令嬢は故郷を愛さない

そうみ

文字の大きさ
17 / 31

16

しおりを挟む
 子爵夫妻の馬車に同乗させてもらって王宮に着く。

 招待状を見せれば、確認した守衛が顔色を変えた。

「シャガル次期辺境伯夫人…」

「何か?」

 何故か汗をダラダラ流し始めた守衛を後にして、王宮に入った。後ろでは何故とか入領記録はとか、色々聞こえてくるが、多分わたしのことだろう。

 それにしても王軍の躾がなっていない。わたしが不信感を抱くことで、何かの計画に不備が生じる可能性について考えられないのだろうか。無力な貴婦人だと侮られているならそれはそれで良いのだけど。

 高位貴族用の控室に通されると、見たくもなかった夫が既にソファで寛いでいた。空のワインボトルが転がっているが、夜会前から酔っ払うほど酒に弱くはないことは知っている。

「誰かと思ったら、お前か。そのドレスはどうした」

 久しぶりに会った妻に言うことがそれか。ドレスがない事は、知っていたのか今思い出したのか。

「借りました」

「なんだ、そうか」

 少し残念そうなのは、このドレスも売り払うつもりか、贅沢をしたとわたしを虐げる口実がなくなったせいかもしれない。決して、王宮でドレスを借りる不名誉について考えていたなどということはないだろう。
 夜会で仕方なくドレスや礼服を借りるのは困窮した貴族だけだ。大抵はそんな恥を晒す前に借金をしてでもなんとか自分で工面するだろう。

 大体ドレスの色を見て気づかないのがおかしいのだ。

 母がわたしに誂えてくれたドレスは、深緑に同じ彩度の青いレースを縦に長くあしらったもの。レースの縁と襟、袖口には金糸で刺繍がされている。

 これはシャガル領旗の色だ。

 王宮に辺境軍の領旗の配色の貸しドレスなどあるわけがないだろうに。

「それにしても、そうして装っていればお前も結構見れるものだな」

 夫の声に色が混じるのを聞いて、嫌悪に肌が泡立った。

「普段からそうしていれば閨の一度や二度くらい、授けてやっても……」

「王宮ですので、お控えくださいませ」

 気持ち悪くて聞いていられずに、言葉を遮ってしまった。

 クライブは気分を害したように顔を赤くし、ソファからゆらりと立ち上がる。

「生意気な」

「次期辺境伯ご夫妻、ご入場でございます」

 打たれる直前に、使用人がドアの外からノックと入場の声をかけてきて、気がそがれた。

 頬を腫らした妻を伴っての、恥ずかしい入場をしなくて済んだと、使用人に感謝すべきところだろうに、ち、と舌打ちしてエスコートもなく扉を開けて先に出ていった。

 入場すると、周りのざわめきが一瞬止んだ。

 新たにさざめきはじめるのは、滅多に夜会に出ることのない辺境貴族を見てのこと。
 
 南のシャガル、北のトリシア、両辺境伯が揃うのは十年に一度の王宮の大式典か、王族の弔事か慶事だけだ。わたしはちょうど十年前、父に連れられてここでデビュタントをした。

 通常貴族令嬢のデビュタントは十代中頃で、八歳のわたしにはかなり早かったが、辺境貴族には例外が許されている。

 王宮には十年に一度しか向かうことがないし、南は特に戦中でいつ命を落とすかわからないから。
 
 ざわめきを聞き流しながら、王に拝謁する。

「王陛下にはお初にお目にかかります。辺境伯ロウ・シャガルより後任を賜っておりますクライブ・シャガルでございます」

 人語の挨拶は叩き込んできたらしい。クライブは好男子のような上品な笑みを浮かべて、口上を述べた。

 そういえば、初めて婚約者だと紹介された時のクライブは、こんな風に品の良い軍人を装っていたのだったと思い出した。

 王は鷹揚に頷いて、わたしを視線を向けた。

「お久しぶりにございます。王陛下にはご健勝をお祝い申し上げます」

「父君はお元気か」

「お陰様で、毎日軍務に励んでおります」

 クライブが隣で軽く頭を下げたまま、小さく身体を震わせているのが視界の端に見えるが、わたしは何もしない。

 直接王に言葉を賜ったのが嫡子であるわたしだったことには、何も不自然なことではない。

「夫人には、我が王子のファーストダンスの相手を願いたい」

 突然の王命に一瞬作り笑いが崩れかけたが、なんとか持ち直した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【書籍化決定】憂鬱なお茶会〜殿下、お茶会を止めて番探しをされては?え?義務?彼女は自分が殿下の番であることを知らない。溺愛まであと半年〜

降魔 鬼灯
恋愛
 コミカライズ化決定しました。 ユリアンナは王太子ルードヴィッヒの婚約者。  幼い頃は仲良しの2人だったのに、最近では全く会話がない。  月一度の砂時計で時間を計られた義務の様なお茶会もルードヴィッヒはこちらを睨みつけるだけで、なんの会話もない。    お茶会が終わったあとに義務的に届く手紙や花束。義務的に届くドレスやアクセサリー。    しまいには「ずっと番と一緒にいたい」なんて言葉も聞いてしまって。 よし分かった、もう無理、婚約破棄しよう! 誤解から婚約破棄を申し出て自制していた番を怒らせ、執着溺愛のブーメランを食らうユリアンナの運命は? 全十話。一日2回更新 7月31日完結予定

出来損ないの私がお姉様の婚約者だった王子の呪いを解いてみた結果→

AK
恋愛
「ねえミディア。王子様と結婚してみたくはないかしら?」 ある日、意地の悪い笑顔を浮かべながらお姉様は言った。 お姉様は地味な私と違って公爵家の優秀な長女として、次期国王の最有力候補であった第一王子様と婚約を結んでいた。 しかしその王子様はある日突然不治の病に倒れ、それ以降彼に触れた人は石化して死んでしまう呪いに身を侵されてしまう。 そんは王子様を押し付けるように婚約させられた私だけど、私は光の魔力を有して生まれた聖女だったので、彼のことを救うことができるかもしれないと思った。 お姉様は厄介者と化した王子を押し付けたいだけかもしれないけれど、残念ながらお姉様の思い通りの展開にはさせない。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。

四季
恋愛
お前は要らない、ですか。 そうですか、分かりました。 では私は去りますね。

婚約破棄を喜んで受け入れてみた結果

宵闇 月
恋愛
ある日婚約者に婚約破棄を告げられたリリアナ。 喜んで受け入れてみたら… ※ 八話完結で書き終えてます。

処理中です...