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再会

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翌日シャーロットの部屋を訪れたカイルはいつもと違う雰囲気があって、どことなくぎこちない空気が流れる。別荘から戻って以来、顔を合わせる機会もなく昨日もネイサンを引き取るためだけに訪れたようなものだった。

「シャーロットに渡したい物がある。もし貴女が望まないなら今は無理に受け取る必要はないし、準備ができるまで俺が預かっておく」

沈黙を破るようにカイルが口を開いたが、その奇妙な言い回しにシャーロットは思わず首を傾げてしまう。
机に置かれた長方形の箱に何が入っているのか見当がつかない。

カイルは慎重な手つきで箱の包みを解き、大切そうに取り出したそれを見た瞬間、理解するより早く勝手に言葉が滑り落ちた。

「テリー……?」
幼い頃に手放した宝物が目の前にある。
その事実に衝撃と混乱で固まってしまったシャーロットに、躊躇いがちな声が掛かった。

「ロティ……やはりまだ早かったか」

顔を上げればカイルの痛みを堪えるような顔が、不安そうな表情に変わる。
「……それはどういう意味でしょうか?いえ、そもそもどうしてカイル様が――」

(私、この瞳を知っているわ。……でも、まさかそんなことが)

閃きのような確信に当時の記憶がシャーロットの脳裏を駆け巡る。辛い思い出の中で幸せを感じたひと時があったこと、そして大切な友人を傷付けてしまったことを――。

シャーロットの予想を肯定するかのように、カイルは頷く。

「この髪色は移動の際に目立つ。安全上、遊学中は髪色をダークブラウンに染めていたんだ。あの時は堅苦しさを嫌って、シャーロットに身分を告げなかった。……騙すつもりはなかったが済まなかった」
「違うわ、カイは何も悪くないわ!あの時酷いことをしたのは私のほうで――っ、……申し訳ございません。陛下には何とお詫びしてよいか……」

カイルからの謝罪に反射的に答えてしまったが、皇帝相手に何という口の利き方をしてしまったのか。自分の言動に羞恥と罪悪感が込み上げる。

「まいったな。もう一度そう呼んでくれる日がくるとは思わなかった」
顔を上げると口元を押さえ、目元を染めたカイルの姿が視界に映った。

幼い頃に親切にしてくれた少年と同一人物だと再認識させるような優しい眼差しに、シャーロットは頬が熱くなるのを感じる。

「あの時、カイル様のお心遣いを台無しにしてしまい申し訳ございませんでした」

嬉しかったのに、また失うのが怖くて苦しくて八つ当たりするかのようにカイに酷いことを言ってしまったことをずっと後悔していた。あれから謝りたくて何度もあの場所を訪れたのに、二度と会うことが出来ず嫌われたのだと思って、涙をこぼしたこともしっかり覚えている。


「謝らなくていい。ロティはまだ6歳だったし、俺もロティがどういう気持ちになるか考えていなかったからな。――たとえばだが、6歳の子供にロティが同じことを言われたら腹を立てるか?」
謝るなと言われてつい否定しかけたシャーロットだが、そう言われてしまえば反論できない。

「……分かりました。あの、テリーに触れてもよいでしょうか?」
「もちろんだ。元々彼は君のものだし、俺はただ預かっていたにすぎない」

懐かしい手触りだが、記憶にあるテリーよりずいぶん小さくなってしまった。もちろん実際にはシャーロットが成長したからそう見えるだけなのだが、抱きしめれば幼い頃と同じ安心感に胸がぎゅっと詰まる。

「――カイル様、テリーを大切にしてくれてありがとうございます」
12年経ったとは思えないほど綺麗な状態で、ふっくらした毛並みは定期的に手入れされていたことがよく分かる。

「礼を言うのは俺の方なんだが、ちゃんと返せて良かった」
嬉しさに零れる涙をカイルは丁寧な手つきで拭い、優しく頭を撫でてくれたのだった。


シャーロットが落ち着いたのを確認すると、カイルは予定があったようですぐに部屋から出ていってしまった。

「本当にようございましたね」
そう言葉を掛けるケイシーの目にもうっすらと涙が浮かんでいた。

「ええ、ありがとう。……あの時なくしたなんて嘘を吐いてごめんなさい」
「存じておりましたよ。あんなに大切になさっていたのに、お嬢様がなくすことなどあり得ませんから」

優しい眼差しを向けるケイシーに見透かされていたのだと恥ずかしく思うよりも、気を遣わせてしまっていたのだと反省する気持ちが芽生えた。

王族の婚約者がぬいぐるみなど持ち歩くなんてみっともない、覚悟が足りないと叱責され、教育係であったジョスリーヌに地べたに捨てさせられたのだ。それもわざわざ泥濘が残る場所を指定され、テリーが足で踏みつけられたのを見て心が切り裂かれそうなほどの痛みを覚えたが、あの頃は抗う術など持たなかった。

それでも自らがテリーを見捨てたのだという自責の念から、テリーが見当たらないことを指摘され、本当のことを伝えることができずに嘘を吐いてしまったのだ。

「――シャーロット様の教育係はジョスリーヌ・デュラン伯爵夫人でしたね」
事情を説明するとケイシーの冷ややかな口調から静かな怒り察したシャーロットは肯定の意を示すために頷いた

「あの方のおかげで知識や教養を身に付けることが出来たのだから、感謝しなくてはならないのかもしれないけど……」
痛みを伴う教育方法やテリーの件を考えれば、素直に尊敬する気になれない。傍にいれば緊張を強いられる相手でシャーロットは苦手意識を持っていた。

「当然ですわ。幼い子供にそのような仕打ちを、私が気づいていればシャーロット様があのように悲しまずにいられましたものを……」
心の底から悔やむ様子を見せるケイシーに、感謝したい気持ちでいっぱいになる。

「ありがとうケイシー。テリーもそうだけどカイのことでもケイシーが話を聞いて励ましてくれたおかげで、私は何とか踏みとどまれたの」
当時サイラスに訴えることが出来なかったのは、ジョスリーヌが口癖が原因だった。

『このような事も出来ないようではブランシェ侯爵もさぞがっかりされるでしょう』
父を引き合いに出すことが多く、いつの間にかシャーロットは失敗すればサイラスに見放されてしまうという不安を抱いてしまうようになっていた。

そうすると相談相手は専属侍女のケイシーで、カイに酷い言葉を投げつけてしまった日も淑女らしかぬ態度で大泣きしてしまった。ケイシーはそんなシャーロットを否定せずに、最後まで話を聞き助言をくれる大切な存在だ。

「あの時、シャーロット様は泣き疲れて眠ってしまうほど、傷ついているご様子でしたことを覚えておりますわ。こっそり王宮に入ってテリーやカイ様を探せないか何度考えたことでしょう」
「まあ、そんな危ないことを考えていたのね」

忍び込もうとするケイシーの姿が目に浮かび、思わず笑い声が漏れる。

「テリーだけでなくカイ様、いえカイル陛下とも再会できてようございました。あの方はシャーロット様を大切にしてくれる方ですもの」

ケイシーの一言でシャーロットはあることに気づいてしまった。昨日ネイサンが告げた言葉の意味を思い返す。
『年月だけで想いの深さは図れませんが、あの方もほぼ同じくらいの期間、貴女を想い続けていましたよ』

(カイル様は、カイとして出会ったあの時から私のことを想っていてくださったの?)

そう考えると顔が強いお酒を飲んだ時のようにかっと熱くなり、シャーロットは慌ててぎゅっとテリーに顔を埋める。

「シャーロット様?」
ケイシーの呼ぶ声は聞こえていたが、この顔を見られては駄目だと直感的に思ったシャーロットはしばらく顔を上げることができなかった。
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