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愛は変態を助長させる

18:運命の出会い・2【先輩SIDE】

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 彼女と距離を置こう。
そう思ったのだが、
彼女はいちいち、可愛い。

俺はオススメのメニューを
一通り注文してから
彼女と話をする。

料理の話だけでなく、
最近の流行ファッションや
コスメなどの話も盛り込んだ。

だが彼女は興味がないわけでは
無さそうだったが、何も知らないようで
俺のうんちくを不思議そうな顔で聞いていた。

凄い!でも、素敵!でもなくて、
きょとん、とした顔。

なんだ、めちゃくちゃ可愛い。

しかも、料理が来たら
自然と手を動かし、俺たちに取り分けてくれる。

それは俺に家庭的なところを
アピールしようとしているのではなく、
自然に体が動いているという様子だった。

カクテルを飲んでは
「おいしーっ」と笑い、
料理が来れば、目を輝かせる。

極めつけは、エビチリが来た時だ。

「真翔さん、真翔さん、
これ、このエビ、殻がついてます」
と、柊に小声で不思議そうに言うのだ。

俺は吹き出しそうになった。

こんな真っ白な、
天然記念物のような女性が存在しているなんて。

柊が「殻ごと食べるんだよ」と言うと
目を丸くして。

けれど子供のように、
おそるおそるエビを口に入れれば
「美味しいーっ。
香ばしいです」
と笑顔になる。

「ははっ。可愛いねぇ、悠子ちゃんは」

自然に笑い声が出てしまった。
しかも彼女をいきなり名前で呼んでしまった。

だがいいだろう?

彼女も否定しなかったし。
柊も嫌そうな顔をしたが
やめろとは言わなかった。

……言えなかったのだろうが。

少し押してみようか。
彼女が俺を見るように。

そう思ったが。

「もの知らずで恥ずかしいです」
と彼女は言い、頬を赤くして柊を見た。

「でも真翔さんに
少しづつ、いろんなことを
教えて貰ってます」

そう笑って柊を見る表情は
優しくて、幸せそうで。

その顔を俺に向けてはくれないのだろうか。

柊と彼女はどこまで進んだ仲なのだろう。

柊は「婚約者がいるから行きません」と
遊びに誘う俺にひたすら言っていたので
深い仲だと思い、あの動画や
俺のとっておきのホテルを教えてやったのだが
彼女が相手では、まだまだそんな関係では
無いかもしれない。

俺はカマをかけてみた。

「そうなんだ。
じゃぁ、悠子ちゃんはコイツに
全部教えて貰ったんだね?」

俺がわざとニュアンスを変えて言ったことを
柊は気が付いていた。

だが肝心の彼女は違った。

「はい。
電車の乗り方も教えてもらったし、
動物園も、ショッピングモールも、
全部真翔さんが連れて行ってくれたんです。
動物園では、うさぎを抱っこしたんですよ」

と笑顔で言われてしまえば、
それ以上、何も言えなくなってしまった。

うさぎを抱っこ。
動物園で……高校生のデートか、って思う。

思ったが。

それでも目の前の彼女には
それが似合うって思ってしまった。

色んな女性と遊んで、
女性を扱う経験値を上げて。

運命の女性と出会ったら
それを元に俺を好きになってもらおうなんて
思っていたけれど。

運命の女性を前にしたら、
そんなことなど全く必要なかったことが
俺はようやくわかった。

何せ俺は。
運命の女性と思える相手と出会った途端、
失恋が確定したのだから。

人生初の失恋だった。

心のダメージが、酷い。

だが俺はそれを隠して
料理を楽しそうに食べる彼女を見つめた。

柊も愛おしそうに彼女を見ている。

いいな、と思った。
純粋に。

俺もこんな恋人がそばにいたらと思う。

彼女は無垢で何も知らない様子だったけれど
料理を運んでくるスタッフには
笑顔でお礼を言い、
テーブルが汚れていたら
俺や柊の前であっても、
自分のおしぼりでテーブルを拭いていた。

それもおしゃべりしながら
自然な動作でするものだから
俺は彼女のそう言った動きに気が付くのに
時間がかかった。

俺のそばにいる女性たちは
何かすると俺の顔を見て
「家庭的な私」をアピールするからだ。

彼女は普段からそう言ったことに
慣れているのだろう。

柊もそれを当たり前のように受け入れている。

それが得難いことだとは思っていないようだ。

俺は何かを言いたくなったが、
彼女が新しいカクテルを飲んでは
嬉しそうに笑ったり、
南国特有の魚料理に驚いたり。

分厚いステーキを頼んで
店のスタッフが取り分けた時は、
目を見開いで驚き、柊の腕を掴んで
大はしゃぎしていた。

それはすべて作られた表情なのではなく、
彼女の素の姿だった。

作られた俺とは全く違う彼女に、
俺は完敗だ。

「あー、腹いっぱいだ。
そろそろ出るか」

俺は頃合いを見てそう言う。

柊が会計の際に奢ってもらっていいのかと
聞いてきたが、もちろんだ。

俺は女性に金を払わせたことはない。

俺が任せておけ、というと、
彼女は俺を見て、ありがとうございます、と
頭を下げた。

そして俺を見上げた顔は
大人の俺に対する尊敬のまなざしだった
……と思いたい。

俺が会計をしていると、
彼女の「ごちそうさまでした」と
言う声が聞こえて来た。

ついさっき、俺に礼を
言ったばかりなのに?

と思ったら、それは店の
スタッフへ言ったようだった。

笑顔でスタッフにおいしかったです、
という彼女の姿は俺にとっては
かなりの衝撃だった。

俺は店のスタッフが料理を提供するのも
サービスをするのも当たり前だと
思っていた。

だが彼女にとっては
それすらも感謝することらしい。

会計を終え、二人の元に戻ると、
また彼女は俺に頭を下げた。

「女性だから金を払ってもらって当たり前」
ではないんだな、と俺は思う。

金を払う前にお礼を言う女性は多いが、
支払ってから腕を絡めるでもなく、
純粋に感謝の言葉を貰ったのは
初めてのような気がした。

店のスタッフにも感謝を伝え、
俺にも笑顔で頭を下げる。

本当に、いい子だな。

「先輩さん、ごちそうさまでした。
こんなに美味しい料理を食べたのは
初めてです」

彼女の「先輩さん」という言葉が可愛い。

彼女が欲しいと思うが、さすがにダメだろうな。

「いいって、いいって。
でもコイツと一緒にこういう店には行かないの?」

俺だったらいつでも連れていくよ。

そういう意味でいったのだが、
彼女は俺の言葉の裏を読むようなことはしない。

代わりに、人混みが苦手だから
自分の手料理を振舞っていると言う。

なんだそれは。
羨ましすぎる。

「悠子ちゃん、俺は悠子ちゃんの
手料理が大好きだし、
俺も人混みが苦手だから、
悠子ちゃんとのんびりするのが好きだよ」

急に柊が俺と彼女の会話に割り込んできた。

俺が彼女に興味を持ったのがわかったのだろう。

安心しろ。
無理やり奪う真似なんかしないって。

お前も一応、俺の可愛い後輩だからな。

「らぶらぶだなー」とわざと揶揄うように言って
わざと彼女に
「でも大人の魅力とか、
知りたくない?」と聞く。

無理やりは奪わないけれど、
彼女が俺に惹かれたら話は別だよな?

だが彼女は。
俺のそんな気持ちなど全く気が付かずに
可愛い笑顔を俺に向けた。

「真翔さんも大人ですよ?」
と、きょとん、として言うものだから、
俺は苦笑するしかない。

「俺はコイツよりも大人なんだけどなー」

俺ならもっと、
色んなことを教えて上げれるのに。

そう思ったけれど、
彼女がそれを望まないのであれば仕方がない。

「今日の所は許してやるか」

「何をですか?」

柊が嫌そうな顔でツッコんで来る。

「色々だよ」

俺はそう言い、わざと腕時計を見た。

「じゃぁ、俺はこの辺で帰るか。
二人の邪魔をするのも悪いしな」

本当ならもっと邪魔をしたかったが。

俺は二人と別れて繁華街へと足を向ける。
もう少し飲みたい気分だったからだ。

真っ白な彼女に色々教えてあげたい。

それは裏返すと、
俺の色に彼女を染めたい、ということだと
気が付いたからだ。

「なーにが、百戦錬磨の女ったらしだ」

俺は周囲からそんな評価を受けていた。
俺が口説けは、どんな女もすぐに落ちる、と。

「恋に落ちてソッコーで失恋じゃないか」

呟いた声に、自分で傷つく。

でもまぁ、いいか。

俺には慰めてくれる女性が沢山いるが、
あの初々しい二人は、互いの存在しか
見えていないようだった。

あんな純粋な二人を見て、
引き割いてやろうと思う程
俺の腹は黒くない。

俺は足を止めて振り返る。

二人がタクシーに乗り込むのが見えた。

彼女の部屋で、二人で飲み直すのだろうか。
彼女の手料理で?

手料理か。
いいな。

そんなもの、ここ何十年も食べたことが無い。

そうだ、と俺は思った。

俺を失恋させたんだ。
少しぐらい意地悪してもいいよな。

俺は二人を見送り、
行きつけのバーへと足を向ける。

今日は老年のマスターに
愚痴るとするか。
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