異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉

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18巻

18-2

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「タクミさん、ちょっと待ってください。そろそろ昼食が届きますから、再開は食事を済ませてからにしてはどうですか?」
「「ごはーん!」」

 料理を再開しようとしたが、いつの間にかお昼ご飯の時間になっていたようだ。

「そうですね。食べてからにします。それで、パトリックさん、何かあるならどうぞ言ってください」
「匂いからしてカレーを作っていたのですよね? タクミさんの作ったものを食べてみたいです!」

 僕達が扉を開けてからずっと、パトリックさんはそわそわし続けていた。なんとなく理由はわかっていたので、僕から話を振ってみると、パトリックさんは僕が予想していたことを素直に口にした。

「私からもお願いします!」

 しかも、パトリックさんに続いてマシューさんからもお願いされた。

「「カレー、たべたいの?」」
「ええ、カレーはタクミさんが発案したと聞いています。どこのお店で食べるよりも美味しいに違いないじゃないですか!」
「「うん! お兄ちゃんのカレー、おいしいよ!」」
「うむ、タクミのカレーは絶品だ」

 先ほどおやつに食べたばかりのアレンとエレナ、カイザーは、自慢するように感想を述べる。

「あ~……」
「……駄目でしょうか?」

 僕がしぶい声を出したからか、パトリックさんとマシューさんは悲しそうな表情をした。

「駄目ではないんです」

 一つ問題があるのだ。
 それは、今回作ったカレーにはブルードラゴンを使っているということだった。

「戻りました。集まっていたのは従業員でした。やはり匂いにかれて集まっていたようですね。今回は注意のみで帰し、次は抗議するむねを伝えておきました」
「それで問題ないでしょう」
「あと、昼食が届きましたよ~」

 どうしようか悩んでいた時、部屋の外を確認しに行ったランサーさんとユージンが戻ってきた。
 どうやら集まっていた人達に厳重注意したようだ。

「では、食事にしましょうか」
「「はーい!」」

 食卓につくと、僕は《無限収納インベントリ》から作ったばかりのカレーを鍋ごと取り出す。
 そして、パトリックさん達四人分を小鉢に盛り、並べていく。

「アレンもー」
「エレナもー」
「わ、我も!」
「三人はさっきも食べただろう?」
「「たべる~」」

 子供達はおやつで食べたはずだが、また食べたいようだ。
 まあ、我慢させる必要はないので、子供達の分とついでに自分の分も用意する。

「タクミさん、よろしいのですか?」
「いいですよ~。だけど、使っている材料は秘密なので聞かないでくださいね。――アレン、エレナ、カイザー、内緒だよ」
「「はーい」」
「うむ」

 ブルードラゴンを使っているということは、これでバレないだろう。

「「いただきまーす」」

 アレンとエレナが音頭を取って食事を始めると、パトリックさん達はまずカレーから食べ始めた。

「「「「んん!?」」」」
「タクミのカレーは美味しいであろう」

 カイザーの言葉にパトリックさん達はもぐもぐしながら首を縦に振る。

「素晴らしいですね。材料は約束なので聞きませんが、このお肉ですかね? やわらかくて美味しいです」
「美味しいです、タクミさん」
「王都で似たような料理を食べたことはありますが、天と地ほど違いますね」
「美味しいです! 材料は聞きませんが、予想するのはいいですよね? これ、絶対に高ランクの魔物肉ですよ!」
「まあ、魔物肉なのは正解だと言っておくよ」

 食べただけで何の魔物かを当てることができたら、素直に「正解」と答えようと思うが……まあ、当てることは無理だろうな。

「「これはね!」」
「ちょっと! アレン、エレナ!」
「「あ、ないしょだった~」」

 うっかり子供達がドラゴン肉のことを言いそうになったが、ギリギリで止めることができた。
 それを見て、パトリックさんが苦笑する。

「おやおや、うっかり言ってくれても良かったのですが、残念です」
「ははは~、皆さんが腰を抜かしたら困るので、言いませんよ」
「それほどの魔物肉ですか。それはそれは、良いものを食べさせてもらったようでありがとうございます」

 興味津々きょうみしんしんなようだが、無理やり聞いてこないだけの分別はさすがにあるようだ。


「「ふは~。おなかいっぱ~い」」

 お昼ご飯をたっぷり食べすぎた子供達とカイザーはしばらく動けずにいたので、午後の料理は僕一人で始めた。

「えっと、チーズケーキだったな。何のチーズケーキにしようかな~」
「これ、おいしそう」
「こっちもいいね~」

 マリアノーラ様から貰ったレシピ集を見ながら何を作るか選んでいたら、動けずにいたはずの子供達が参加してきた。

「濃厚ベイクドチーズとティラミスだな。じゃあ、それにしよう」

 午後のお茶の時間にパトリックさん達と食べる分、作り置き分、きっとマリアノーラ様も欲しがると思うのでその分と……まあ、大量に作ったね。


 ◇ ◇ ◇


 渡航五日目。

「「お兄ちゃん、とびこんでいい?」」
「どこに!? 海? 海に!? それは駄目だよ!!」
「おさかな」
「つかまえてくる」
「ふむ、それは良い考えだ」
「えぇ!?」

 突然、子供達が手すりから覗き込んだ海に飛び込んでいいか確認してきた。
 確認しないまま飛び込んでしまわなくて良かったと言うべきか?

「魚が食べたいならいっぱいあるからね! で、食べたいものがあるなら作るよ?」
「ちがうよ~」
「つかまえたいの」
「我はタクミの魚料理が食べたいぞ!」

 ……魚料理では誤魔化されてくれなかった。まあ、カイザーは大丈夫そうか?

「えっと……そうだ! り! 釣りはできないのかな?」
「「つり?」」
「そう、魚釣り。船に釣り竿ざおとかあればいいんだけどな~。とりあえず、聞いてみるだけ聞いてみようか」
「「きく~」」

 というわけで、パトリックさんを通して従業員に釣り竿について聞いてみると、常備してあるのを貸してもらえることになった。

「食料が駄目になったり足りなくなったりしそうだった場合、魚を釣って補うために常備されているんでしょうね」
「ああ、なるほど。海では他からは食料調達できませんしね」
「あとは、私達のような乗客の要望に応えるためですね」

 パトリックさんの説明に、僕は頷く。
 僕達が上客だからなのか、もともと客用に用意してあったのかはわからないが、人数分の釣り竿を借りた。
 しかも、リールのある釣り竿だった。まさかここまで立派な釣り竿があるとは思っていなかったが、借りられて良かった。

「「わーい、つりだ~」」
「我も釣りというのは初めてだ」

 釣り竿を借りた僕達は船が一時停止する時間を狙って、これまた釣りのための場所なのか、海面に近い場所へと向かって準備を始めた。
 えさは小さめのエビで、これも船に常備していたのを売ってもらった。

「「これでいい?」」
「うん、いいよ。それを海に投げる。あ、竿はしっかり握って離さないようにな」
「「はーい」」

 うっかり竿ごと投げないように注意しつつ、早速釣りを開始する。

「パトリックさんは手慣れていますね」
「海の傍で生まれ育ちましたからね。――確かマシューは内陸生まれでしたよね?」
「ええ、今回のこの旅を入れても海に来たのは片手で足りるほどですね。釣りに関しては初めてです」

 文官であるパトリックさんとマシューさんも、僕達と一緒に釣りに参加している。
 ランサーさんとユージンは、手を塞ぐのは護衛として不適切ということで、参加せずに見学している。

「「ひっぱってる!」」
「え、もう!?」

 餌をつけた釣り針を投げてからそれほど時間が経っていないのに、アレンとエレナの両方に反応があったようだ。
 雰囲気だけでも味わうことができたらいいな~と思っていたが、意外と普通に釣りができたようだ。

「本当に食いついていそうだな。――アレン、エレナ、ゆっくりリールを巻いて」
「「これ?」」
「そうそう。くるくる回して糸を巻き上げて」
「「くーるくる♪ くーるくる♪」」

 釣りにはあまり詳しいわけではないが……まあ、間違っていても楽しめればいいだろう。

「「むむむ?」」
「活きが良さそうだな~」

 ぐいぐいと引っ張り返される勢いがとても良いので、なかなかのものがヒットしていそうだ。

「「むむ……てやー! とれた~」」
「釣れた、だね」
「「つれた~」」

 最後に子供達が竿を思いっ切り引っ張ると、かなり大きい魚が飛び出してくる。

「これは……タイかな?」

 見事にエビでタイを釣ったな~。

「「きた、きた!」」

 子供達は再び餌のエビを取りつけて海に投げると、あっという間に釣果ちょうかを上げる。

「「またきた!」」
「早すぎない?」
「「つり、たのしいね!」」

 それから子供達は、次々と順調に魚を釣り上げていく。
 タイの他にカツオ、ヒラメに謎の色鮮やかな魚と、種類は豊富だ。僕は子供達が釣り上げた魚をしめて《無限収納インベントリ》へとしまう作業に掛かりっきりになってしまって、僕自身が釣り竿を持つひまが全然ない。


「我も釣れたぞ!」
「ヘビ!?」
「うむ、魚ではなかったが、釣れたぞ!」

 カイザーはウミヘビっぽい生きものを釣り上げた。

「食べられないんじゃないかな?」
「それは残念だ。だがきっと、何かに使えるだろう!」

 海に返してもいいような気もするが、カイザーはせっかく釣り上げた獲物を返すのを嫌がった。

「……まあ、いいか。毒があるみたいだから、それを使えるかな?」

 というわけで、仕留めて《無限収納インベントリ》へ。

「「むむ?」」
「アレン、エレナ、どうかしたか?」
「「つよーい」」

 かなり強く引っ張られているようで、アレンとエレナが険しい顔をしている。

「タクミさん、二人の糸が絡んでいませんか?」
「あ、本当ですね」

 パトリックさんに言われて海を覗き込んでみると、アレンとエレナの竿の糸がつながって見えた。
 所謂いわゆる〝オマツリ〟というやつかなと思ったが、それにしても子供達の竿は引っ張られている。

「カイザー、釣り竿をユージンに渡して、アレンをお願い」

 カイザーがアレンを、僕がエレナを後ろから抱えるような体勢になった途端、子供達の身体が浮いた。

「「わわっ!」」
「「おっと!」」

 僕とカイザーは慌てて釣り竿をつかんだ。

「「びっくりした~」」
間一髪かんいっぱつであったな」
「本当にね。でも、糸が絡んでいるだけじゃなくて、何かがかかっているのは間違いなさそうだな」

 どうやら一匹の魚が二本分の餌を食べてしまったようだ。

「うわ~、これはかなりの大物っぽいな~」

 かなり重たい。しかも、抵抗が強すぎてリールが全然回らない。

「カイザー、がんばれ!」
「お兄ちゃん、がんばれ!」

 アレンとエレナは僕達の腕の中から出る気はないようで、そこから応援の声を上げる。

「これ、糸が切れちゃうんじゃないかな?」
「「えぇ!?」」
「私達が借りた竿はかなり良いものなので、糸も丈夫だと思います」

 子供達が驚くと、パトリックさんが安心させるように言う。
 船が所有する釣り竿にはグレードがあったようで、特等室を借りている僕達には一番良いものを貸してくれたようだ。ということは、糸が切れて終了……とはならなそうだ。

「タクミ、もう少しではないか?」
「だいぶ巻けたから、そうかも……あ、姿が見えてきたな」
「「どれどれ~」」
「……まさかと思うけど、あれはシースネークか?」

 魚ではなく魔物がかかっていた。

「これ、釣り上げたら問題にならない?」
「「《ウォーターボール》」」
「えっ!?」
「「しとめた!」」

 釣り上げてしまったら駄目ではないかと悩んでいると、子供達が水球を放ってシースネークを仕留めていた。しかも、上手い具合に糸を切らずにね。

「……動いている魔物を仕留めるのが、上手くなったな~」

 最初の頃は魔法が当てられなくて悔しがっていたのに、今では簡単に当てている。本当に上達したな~。

「子らよ、よくやった。これで簡単に釣り上げられるぞ」
「「わ~い」」
「タクミさん達って、ただの釣りでも規格外なことに発展するんですね~」

 動かなくなったシースネークは簡単に釣り上がり、一部始終を見ていたパトリックさん達四人にはあきれたような表情をされた。まあ、それは全力で見ない振りをしたけどね。

「「たのしかった! お兄ちゃん、つりざおかって~」」
「あ~、うん、ベイリーの街で探してみようか」
「「そうする~」」

 シースネークを釣ったところで船の停止時間が終わったので、釣りの時間は終了した。
 子供達は釣りが気に入ったようで、次の機会のために自分達の釣り竿を買うことが決まったのだった。


 ◇ ◇ ◇


 船の散策、料理、部屋でゴロゴロと……そのくらいしかやることがなく、子供達が少々暇を持て余してきた渡航七日目。

「「あっ!」」

 甲板で日向ひなたぼっこをしていると、子供達が何かを見つけたようで声を上げた。

「あれは……おぉ! ウォータードラゴンではないか!」
「「おぉ~」」
「えっ!?」

 しかも、それは中位のドラゴン、ウォータードラゴンだった。
 子供達……というかカイザーもだけど、ドラゴンを見つけてうれしそうにするのはやめて欲しい。

「少し遠いな。こちらに来てくれると仕留めやすいのだが……」
「いやいや、来ちゃったら駄目だろう!? それは騒ぎになるから!」
「「えぇ~、たおしたい~」」

 そして、不謹慎ふきんしんにもドラゴンがこちらに来ないかと話している。

「「んにゅ?」」

 すると、船の従業員が少しだけ慌てた様子で、もう一人の従業員に何かを耳元でささやいているのが目に入った。
 耳打ちされた従業員がぎょっとした様子で海のほうを見た。もしかしたら、ウォータードラゴンに気がついて、注意喚起しているのかな?
 ……パニックになって大声で叫び、乗客に気づかれるような失態をしないところを見ると、従業員の質の良さがわかるな。

「様子は? こっちに来そうか?」

 しばらくすると、従業員の上役っぽい人と船の護衛らしき人達がやって来た。

「いえ、距離的には変わりはないですね。このまま気づかずに去ってくれればいいのですが……」
「乗客が気がついて騒ぎになる前に、こちら側の甲板は立ち入り禁止にしたほうが良いのではないでしょうか?」

 護衛の一人がちらりとこちらを見てくる。
 僕達が騒ぎ出さないか気になっているようだ。

「あ~……僕達は冒険者なので、場合によって力を貸しますよ」

 とりあえず、さくさく身分を伝えておく。
 でないと、ここが隔離される場合、この場所から離れるように言われる。だが、うちの子達が素直に従って離れるとは思えないからな。だって、今だってウォータードラゴンから目を離さないで見続けているのだから。

「冒険者か。ランクを聞いてもいいか?」
「Aランクです。こっちは冒険者ではありませんが、僕と同等。子供達もCランクですので足手纏あしでまといにはなりませんね」
「おお、Aランクか! それは助かるな!」

 ドラゴン相手だからか、僕がAランクだとわかって護衛達は嬉しそうな顔をする。

「「うぅ~、こない」」
「いやいや、だから来ないでいいんだって」

 うちの子達は、懲りずにドラゴンが来るように願っている。
 それを見て、護衛達が微妙な顔になった。

「……不吉なことを言う子達だな」
「すみません。ドラゴンに憧れての発言なので、聞き流してください」

 僕の言葉に、護衛達は頷く。

「ああ……まあ、子供にとっては〝ドラゴンは格好いい〟っていう認識だよな~。俺も小さい頃はドラゴンに憧れていたわ」
「確かにな。だが、今はあまり口に出させないようにしてくれ、状況によっては気に障るからな」
「ええ、気をつけます」

 子供の言うことだから……と、それで護衛の人達は納得し、腹は立てずにいてくれた。

「アレン、エレナ、ドラゴンのことはもう心の中で思うだけにしようか」
「「わかった~」」

 とりあえず、これで子供達が船の従業員達を刺激することはなくなるだろう。

「……うみに~」
「……もぐった~」
「うむ、姿が見えなくなってどちらに移動したのか、目視では判別つかなくなったな~」

 そうこうしているうちに、ウォータードラゴンは姿が見えなくなってしまった。

「……危機は去ったか?」

 ウォータードラゴンの姿が見えなくなると、護衛達があからさまにほっとした様子を見せる。
 まあ、普通ならドラゴンとは戦いたいとは思わないから、こういう反応をするよな~。がっかりしているうちの子達とは正反対だ。

「むむ? 近づいてくる気配はないな~」
「「こな~い」」

 どうやら、潜ってこちらに近づいてくる……という危険はなさそうである。

「三人が言うなら間違いないな」

 魔物としての感覚のあるカイザーや、感知範囲の広い子供達が言うのだから、危機は去ったと言えよう。
 護衛達も警戒度を下げるようで、見張りだけを残して残りは持ち場へと戻るようだ。

「やはり自由に動ける時に積極的に探さなければ、良い食材は入手できぬのだな」
「「せっきょくてきにさがす~」」
「……何でそういう結論になるのかな~」

 船を降りて自由の身になったら、またドラゴン探しをするんだと騒ぎ出しそうな予感がする。
 というか、ドラゴンがもう食材扱いになっていないか!?


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感想 10,303

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