上 下
18 / 37

第18話 一生忘れることはない、熱と音と飴

しおりを挟む
――ルーレン、ティンバーを殺せ――

 唐突に放たれたあり得ない言葉に、私は耳を疑い気の抜けた声を返しました。

「…………へ?」
「ツツクラ様の命令だ。ルーレンにティンバーを処分させろ。道具を使わせず、素手で、はっきりと命を奪うという行為を味わわせろとな」
「え、え、え? なんで……?」

 ぐにゃりと、世界が歪みます。
 足から力が抜けて、私はその場にへたり込みそうになりました。
 ですが、かろうじて足先で体を支え、声を返します。

「わたしが、ティンバーさんを……? だって、ティンバーさんは仲間でしょう。それなのに――」
「もう仲間じゃねぇ」
「パーシモンさん?」
 
 顔をパーシモンさんへ向けます。そこにはガハハと笑っていた彼の姿は失われ、冷たく凍った表情を見せている見知らぬパーシモンさんがいます……。

 胸の奥からなんだかよくわからない感情が込み上げてきて、それは私の瞳に涙を産みました。
 これは何の涙でしょうか?
 
 すると、それを見たパーシモンさんが、頭を盛大にボリボリと掻き始めます。
「はぁ~、ま、俺もこの命令はどうかと思うがな」
「パーシモン!」
「いやいや、旦那。こりゃ酷ってもんだぜ。そりゃ、いずれは経験しなきゃならねぇだろうが、初めてが身内で、親しくしていた相手ってのはなぁ」

「ツツクラ様はルーレンから甘さを取り除きたいのだろう。そして、必要な現実を与えたいのだ」
「心に傷を負いますぜ」
「その傷を乗り越えるだけの人材が欲しいのだよ、ツツクラ様は」

「無茶苦茶だな――だが、愚痴っても変わらねぇ。壊れないように祈るか。俺も暇つぶしが消えるのは寂しいからな。よし、ルーレン、手を貸してやるから、さっさと終わらせようぜ」

「おわらせる……?」

 パーシモンさんは力の入らない私の手を引っ張って、椅子に括りつけられたティンバーさんの背後に置きました。
 そして、私の手を持って、彼の首に腕が掛かるように回します。
 

「しっかり力を籠めろよ。そうじゃないと、半端になってティンバーが苦しむだけだからな」
「パ、パーシモンさん……?」
「そんな目で見るな。前を見て、ティンバーの頭を見とけ」
「で、でも……」
「ほら、手を回したらぐっと締め上げる」

 そう言って、パーシモンさんは私の手を強く引っ張りました。
 私の腕はティンバーさんの首に食い込み、グググと音を鳴らします。

 私は声にならぬ声を上げて、ティンバーさんは私に対して命乞いを行います。
「あ、あ、ああ、あ、あ」
「ルーレン、お願いだ! 殺さないでくれ!!」
「わ、私は力を入れてません。でも、でも!」


 パーシモンさんが力強く私の腕を引き、私の腕を縄のようにしてティンバーさんの首を締め上げて、彼の声を押しつぶしていくのです。
「あ、がが、ルーレン。お願いだ、そうだ、あめを、あめをあげるから。だから」
「違うんです、これは私じゃないんです!」
「る、あ、め。むすめが、すきだった、あめ。きみもおいしい、と……」


 ティンバーさんの顔の色が変わっていく。うっ血して、どす黒い赤紫色に変化していく。

 ティンバーさんはツツクラ様のモノである奴隷を殺した。罰を受けるべき存在。
 過去に恐ろしいことを行っていた。許されざる存在。


 でも――私にとっては優しい人だった!!


 私は彼の過去を知らない。だから、非道な人物として見ることができない!!
 私の知るティンバーさんはとても賢くて穏やかで、飴玉をたくさんくれる優しい人。
 そんな人が私の腕の中で力を失っていく。

「る、るー、れん。あめを、あげる、から、たす……」
「あああああああ、もうやめて! パーシモンさん、お願いだから私の手を引っ張らないでぇぇぇぇえ!」
 
 涙がボロボロと落ちて、パーシモンさんにあらがい、手を動かそうとしても――全然ほどけない!
 ただ、力だけが強くなり、そのたびにティンバーさんの熱が腕に伝わります。

「やめて、やめて、やめてぇぇえぇ!」
「ああ、るー……マリン」
「え?」

「よっと!」

 パーシモンさんが一気に腕を引っ張りつつじりを加えました。
 すると、ボキンッという音が広がり、ティンバーさんの首がだらりと下がります。
 パーシモンさんは私の腕から手を放しました。
 
 私の腕の上に、力なくティンバーさんの首が乗っています。
 そこからそろりと腕を抜いても、ティンバーさんは首を下げたままで動かそうとしません。
 だらりと鮮血と唾液の混じる液体を口元から垂れ流して沈黙のまま。


「あああああ! てぃんばーさん、てぃんばーさん!?」

 返事はありません。できるはずがありません。
 ティンバーさんは首の骨を折られて死んだのですから。

 私は自分の腕を見ます。
 そこにはティンバーさんの首の熱が残っています。
 その熱を消そうと手でこすります。ですが、消えません

 耳奥には、首の骨が折れる音が何度も木霊しています。
 私は両耳を押さえて叫びます。
 音を掻き消すために叫びます。
 だけど、全然消えない。ずっとずっと、耳に響く。

 きっと、この音は、一生消えない。

「ああああ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 腕をこすります。熱を消すために。

 叫びます。音を消すために。
「あああああああ、あああああああ、ああああああああああああ!!」
 でも、消えないんです。手に残る温もりも! 耳に残る音も!!


「ルーレン!!」
 ばしりと、後ろから肩を叩かれました。
 私はびくりと体を跳ね上げて、ゆっくりと後ろを振り向きます。
 そこにはディケードさんがいた。

 彼は私に視線を合わせるように少しだけ屈んで、こう言葉を渡してくれました。
「何も考えるな。ただ、命じられたことに従え。それだけを考えろ。今はそれだけを……」
「したがう?」
「そうだ、ツツクラ様に従う。それだけを守っていればいい。あとは何も考えるな」
「つつくらさまに、したがう」

 これはツツクラ様からの命令。
 だから、おこなった。
 仕方のないこと。
 だって、私はツツクラ様の奴隷。
 逆らうことは許されない。
 そうだ、逆らえないから従うしかない。

 従う……従っただけ……私の意思じゃない。だから、私は――

「ツツクラ様の命令……これは命令。そうですね、命令ですもんね。仕方ないですよね」
「ルーレン?」
「そうですよ、命令なんですもん。ちゃんとしないと怒られちゃいますもんね……うん」

 私は振り返り、ティンバーさんだった人に頭を下げて、今までの感謝を籠めて微笑みます。

「ごめんなさい、ティンバーさん。でも、命令なので。飴は美味しかったですよ」
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

私の愛する夫たちへ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:1,050pt お気に入り:230

死にたがり女子が異世界転移して、死にたがり男子と結ばれる話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:7

冷酷な少年に成り代わってしまった俺の話

BL / 連載中 24h.ポイント:12,901pt お気に入り:2,354

男ふたなりの男子小学生の○○を見た結果……

BL / 完結 24h.ポイント:333pt お気に入り:17

カースト上位の婚約者と俺の話し

恋愛 / 完結 24h.ポイント:106pt お気に入り:5

鬼上司と秘密の同居

BL / 連載中 24h.ポイント:4,213pt お気に入り:598

処理中です...