未完成交響曲

菊池昭仁

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第23話

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 3年生になって、やっと奴隷から「平民」になり、寮内で市民権を得ることが出来た。
 3年生になると私服での外出が許可され、あの恐怖の学寮総会へも任意参加となる。

 学生食堂にあるジューク・ボックスも触っても良くなった。
 いつも食堂で掛かっているのは永ちゃんだった。
 だから今でも『チャイナタウン』や『時間よ止まれ』を聴くとあの地獄だった1年生、2年生の頃を思い出してしまう。パブロフの犬である。
 だが残念なことに、3年生になったらジューク・ボックスが無くなってしまった。

 売店のラーメンを食べられるのも3年生からだった。
 旨そうにラーメンを啜る上級生を見て、「3年生になったらあのラーメンを食べるぞ」と思ったが、これも学校の方針で廃止になった。

 髪型も自由になった。リーゼントにするヤツも多くいた。
 2年生まではパーマも毛染めも禁止であるが、3年生になると許可される。
 仲のいい友人はいきなりアフロにして来て、みんなを驚かせた。
 渾名は「アフロ」になった。
 風呂は1年生と2年生、3年生が同じ風呂場だった。
 1年生の時、風呂場でシャワーを浴びていると、天然パーマだった私はいきなり2年生から髪の毛を引っ張られ、「1年のくせにパーマなんか掛けてんじゃねえぞコノヤロー!」と因縁を付けられた。
 「て、天然パーマです!」と言っても中々信じてもらえなかった。
 3年生になって私はアイパーにした。

 
 3年生になると講義は専門分野が多くなり、かなり高度になった。
 国語、法学、歴史、解析Ⅰ、解析Ⅱ、保健体育、英語Ⅰ、英語Ⅱ、第二外国語はフランス語、ドイツ語、ロシア語でドイツ語を取っていた。私はフランス語を取った。左翼系の友人はロシア語を取った。機関科の学生はドイツ語のマニュアルもあるということでドイツ語を選択する者が多かった。
 仲の良かったずっと首席だった親友はドイツ語を取った。なるぼどと思った。
 情報処理、材料力学、水力学、電子工学、電気工学、計測自動制御工学、人間工学、船舶安全工学、航海法規、運用学、航海学になった。
 航海学の教授は180cmはあるかという大柄で、白髪をオールバックにした、戦時中は戦艦長門にも乗艦していたというエリート士官だった。
 航海術の講義には海図を広げるので少し大きめの机になっていた。
 ある日、こともあろうかその教授の授業を寝ていたヤツがいた。
 その教授は机ごとその学生をぶっ飛ばした。
 流石は元大日本帝国海軍将校である。

 商船高専には富山新港に実習棟と実習場があり、そこにはカッターやヨット、練習艇『さざなみ』と300トンの練習船『若潮丸』が係留してあったが、乗船実習は年に1度ほどだった。
 おそらく燃料費がかなりかかるからなのかもしれなかった。
 1年では日帰りで富山湾クルーズ。2年生になると1泊2日で能登の七尾港へ航海、そして3年生になると2泊3日で新潟の佐渡ヶ島に航海実習をした。
 4年生になると富山湾を数回実習航海をした。船酔いでレーダーを覗くことが出来なかった私に、長州力のような鬼教官に「立てえ! 菊池! 国はお前を一人前の商船士官に育てるために3億円ものカネをかけているんだぞおおお!」と叱責された。
 そして5年生になると運輸省航海訓練所で半年間を帆船実習で日本丸と海王丸に別れて日本沿岸を周り、そして正月には東京の晴海埠頭からハワイに向けて片道1ヶ月の遠洋航海に出るのだ。
 そしてその後、半年間を5,000トンクラスの銀河丸、北斗丸、大成丸、青雲丸、青雲丸のいずれかに各々乗船して汽船実習を行う。全国5つの商船高専と神戸、東京商船大学が合同で実習訓練にあたることになるのだ。
 学校の若潮丸でさえ吐きまくっていた私は、実習に出る度、5年生になっての遠洋航海実習に出たら絶対に死ぬと思い、なんとか3年で学校を辞めて、学費の安い国立大学の受験を模索していた。


 3年生になるとバイトが出来た。
 土木作業に怪しい化学プラントなどでも働いた。
 夏休みにカーフェリーで皿洗いのバイトをした時、三等航海士が学校の先輩で可愛がってもらった。
 映画俳優みたいにカッコいい先輩で、操舵手と一緒に船内を歩いていると女性の乗船者が操舵手に、

 「すみません、写真、撮ってもらえませんか?」

 と言われ、「いいですよ」とポーズを取ろうとするとカメラを渡され、先輩とのツーショットをお願いされたと笑っていた。
 先輩は実家が富山で喫茶店をやっていらっしゃるということで、「俺の名前を出していいから珈琲でも飲んで来い」といわれ、夏休みが明けると早速お邪魔した。

 そこにセーラ・ロウエルに似た、凄い美人のウエイトレスさんがいて、

 「今バイトを探しているんですよー」

 というと、もうひとつバイトしている喫茶店があるからと、そこを紹介してもらった。
 そこでは綺麗な女性たちにチヤホヤされ、私は段々学業が疎かになり、操船論、船舶載荷論の教授からは、

 「菊池に言っとけ。あと1日休んだら留年だぞとな?」

 私は学業を忘れ、酒とバイト、読書に明け暮れた自堕落な生活をしていた。
 だが面白いことに、それに反比例するように友だちは増えていった。
 最高の学生生活が始まったのである。


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