上 下
45 / 94

第45話

しおりを挟む
「探さん……起きて?」
「先輩、起きてくださぁい?」
「……… ううん、んんっ? 御鐵院さんに美香さん!? その恰好は!?」
 正式名称は知らないが、夜のお仕事系で見るシースルーな布地が垂れ下がったブラジャーに紐サイドなランジェリーパンティ姿の茜と美香。金縛りにあったかのように身動きが取れない中、探は唯一自由に動く眼で左右に寝ている半裸の2人を交互に見る。
「私も御鐵院さんも同じぐらい先輩が大好きです! だから…… 2人共ハッピーエンドになれるように話し合った結果2人そろってお嫁さんになるのがいいってなったんです!」
「ああ、 ミテツイングループの政治的影響力をもってすれば一夫多妻を合法化するなど朝飯前だ! だから雲隠さん……今夜は寝かさないわよお?」
「いや、2人共落ち着いて! とにかく僕として……むぐぅ! むぎゅうう!」
 茜のたわわな胸を顔に押し付けられ、視界と声を封じられた探は必死に叫ぼうとするが声にならない。
「美香、今だ!」
「はい! 茜さん!」
(今だって何!? 何をされるの!?)

「!」
 冷や汗と共にベッドから飛び起きた探。
 そこは御鐵院家の私有地内に建てられたビーチリゾートコテージの男部屋であり、真夜中の同室内に居るのは隣のベッドで大の字斜めになって大いびきで寝ている須田丸だけだ。
「……水」
 悪夢で目覚めた探はベッドを降り、キッチンに向かう。

「雲隠さん!?」「御鐵院さん!?」
 夜中に目が覚めてしまい、宮守が冷蔵庫に用意しておいた水を飲みに来てキッチンで鉢合わせした茜と探。
 胸元に絵本『もぐもぐイモムシ』のキャラクターが大きくプリントされたファンシーデザインな寝巻姿の茜は慌てて胸元を手で覆う。
「可愛いパジャマですね、茜さん」
「……ありがとう、雲隠さん。あの、せっかくだから……涼しい場所で飲みません? ここは蒸し暑いわ」
 2人分のコップと麦茶の瓶、氷のミニバケツをお盆に乗せた茜は探についてくるように促す。


 海のせせらぎ、地平線上に輝く月、そして浜辺にそびえ立つ英里子が3日で作り上げたノイシュバンシュタイン城の砂像……茜と探は別荘2階のベランダで冷たい麦茶と静かな2人っきりの夜を楽しむ。
「楽しかった合宿も明日で終わりね……」
 茜はしみじみと呟く。
「そうだね……」
 ビーチバレー、BBQ、夏休みの宿題勉強会、映画DVD鑑賞、UNOにトランプ、宿題勉強会、大画面テレビでの桃鉄大会……探と茜は二泊三日間の色々な事を思い返す。
「人生ってわからないものね、一族に縛られた私とマヨイガに縛られた貴方……自由とは程遠いはずの私達が青春時代最後の滑り込みで思い出を作れるなんてねぇ」
 宮守にビーチで撮影してもらった5人の集合写真をスマホで見返した茜は呟く。
「相変わらず御鐵院さんは詩人だ……でもそのセンスは嫌いじゃない」
 探は冷たい麦茶をゆっくりと味わいつつ飲む。
「ありがとう、雲隠さん。そう言ってくれるのはあなただけよ」
 茜は麦茶のグラスに映る月を愛でつつ微笑む。
「ところでオウル・グリッターって知ってる?」
「オウル? 確か保有資産額で世界億万長者番付最上位クラスに入る世界的投資家にして大手投資会社ノンゴールド社の経営者……金に物を言わせる悪辣な男だと聞いてはいるが、それがどうしたの?」
 脈絡もない唐突な質問に探は記憶を掘り返して答える。
「そうよ、私は壇条学院を卒業したらその一族に連なる運命が決まっているの」
「……えっ?」
「5年前ノンゴールド社は水面下で我がグループの傘下企業を乗っ取ろうとし、父やミテツイングループの関係者はそれを阻止すべく奮闘。しかしながら狡猾なオウルのやり方に、手札を使い尽くして敗北は確定……そのタイミングで会長のオウルはそれを止める唯一の条件として私をヤツの長男の婚約者とするように要求してきたのよ」
「……茜さん、そんな事をここで話していいのか? スヌーピーな英里子部長にでも聞かれたら……」
 5年前、田舎町では見たことも無い高級外車で雲隠医院に押しかけて私の婿になりなさい!と言い出した世間知らずの少女が抱えていた恐怖と不安感、避けられぬ運命に追い詰められていた事を知った探は辺りを見回し、聞き耳を立てている者がいないか確かめる。
「大丈夫よ、この別荘は盗聴器センサーと警備監視システムは常時ONだしあの女はタチが悪いけどこの情報を使いこなせるほど大物じゃあないわ」
 茜は麦茶を飲み干し、氷の残ったコップを置く。
「でもね雲隠さん、私達の冒険はまだ終わってないわ……夏体みも残すところ2週間。
 3日間の合宿でリフレッシュ完了したし、2つの並行探索中のマヨイガも最低限1つは陥落させないとね!」
 茜は麦茶と氷のお盆を持ち、1階のキッチンに戻っていく。

【第46話に続く】
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

僕はボーナス加護で伸し上がりました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:8,059pt お気に入り:187

転生ババァは見過ごせない!~元悪徳女帝の二周目ライフ~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,076pt お気に入り:13,503

龍爪花の門 ― リコリスゲート ―

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:170pt お気に入り:1,395

ネトラレクラスメイト

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:34

回復力が低いからと追放された回復術師、規格外の回復能力を持っていた。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:33,207pt お気に入り:639

処理中です...