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問いかけ

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「時間もないことですし単刀直入にお伺いしますが、シャーロット嬢は陛下のことをどう思っていますか?」

目の前の男性は柔らかな笑みを浮かべながらも、ささやかな変化も見逃すまいとするかのように油断なく観察されている気がした。

突然離宮を訪れたネイサンからお茶に誘われ、シャーロットは警戒しつつも断ることが出来なかった。何故ならネイサンはシャーロットの予定を把握しており、午後の空き時間を見計らってきたのだと本人から告げられたからだ。
九分九厘カイルに関することだと予想していたが、こうも直接的に質問されるとは思わなかった。

「……とても尊敬しておりますわ」
「尊敬はするけど愛情は抱かない、貴女のその線引きはどこにあるのです?」
間髪入れずに返ってきた答えはなかなか踏み込んだものだ。

「私にも分かりません。尊敬する相手全てに愛情を抱くものではないでしょう」
本心からの言葉だったが、ネイサンはシャーロットの心の動きを見定めるかのように次の質問を投げる。

「では質問を変えますね。貴女はまだラルフ王太子殿下にお気持ちを残しているのですか?」
「……リトレ秘書官にお答えする義務はございませんわ」

不躾すぎる質問に眉を顰めて不快感を示すが、ネイサンは気にする様子もない。
「いえ、答えていただきますよ。陛下の憂いを払うことも私の仕事ですからね」

そう言われればシャーロットも答えざるを得ない。何よりカイルを煩わせているのだと思うと言いようのない嫌な気分になり、シャーロットは短く告げる。

「いいえ」
「では陛下の何がお気に召さないのですか?顔、性格、態度、どれでしょう?」

(ケイシーが早く戻って来ないかしら……)

せっかくの天気だからと庭に誘われ、給仕のためにケイシーだけ傍に残ることになったが、注がれた紅茶にネイサンが別の茶葉を要求したため席を外している。

心配そうな顔のケイシーに大丈夫だと頷いたのは、人払いが必要な話だと思ったからだが質問の焦点はシャーロットの心情について当てられていた。ケイシーが傍にいたとしてもネイサンの質問を止めることはできないが、それだけでどれほど心強いことだろう。

「……陛下には私よりも相応しい方がいらっしゃるでしょう。まだお会いになっていないから、婚約者となった私に好意を示してくださっているのですわ」
「相応しいかどうかは貴女が決めることではありませんよ。何より陛下が貴女を望んでいるのに――陛下を信じられませんか?」

こんな自分勝手な人間よりもカイルの愛情に相応しい令嬢はいくらでもいる。だがネイサンはあっさりと否定し、続けて問われた言葉にシャーロットは膝の上に置いた手を強く握りしめた。
いつか指摘されることも覚悟していたのに、罪悪感で胸が押しつぶされそうになる。

客観的に見ればカイルがどれだけシャーロットに心を砕き、好意を向けてくれているのか気づかないほど鈍くはない。だからこそ、そんな優しい気持ちを信じきれない自分が最低の人間であるかのように思えて仕方がなかった。

「すべての非は私にありますわ」

静かに答えてシャーロットはネイサンの言葉を待った。どんな非難も叱責も受け止めようと真っ直ぐに視線を合わせるが、ネイサンはただ静かにシャーロットを見つめている。沈黙の時間が流れ、シャーロットはネイサンが待っているのだと気づいた。
自分の至らなさを認めることに意味はなく、その理由を告げるようにと無言で促しているのだ。

答えたくないと咄嗟に思ったが、ネイサンも引く気がないのだろう。沈黙が重みを増し、息苦しさから逃げるようにシャーロットは心にあったわだかまりを口にした。

「――12年間、傍にいても気持ちなど簡単に変わってしまいましたわ。陛下は私を哀れに思い心を傾けてくださっていますが、いつかあの方も運命のお相手に出会うでしょう」

ラルフ王太子に相応しくあるように努めてきたつもりだった。次期国王としての重圧にさらされるラルフを支える存在となるために教養と知識を身に付け、学業と並行しながら徐々に増え続ける王太子妃としての務めも果たしていたのだが、それはシャーロットの独りよがりでしかなかった。

『生涯支え合っていく存在とは思えなかったんだ』
婚約解消の際にラルフから告げられた言葉を今でもはっきりと覚えている。

「年月だけで想いの深さは図れませんが、あの方もほぼ同じくらいの期間、貴女を想い続けていましたよ」
思いがけず優しい声が聞こえ、知らぬうちに伏せていた目を上げるとネイサンは困ったような笑みを浮かべていた。

「貴女にそんな顔をさせたと陛下に知られれば殴られそうですね。これ以上は私の口から伝えるより陛下からお話していただいたほうが良いでしょう。まあうちの陛下の愛は重すぎるぐらいですが、貴女に信じてもらうにはあれぐらいないと駄目なのでしょうね」

(同じ期間って……ラルフ王太子殿下の婚約者になったのは6歳の時なのに……)

アイリーンもカイルが長年シャーロットを想っていたようなことを口にしていた。カイルに看病された時に聞きかけてタイミングをすっかり失っていたのだが、気になりながらも同じぐらい尋ねるのが怖かった。

(どうして怖いと思うのかしら……)

自分の感情なのに分からないことが落ち着かない。
それ以上考えることを拒否すると代わりに別の疑問が湧いた。どうしてネイサンはそれほど自信満々にカイルの気持ちを保証できるのだろう。

「それでも人の気持ちは変わります。お父様だって――」
「ネイサン!ここで何をしている!」
信じられる理由を知りたくて言いかけた言葉は、鋭い声により遮られた。

「残念、時間切れですね」
小声でシャーロットにそう告げると、立ち上がったネイサンは恭しく一礼した。

「陛下がお越しになるまで、シャーロット嬢のお相手を務めさせていただいておりました。どうぞごゆっくりお過ごしください」
「ふざけるなネイサン!――っ、シャーロット済まない。部下が失礼なことをしなかっただろうか?」

「いえ、そのようなことはございませんでしたわ」
久しぶりに見るカイルの姿に安堵と緊張を同時に覚えたのだが、カイルの言葉に胸が詰まった。

(ロティではなくシャーロットとおっしゃったわ)

嫌われても仕方がないと思っていたのに、名前の呼び方が変わっただけでこんなにも苦しい。強張った表情で瞳を潤ませたシャーロットを見て、カイルはネイサンを睨みつける。

「急に来てすまなかった。もうこのような事がないようにしよう」
早口でそう告げたカイルはそのままネイサンとともに立ち去ってしまった。

その後姿が見えなくなるとシャーロットは淑女としてギリギリの速度で部屋へと戻った。扉を閉めた途端涙がとめどなく溢れて、シャーロットはただ喪失感を噛み締めることしか出来なかった。
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