来が確約されるわけじゃないって。だから俺たちは訓練でもなんでも必死こいてやって、アイツについてき続けた」
「それで、騎士科の平民の特退枠で、入学したんだよね?」
「ああ。このままついてティリーに行ければ、いずれアイツと一緒に前線で魔物と戦う『赤狼騎士』になる……大変だろうが、絶対に楽しいって……だから、一緒にしがみついてこうぜって、コイツらとよく言ってたんだ」

 くしゃり、と……チャールズが自身の髪を掴む。

「でもよ、こんなことになっちまってさ……治るならいいんだぜ? けど、後遺症でも残ったら、赤狼騎士にはなれねえ」
「え……でも、機能回復訓練とか、そういうのをすればいいんじゃないの? 元と同じくらいの回復が望めるかもしれないって、授業で……」
「同じくらいじゃダメだ。万全じゃない身体で戦い抜けるほど、甘いトコじゃねえんだよ。だからこそ、東部のガキはみんな、赤狼騎士団に憧れる。あんな風に戦いたいってな」
「そんな……」
「そもそも、将来の話以前に……学園に残れるかもわからねえ。身体が動かないってことにでもなれば、自主退学を勧められるだろ? 騎士科を辞めて、他の科に編入できるほど、コイツらも俺も頭良くねえかんな」

 チャールズが深く息を吐く。彼が不安だったのは自分のことではなく、仲間のことを思ってのものだった。情に厚い、仲間想いの人だと、知っている。

 病室に、暖かい風が吹き込んだ。

 不安も、憂いも――彼の胸の中に巣食う、悪い感情は全て吹き飛んでしまえばいいのに。そんな風に思って、ファルコは、未だに眠り続ける彼らを見る。

 あの日から意識のない彼らはファルコのことを特別視していないだろう。けれど、ファルコのほうはとっくに、彼らのことを自分の中で特別な場所に位置付けていた。

 その差を埋めるための努力を、したい。

「早く、起きてほしいね」

 ファルコが呟く。チャールズが「だな」と同意した。

「こんなに心配かけやがって……起きたらとっちめてやる」
「僕は、お礼を言いたいな」

 白いレースのカーテンが揺れる。空高く昇った太陽の日差しが、開いた窓から差す。熟れたリンゴの甘い香りがした。穏やかな午後だ。

 彼らが倒れた時、冷たい雨が降っていた。目覚める時は、こんな風に暖かい日がいい。これからのことを考えると不安になるけれど、せめて目覚めの瞬間は心穏やかであれるようにと――

 強い風が吹いた。チャールズは髪を押さえ、ファルコは手に持っていたマフィンを落としかける。風に混じって、くぐもった呻き声が――聞こえた気がした。






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