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1話 監禁1日目
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目を覚ましたら手と足を縛られて猿轡噛まされてた。
いや、状況がわからない。
まじで分からない。
昨日は家に帰ってシャワーを浴びて、布団に入った瞬間寝落ちてしまった。
そして目を覚ましたらこれだ。
強盗か?直哉は大丈夫なのか?
こんなことをされるのは強盗くらいしか心当たりがなくて、隣の部屋で寝ているはずの直哉の安否が心配になる。
せめて無事でいてくれっ!
そう思いながら、手足を縛っているものを解けないかもがいてみる。
包帯かなんかみたいな柔らかいもので縛られているから、痛くはないんだけどちょっともがいた程度で外れるほど緩くもない。
腕は念の入ったことで後ろ手に縛られているし、さらに腕の縛り目と足の縛り目をロープか何かで結ばれてしまっていてエビ反りの格好のまま、まともに身動きすら出来ない。
「むぐーっ!ふぐーっ!むゔぐーっ!!」
もう叫ぶ以外に出来ることがないので、全力で叫んでみる。
でも、タオルでしっかり猿轡を噛まされているせいでくぐもった声しか出ない。
いくらここが住宅街だと言ってもこれじゃ隣の家にも聞こえないだろう。
詰んだ……。
もうこうなってしまってはなにも出来ない。
有るもの全部差し出すので、弟の身だけは無事に済ませてほしい。
「あ、にーちゃんようやく起きたか」
絶望とも、諦めとも言えない感情で呆然自失としている僕の耳に弟の、直哉の声が入ってくる。
直哉は無事だった!
安堵と歓喜で涙がこぼれてくる。
いや、泣いている場合じゃない。
僕を縛り上げたやつがどこかにいるはずだ、すぐに逃げるように言わないとっ!
直哉が部屋に入ってきて、ベッドに転がされた僕の前に立つ。
「むぐーっ!むぐっ!むむーっ!」
早く逃げるように叫ぶけど、猿轡のせいで声にならない。
「にーちゃん、叫ばれてもなに言ってるか分からねぇよ」
そりゃそうだ。
でも、そんなことを言っている割には直哉は僕の猿轡を取ろうとはしてくれない。
と言うか、兄がこんな格好で縛られているというのに平然とした物だ。
「あらら、にーちゃん怖かったか?ごめん」
僕が泣いているのを怖かったからと誤解した直哉が涙を拭おうというのか近くに寄ってくる。
いや、怖かったわけじゃないし、涙とかどうでもいいからとりあえず色々解いてほしいんだけど……。
混乱した頭で直哉の顔を見つめるけど、直哉に解いてくれようとする気配はない。
それどころか、死んだ母親似の整った顔が近寄ってきて……。
涙の跡を舐められた。
な、なにやってんすか?
「大丈夫、にーちゃんを縛ったのは俺だから。
安心しなよ」
はぁ!?
直哉が縛ったってどういうことだ?
え?直哉が強盗?
いやいや、落ち着け、そんなわけない。
そもそも、強盗とかはいなかったんだ。
ただ、直哉が僕を縛っただけ。
……。
……。
なぜ?
いや、マジでなぜ?
強盗以上に意味が分からない。
「さてと、にーちゃん、持ち上げるから少し我慢してな?」
直哉が縛られたままの僕を持ち上げた。
小さい頃からバスケをやっているせいか高1にしては背の高い直哉は僕程度軽々と持ち上げてしまう。
「むぐうっ!むぐっ!」
そんなことより、エビ反りのまま持ち上げられて腰が痛い。
かなり痛い。
「ああ、痛かったか?
少しの辛抱だから我慢してろよ?」
さっきと同じことをいいながら僕を運んでいく直哉。
下ろす気はないみたいだし、変に暴れて転んだりしても危ないので大人しくしていよう……。
直哉に運ばれるまま、部屋を出て、階段を降りる。
流石にちょっとヒヤヒヤした。
そのまま廊下を進んで、納戸の扉を開けるとその中に入っていく。
うちの納戸はちょっと変わっていて、地下にある上にそこそこ広くてほとんど地下室みたいな感じだ。
そこに運ばれているけど……なにしたいんだ?
低めの天井のせいで、背の高い直哉は窮屈そうにしながら階段をおりていく。
僕は楽々降りられるけどな、とか悲しいけどどうでもいいことが頭に浮かんだ。
まだ混乱しているせいかもしれない。
納戸の中には直哉のベッドのマットと布団が敷いてあって、そこに降ろされる。
直哉の布団は、まあ当然だけど小さい頃はよく嗅いだ直哉の匂いがした。
カチャ。
未だになにが起こっているのか分からなくて、とりあえず大人しくしていたら足首になにか柔らかいものをはめられた。
エビ反りになっているせいでなにをはめられたのかは見えない。
足首の方からはやたらと長い鎖が伸びていて、反対側の手錠が壁に埋め込まれているハンガー用のポールにはめられていた。
ということは、足首にはめられているのも手錠だろうか?
なんかやたらと柔らかい感触だけど。
音は響かず、窓もない地下の納戸。
足首にはめられた、多分取れないんだろう枷。
監禁かな?
「今日からにーちゃんを監禁するから」
監禁だった。
――――――
いくら考えても答えが出ない。
なんで僕は弟に監禁されないといけないんだ?
あの後、直哉は茫然自失としている僕を置いて出ていってしまった。
とりあえず腕と足を繋いでいたビニール紐は外してくれたけど、包帯の手枷足枷はそのままだ。
一応足首が見えるようになったけど、右足首にタオル地の布を巻かれた手錠がはめてあった。
タオル地のお陰で痛みはないとはいえ、とてもじゃないけど抜けそうには見えない。
このまま死ぬまで放置されるんじゃないかという恐怖が湧いてくるけど、考え事をすることで忘れることにする。
なんせ僕には早急に考えなければいけないことが有るのだ。
直哉はなんでこんな凶行に及んだんだろう?
いくら兄弟と言っても、これは流石に犯罪だ。
こんなことまでやるなんて直哉は何を怒っているのだろう?
裕福とはとてもいえないけれど兄弟2人、なんとかやってきたつもりだ。
父親の顔は覚えていない。
直哉が生まれてすぐ、いや、むしろ直哉が母親のお腹の中にいる間に別の女を作って出ていったっきり帰ってこない。
母親は1人で僕と直哉を育ててくれたけど、3年前に過労で亡くなった。
それからは僕が親代わりとして、2人それなりに仲良くやってきたはずだ。
いや、そりゃ、ケンカをすることも度々あったけど、まさか監禁されるほど恨まれているとは思わなかった。
あれか?前に彼女とデートするって言ってた時にあげたお小遣いが足りなかったか?
いやたしかに、直哉は『こんなはした金いらねぇ』とか言ってたけどさ。
そりゃ、モデルのバイトやってる直哉にとってははした金だったかもしれないけどさ。
兄としてはなんかやってあげたいじゃん?
そもそも、モデルのバイトというのが気に入らない。
いや、兄の欲目を抜いて見ても直哉はかっこいい。
モデルにスカウトされたっていうのもまあ納得だ。
ちょっとにーちゃん鼻が高かった。
でも、あれだけ好きだったバスケの時間を削ってまでやることじゃないと思う。
通っている高校も、けっこう名門校なのでバレたりしないかって意味でもヒヤヒヤ物だ。
いや、まだ混乱してるな、思考がそれた。
恨まれる覚えと言ったらお金のことくらいしか無い。
……あるいは、僕が無神経すぎて気づいていないだけで他になにかやってしまっているんだろうか?
ここまでの凶行に走るんだからよっぽどの理由があるはずだ。
しかし、直哉はここまでのことをやってなにをどうするつもりなんだろう?
直哉には黙っていたけど、ちょうど年末年始に合わせて溜まっていた有給を消化することになったので会社は結構長期の休みになっている。
勤め先は母の友人の旦那さんの会社なので、とりあえずは無断欠勤とかこれ以上の迷惑をかける心配がないのは良かった。
ただ、逆に休み明けまでは心配されないので監禁されてることにも誰も気づいてくれないだろう。
こんな時友達がいないのは悲しいな。
いや、むしろ良かったと考えたほうがいいのかもしれない。
もし、連絡が取れないことを心配した人が通報でもしたら……。
いくら兄弟間のこととはいえ直哉は完全に犯罪者だ。
それとも、僕が訴える気がないってことになったら罪に問われなかったりするんだろうか?
こういう時に学がないと困る。
とにかく早いところ直哉と和解しないと。
もしこの監禁が休み明けまで続いたら流石に会社の人が不審に思うだろうし、そうでなくともなにかの拍子に僕と連絡が取れないことを不審に思う人がいるかもしれない。
やっぱり、1日でも早く直哉と和解しないとな。
と言っても、原因がわからないから、なんともなぁ……。
今度直哉が来たときにはっきり聞いてみよう。
……直哉、また来るよね?
このまま餓死とかってことはないことを祈りたい。
――――――
心配を他所に、直哉は結構すぐに戻ってきた。
納戸から出ていって……監禁をはじめて、1時間も経っていないと思う。
戻ってきた直哉はお盆にご飯を載せて持ってきていた。
「ほら、にーちゃん、とりあえずお昼だぞ」
お昼?
もうそんな時間なのか。
起きたばっかりだからてっきり朝だと思ってたけど、もうお昼だったとは。
そんなに長いこと寝ていたとは、どうりで頭もはっきりしているはずだ。
ご飯を持ってきてくれたのはいいけど、手も足も縛られたままじゃ食べることどころか座ることも出来ない。
「むー、むーむ、むー」
ダメ元で猿轡のまま訴えてみるけど、伝わるはずもない。
「ああ、今解くからあばれんなよ」
いや、通じたわ。
よく分かったな、直哉。
とりあえず足を縛っていた包帯を外してくれた直哉がチラッと僕のことを見る。
暴れないか確認しているのかな?
いや、たしかに一瞬蹴り飛ばしてやろうかと思わなくはなかったけど、どうせ足首の手錠ははめられたままだし無駄なのでそんな事しないよ。
そもそも、まだ話し合いが決裂したとかってわけじゃないしな。
そこまで強硬策に出るつもりはない。
僕が大人しくしているのに安心した直哉は上半身に回ってくる。
「口の取るけど、叫んだりすんなよ?
外に聞こえないのは実験済みで、ただうるさいだけだからな」
実験とかやってたんだ?
いつの間に……って、まあ、学生だし僕のいなかった時間はいくらでもあったか。
しかし、そんな実験とかするほど用意周到な犯行だったのか。
どれだけ恨まれていたのか怖いな。
叫ぶ気もないので、うなずき返すと直哉は猿轡も外してくれる。
ふぅ……なんか精神的に苦しかったんだ。
きちんと呼吸は出来ていたのに、外してもらうと開放感がすごい。
人心地ついてたら直哉に引き起こされた。
「あれ?手は?」
「そっちはまだ駄目」
え?それじゃ、どうやってご飯食べろと?
お盆を見てみると、御飯はカレーだった。
しかも、僕の好きなシーフードカレーだ。
そこまで確認してようやく納戸にカレーの匂いが充満しているのに気づく。
いやぁ、まだ平静とはいきませんわな。
しかし、カレーとなるとスプーンが必須だ。
手が縛られていても前でならなんとかなったかもしれないけど、後ろ手で縛られている僕にはカレーを食べるのはかなり難度が高い。
「えっと、犬食いしろってこと?」
監禁するほど恨みを買っているのだ、有り得る。
熱々のカレーを犬食い。
芸人さんかな?
「んなわけないって。
ほらよ」
なんか、直哉はスプーンを持つとカレーライスをひとすくいして僕の口元に持ってくる。
えーと……?
「これはいわゆる?」
「早くしろよ、こぼれちゃうだろ」
弟があーんしてくれました。
監禁とかされてなければ、微笑ましい光景かもしれない。
まあ、とにかく、食べろと言うんだ、いただきましょう。
「あーん……あふっ!」
思ったより熱かったカレーをろくに噛まずに飲み込む。
せっかくのシーフードカレーなのに熱すぎて味も分からない。
ベロと口の中が痛いだけだ。
やっぱり、こういう嫌がらせかな?
「あっ、わりぃ……。
ふーっふーっ……これで大丈夫だと思う」
嫌がらせかと思ったらなんかフーフーしてくれた。
弟がフーフーしてあーんして食べさせてくれます。
……僕赤ん坊かな?
ちょっと恥ずかしくなりながらも、素直に直哉の差し出してくれたスプーンを咥える。
うん、フーフーのおかげで今度はいい温度だ。
辛さも僕の好きな辛口で実に美味しい。
なんか、直哉がスプーンを咥えた辺りから僕の顔をじっと見てる。
えーと?……ああ。
「うん、美味しいよ。
直哉が作ったの?」
「カ、カレーくらいなら俺でも作れるんだよ」
ちょっと照れたように言う直哉。
少し前までカレーどころかご飯も炊けなかったのに大したものだ。
いや、まあ、中学生だったし去年なんて受験生なんだからそんなもんだろうとは思うけど。
「あーん」
「あ?」
「あれ?もう終わり?」
まさかの、ふたくちだけ食べさせるという拷問かな?
「お、おう。
ふーっふーっ……ほら」
またフーフーしてから僕の口の中にスプーンを入れる直哉。
うん、美味しい。
ご飯はしっかり炊けているし、カレーもちゃんと出来てる。
野菜もきちんと切れてるし、全部きちんと分量通りっていう味がする。
初めて作ったとはとても思えない出来だ。
「あーん」
「ふーっふーっ」
そのまま何口か食べさせてもらう。
ぐうううぅぅぅ……。
直哉の作ってくれたカレーを美味しく頂いていると、直哉のお腹がなった。
「あれ?直哉はまだ食べてないの?」
お盆にはひとり分しか無いし、てっきり先に食べてたのかと思った。
「……俺は後で食べるからいいんだよ」
ぐうううぅぅぅ。
口ではそんな事を言ってても、お腹は正直だ。
「なんなら直哉もそれ食べたら?」
「え、いや、でも……」
そんなにお腹が鳴るほどお腹減ってるんじゃ、とりあえず残った分食べたらいい。
その程度の軽い考えだったんだけど、直哉は躊躇している。
直哉の視線はスプーンのあたりでさまよっていて……。
「ああ、流石に同じスプーンは嫌だよねぇ」
小さい頃は回し食い回し飲みなんて当たり前だったけど、お互い大きくなってからはやらなくなったからなぁ。
嫌だったか、と思ってたら、直哉は一度大きく唾を飲み込んだ後スプーンにカレーを大盛りにして口の中に入れた。
そのまま、ちゃんと噛んでいるのか心配になる速度で食べ続ける直哉。
「えっと、よく噛んで食べないとだめだよ?」
「……うっせ」
口ではそんな事言うけど、ゆっくり噛んで食べるようになった。
叱られたのが恥ずかしかったのか、顔が赤くなっているのが可愛い。
「僕にもひとくち」
「えっ!?」
直哉が食べているのを見たら僕もまだ食べたくなった。
なんか直哉は戸惑っているみたいだけど、あーんと口を開けたままでいたらカレーをすくって口の中に入れてくれる。
やけにジッと見られて少し恥ずかしい。
「うん、やっぱり美味しい。
大したもんだ」
褒めると照れたように笑う直哉。
ここだけ見ると仲のいい兄弟でしか無いんだけどなぁ。
手枷と足枷が邪魔だね。
こうなってくると、本当に直哉がどうしてこんな凶行に及んだのか分からないな。
「おかわり取ってくる」
カレーを食べきった直哉がそう言って立ち上がる。
僕もまだ食べたりなかったからありがたい。
「転んだりしないようにね?」
「子供じゃねぇんだから」
苦笑いを返してから出ていく直哉。
うーん、いつもどおりにしか見えないんだけどなぁ……。
帰ってきた直哉はまたひとつのカレーしか持って来なかった。
スプーンも変わらずにひとつだけだ。
仕方ないので、交互に食べた。
なんだコレ。
いや、状況がわからない。
まじで分からない。
昨日は家に帰ってシャワーを浴びて、布団に入った瞬間寝落ちてしまった。
そして目を覚ましたらこれだ。
強盗か?直哉は大丈夫なのか?
こんなことをされるのは強盗くらいしか心当たりがなくて、隣の部屋で寝ているはずの直哉の安否が心配になる。
せめて無事でいてくれっ!
そう思いながら、手足を縛っているものを解けないかもがいてみる。
包帯かなんかみたいな柔らかいもので縛られているから、痛くはないんだけどちょっともがいた程度で外れるほど緩くもない。
腕は念の入ったことで後ろ手に縛られているし、さらに腕の縛り目と足の縛り目をロープか何かで結ばれてしまっていてエビ反りの格好のまま、まともに身動きすら出来ない。
「むぐーっ!ふぐーっ!むゔぐーっ!!」
もう叫ぶ以外に出来ることがないので、全力で叫んでみる。
でも、タオルでしっかり猿轡を噛まされているせいでくぐもった声しか出ない。
いくらここが住宅街だと言ってもこれじゃ隣の家にも聞こえないだろう。
詰んだ……。
もうこうなってしまってはなにも出来ない。
有るもの全部差し出すので、弟の身だけは無事に済ませてほしい。
「あ、にーちゃんようやく起きたか」
絶望とも、諦めとも言えない感情で呆然自失としている僕の耳に弟の、直哉の声が入ってくる。
直哉は無事だった!
安堵と歓喜で涙がこぼれてくる。
いや、泣いている場合じゃない。
僕を縛り上げたやつがどこかにいるはずだ、すぐに逃げるように言わないとっ!
直哉が部屋に入ってきて、ベッドに転がされた僕の前に立つ。
「むぐーっ!むぐっ!むむーっ!」
早く逃げるように叫ぶけど、猿轡のせいで声にならない。
「にーちゃん、叫ばれてもなに言ってるか分からねぇよ」
そりゃそうだ。
でも、そんなことを言っている割には直哉は僕の猿轡を取ろうとはしてくれない。
と言うか、兄がこんな格好で縛られているというのに平然とした物だ。
「あらら、にーちゃん怖かったか?ごめん」
僕が泣いているのを怖かったからと誤解した直哉が涙を拭おうというのか近くに寄ってくる。
いや、怖かったわけじゃないし、涙とかどうでもいいからとりあえず色々解いてほしいんだけど……。
混乱した頭で直哉の顔を見つめるけど、直哉に解いてくれようとする気配はない。
それどころか、死んだ母親似の整った顔が近寄ってきて……。
涙の跡を舐められた。
な、なにやってんすか?
「大丈夫、にーちゃんを縛ったのは俺だから。
安心しなよ」
はぁ!?
直哉が縛ったってどういうことだ?
え?直哉が強盗?
いやいや、落ち着け、そんなわけない。
そもそも、強盗とかはいなかったんだ。
ただ、直哉が僕を縛っただけ。
……。
……。
なぜ?
いや、マジでなぜ?
強盗以上に意味が分からない。
「さてと、にーちゃん、持ち上げるから少し我慢してな?」
直哉が縛られたままの僕を持ち上げた。
小さい頃からバスケをやっているせいか高1にしては背の高い直哉は僕程度軽々と持ち上げてしまう。
「むぐうっ!むぐっ!」
そんなことより、エビ反りのまま持ち上げられて腰が痛い。
かなり痛い。
「ああ、痛かったか?
少しの辛抱だから我慢してろよ?」
さっきと同じことをいいながら僕を運んでいく直哉。
下ろす気はないみたいだし、変に暴れて転んだりしても危ないので大人しくしていよう……。
直哉に運ばれるまま、部屋を出て、階段を降りる。
流石にちょっとヒヤヒヤした。
そのまま廊下を進んで、納戸の扉を開けるとその中に入っていく。
うちの納戸はちょっと変わっていて、地下にある上にそこそこ広くてほとんど地下室みたいな感じだ。
そこに運ばれているけど……なにしたいんだ?
低めの天井のせいで、背の高い直哉は窮屈そうにしながら階段をおりていく。
僕は楽々降りられるけどな、とか悲しいけどどうでもいいことが頭に浮かんだ。
まだ混乱しているせいかもしれない。
納戸の中には直哉のベッドのマットと布団が敷いてあって、そこに降ろされる。
直哉の布団は、まあ当然だけど小さい頃はよく嗅いだ直哉の匂いがした。
カチャ。
未だになにが起こっているのか分からなくて、とりあえず大人しくしていたら足首になにか柔らかいものをはめられた。
エビ反りになっているせいでなにをはめられたのかは見えない。
足首の方からはやたらと長い鎖が伸びていて、反対側の手錠が壁に埋め込まれているハンガー用のポールにはめられていた。
ということは、足首にはめられているのも手錠だろうか?
なんかやたらと柔らかい感触だけど。
音は響かず、窓もない地下の納戸。
足首にはめられた、多分取れないんだろう枷。
監禁かな?
「今日からにーちゃんを監禁するから」
監禁だった。
――――――
いくら考えても答えが出ない。
なんで僕は弟に監禁されないといけないんだ?
あの後、直哉は茫然自失としている僕を置いて出ていってしまった。
とりあえず腕と足を繋いでいたビニール紐は外してくれたけど、包帯の手枷足枷はそのままだ。
一応足首が見えるようになったけど、右足首にタオル地の布を巻かれた手錠がはめてあった。
タオル地のお陰で痛みはないとはいえ、とてもじゃないけど抜けそうには見えない。
このまま死ぬまで放置されるんじゃないかという恐怖が湧いてくるけど、考え事をすることで忘れることにする。
なんせ僕には早急に考えなければいけないことが有るのだ。
直哉はなんでこんな凶行に及んだんだろう?
いくら兄弟と言っても、これは流石に犯罪だ。
こんなことまでやるなんて直哉は何を怒っているのだろう?
裕福とはとてもいえないけれど兄弟2人、なんとかやってきたつもりだ。
父親の顔は覚えていない。
直哉が生まれてすぐ、いや、むしろ直哉が母親のお腹の中にいる間に別の女を作って出ていったっきり帰ってこない。
母親は1人で僕と直哉を育ててくれたけど、3年前に過労で亡くなった。
それからは僕が親代わりとして、2人それなりに仲良くやってきたはずだ。
いや、そりゃ、ケンカをすることも度々あったけど、まさか監禁されるほど恨まれているとは思わなかった。
あれか?前に彼女とデートするって言ってた時にあげたお小遣いが足りなかったか?
いやたしかに、直哉は『こんなはした金いらねぇ』とか言ってたけどさ。
そりゃ、モデルのバイトやってる直哉にとってははした金だったかもしれないけどさ。
兄としてはなんかやってあげたいじゃん?
そもそも、モデルのバイトというのが気に入らない。
いや、兄の欲目を抜いて見ても直哉はかっこいい。
モデルにスカウトされたっていうのもまあ納得だ。
ちょっとにーちゃん鼻が高かった。
でも、あれだけ好きだったバスケの時間を削ってまでやることじゃないと思う。
通っている高校も、けっこう名門校なのでバレたりしないかって意味でもヒヤヒヤ物だ。
いや、まだ混乱してるな、思考がそれた。
恨まれる覚えと言ったらお金のことくらいしか無い。
……あるいは、僕が無神経すぎて気づいていないだけで他になにかやってしまっているんだろうか?
ここまでの凶行に走るんだからよっぽどの理由があるはずだ。
しかし、直哉はここまでのことをやってなにをどうするつもりなんだろう?
直哉には黙っていたけど、ちょうど年末年始に合わせて溜まっていた有給を消化することになったので会社は結構長期の休みになっている。
勤め先は母の友人の旦那さんの会社なので、とりあえずは無断欠勤とかこれ以上の迷惑をかける心配がないのは良かった。
ただ、逆に休み明けまでは心配されないので監禁されてることにも誰も気づいてくれないだろう。
こんな時友達がいないのは悲しいな。
いや、むしろ良かったと考えたほうがいいのかもしれない。
もし、連絡が取れないことを心配した人が通報でもしたら……。
いくら兄弟間のこととはいえ直哉は完全に犯罪者だ。
それとも、僕が訴える気がないってことになったら罪に問われなかったりするんだろうか?
こういう時に学がないと困る。
とにかく早いところ直哉と和解しないと。
もしこの監禁が休み明けまで続いたら流石に会社の人が不審に思うだろうし、そうでなくともなにかの拍子に僕と連絡が取れないことを不審に思う人がいるかもしれない。
やっぱり、1日でも早く直哉と和解しないとな。
と言っても、原因がわからないから、なんともなぁ……。
今度直哉が来たときにはっきり聞いてみよう。
……直哉、また来るよね?
このまま餓死とかってことはないことを祈りたい。
――――――
心配を他所に、直哉は結構すぐに戻ってきた。
納戸から出ていって……監禁をはじめて、1時間も経っていないと思う。
戻ってきた直哉はお盆にご飯を載せて持ってきていた。
「ほら、にーちゃん、とりあえずお昼だぞ」
お昼?
もうそんな時間なのか。
起きたばっかりだからてっきり朝だと思ってたけど、もうお昼だったとは。
そんなに長いこと寝ていたとは、どうりで頭もはっきりしているはずだ。
ご飯を持ってきてくれたのはいいけど、手も足も縛られたままじゃ食べることどころか座ることも出来ない。
「むー、むーむ、むー」
ダメ元で猿轡のまま訴えてみるけど、伝わるはずもない。
「ああ、今解くからあばれんなよ」
いや、通じたわ。
よく分かったな、直哉。
とりあえず足を縛っていた包帯を外してくれた直哉がチラッと僕のことを見る。
暴れないか確認しているのかな?
いや、たしかに一瞬蹴り飛ばしてやろうかと思わなくはなかったけど、どうせ足首の手錠ははめられたままだし無駄なのでそんな事しないよ。
そもそも、まだ話し合いが決裂したとかってわけじゃないしな。
そこまで強硬策に出るつもりはない。
僕が大人しくしているのに安心した直哉は上半身に回ってくる。
「口の取るけど、叫んだりすんなよ?
外に聞こえないのは実験済みで、ただうるさいだけだからな」
実験とかやってたんだ?
いつの間に……って、まあ、学生だし僕のいなかった時間はいくらでもあったか。
しかし、そんな実験とかするほど用意周到な犯行だったのか。
どれだけ恨まれていたのか怖いな。
叫ぶ気もないので、うなずき返すと直哉は猿轡も外してくれる。
ふぅ……なんか精神的に苦しかったんだ。
きちんと呼吸は出来ていたのに、外してもらうと開放感がすごい。
人心地ついてたら直哉に引き起こされた。
「あれ?手は?」
「そっちはまだ駄目」
え?それじゃ、どうやってご飯食べろと?
お盆を見てみると、御飯はカレーだった。
しかも、僕の好きなシーフードカレーだ。
そこまで確認してようやく納戸にカレーの匂いが充満しているのに気づく。
いやぁ、まだ平静とはいきませんわな。
しかし、カレーとなるとスプーンが必須だ。
手が縛られていても前でならなんとかなったかもしれないけど、後ろ手で縛られている僕にはカレーを食べるのはかなり難度が高い。
「えっと、犬食いしろってこと?」
監禁するほど恨みを買っているのだ、有り得る。
熱々のカレーを犬食い。
芸人さんかな?
「んなわけないって。
ほらよ」
なんか、直哉はスプーンを持つとカレーライスをひとすくいして僕の口元に持ってくる。
えーと……?
「これはいわゆる?」
「早くしろよ、こぼれちゃうだろ」
弟があーんしてくれました。
監禁とかされてなければ、微笑ましい光景かもしれない。
まあ、とにかく、食べろと言うんだ、いただきましょう。
「あーん……あふっ!」
思ったより熱かったカレーをろくに噛まずに飲み込む。
せっかくのシーフードカレーなのに熱すぎて味も分からない。
ベロと口の中が痛いだけだ。
やっぱり、こういう嫌がらせかな?
「あっ、わりぃ……。
ふーっふーっ……これで大丈夫だと思う」
嫌がらせかと思ったらなんかフーフーしてくれた。
弟がフーフーしてあーんして食べさせてくれます。
……僕赤ん坊かな?
ちょっと恥ずかしくなりながらも、素直に直哉の差し出してくれたスプーンを咥える。
うん、フーフーのおかげで今度はいい温度だ。
辛さも僕の好きな辛口で実に美味しい。
なんか、直哉がスプーンを咥えた辺りから僕の顔をじっと見てる。
えーと?……ああ。
「うん、美味しいよ。
直哉が作ったの?」
「カ、カレーくらいなら俺でも作れるんだよ」
ちょっと照れたように言う直哉。
少し前までカレーどころかご飯も炊けなかったのに大したものだ。
いや、まあ、中学生だったし去年なんて受験生なんだからそんなもんだろうとは思うけど。
「あーん」
「あ?」
「あれ?もう終わり?」
まさかの、ふたくちだけ食べさせるという拷問かな?
「お、おう。
ふーっふーっ……ほら」
またフーフーしてから僕の口の中にスプーンを入れる直哉。
うん、美味しい。
ご飯はしっかり炊けているし、カレーもちゃんと出来てる。
野菜もきちんと切れてるし、全部きちんと分量通りっていう味がする。
初めて作ったとはとても思えない出来だ。
「あーん」
「ふーっふーっ」
そのまま何口か食べさせてもらう。
ぐうううぅぅぅ……。
直哉の作ってくれたカレーを美味しく頂いていると、直哉のお腹がなった。
「あれ?直哉はまだ食べてないの?」
お盆にはひとり分しか無いし、てっきり先に食べてたのかと思った。
「……俺は後で食べるからいいんだよ」
ぐうううぅぅぅ。
口ではそんな事を言ってても、お腹は正直だ。
「なんなら直哉もそれ食べたら?」
「え、いや、でも……」
そんなにお腹が鳴るほどお腹減ってるんじゃ、とりあえず残った分食べたらいい。
その程度の軽い考えだったんだけど、直哉は躊躇している。
直哉の視線はスプーンのあたりでさまよっていて……。
「ああ、流石に同じスプーンは嫌だよねぇ」
小さい頃は回し食い回し飲みなんて当たり前だったけど、お互い大きくなってからはやらなくなったからなぁ。
嫌だったか、と思ってたら、直哉は一度大きく唾を飲み込んだ後スプーンにカレーを大盛りにして口の中に入れた。
そのまま、ちゃんと噛んでいるのか心配になる速度で食べ続ける直哉。
「えっと、よく噛んで食べないとだめだよ?」
「……うっせ」
口ではそんな事言うけど、ゆっくり噛んで食べるようになった。
叱られたのが恥ずかしかったのか、顔が赤くなっているのが可愛い。
「僕にもひとくち」
「えっ!?」
直哉が食べているのを見たら僕もまだ食べたくなった。
なんか直哉は戸惑っているみたいだけど、あーんと口を開けたままでいたらカレーをすくって口の中に入れてくれる。
やけにジッと見られて少し恥ずかしい。
「うん、やっぱり美味しい。
大したもんだ」
褒めると照れたように笑う直哉。
ここだけ見ると仲のいい兄弟でしか無いんだけどなぁ。
手枷と足枷が邪魔だね。
こうなってくると、本当に直哉がどうしてこんな凶行に及んだのか分からないな。
「おかわり取ってくる」
カレーを食べきった直哉がそう言って立ち上がる。
僕もまだ食べたりなかったからありがたい。
「転んだりしないようにね?」
「子供じゃねぇんだから」
苦笑いを返してから出ていく直哉。
うーん、いつもどおりにしか見えないんだけどなぁ……。
帰ってきた直哉はまたひとつのカレーしか持って来なかった。
スプーンも変わらずにひとつだけだ。
仕方ないので、交互に食べた。
なんだコレ。
応援ありがとうございます!
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