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第一章 アルミュール男爵家

第六話 現世の家族と対面する

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 記憶によると、生前のカルムくんは銀髪でパッチリお目々の、美白イケメン三歳児だったようだ。
 転生後のカルムくんは、黒髪に金銀銅と青紫色メッシュのミディアムパーマで、目を瞑っている美白イケメン三歳児である。

「変わりすぎだろ……」

 手鏡に映る自分の容姿を右目で確認しているのだが、【洞察眼】は緑の虹彩色の真ん中にクロスヘアが映る仕様になっているらしい。
 この仕様のせいで、魔眼を使ったら魔眼持ちだとすぐにバレるだろう。

「はぁ……それにしてもガリガリだなー」

「主食が草ですからねー」

 ダルそうに理由を告げるフクロウは、『グリム』という名前の召喚霊獣だ。
 薄ら銀色に光る白い体を持つが、羽根先や胸の模様が深い紫色で、金色の瞳を持つ神秘的な姿をしている。
 
 ちなみに、名前は先ほどつけたばかりだ。
 魔法系天禀を集めた召喚獣であるらしいことから、『グリム』と名付けた。
 由来はグリモワールだ。

「じゃあリハビリがてら、狩りにでも行きますか?」

「はいー? 昏睡状態だった翌日に動いたらー、間違いなく疑いの目を向けられますよー?」

「いやいやいや。手遅れだよ! この髪の毛を見て気づかないわけないじゃん! 全て先祖返りのせいにする。『な、なんか力が湧いてくるんだ!』って言う」

「……手加減はできるようになったのですかー?」

「いいことを思いついたんだ」

「どんなことですー?」

「道具を使えば良くない? 例えば弓。どんなに力が強くても、威力の上限は決められてるでしょ? 必要以上に引いたら壊れるしさ」

「……確かにー」

「でしょ? 狩りもできて、能力の把握もできるし、手加減の訓練にもなる。一石三鳥じゃん! しかも陸の孤島と呼ばれるほどの辺境だから、獲物に困ることはない! 最高じゃん!」

 はっきり言って、もう野草を食べたくないんだ。狩りに行けば食卓に肉を出せるのに、何故草で我慢しなければいけない。成長期だぞ!

「まずは武器を借りる書類を書いて貰いましょうかー」

「……だなー」

 鎧なんて持ってないから厚手の服を着て行くことにする。

「裸でも大丈夫ですよー」

「心理的な問題だから!」

 さて、慎重に動かなければ……。

「俺はドラゴン……俺はドラゴン……」

「僕ですよー。カルム少年はー、僕と言っていましたー」

「……僕はドラゴン……僕はドラゴン……」

 ドアノブに優しく手をかけて、ゆっくり開ける。

「……辛い」

 スローモーションで動いている気分だ。

「我慢ですよー」

 グリムはすでに【不可視】を使用して姿を消している。

「なんでボロ小屋の離れに住んでいるんだろうね?」

「母親が第一夫人にいびられているからですねー。しかもー、第一夫人は双子を生みましたからー」

「縁起がいいんだっけ? 女神様が双子だから」

「そう言われてますねー」

「女神様って美人?」

「……答えが限られた質問をしても無駄ですよー? 肯定以外の答えはありませんからねー」

「……そうなんだ」

 微妙な空気になったものの、女神様が美人であることは事実のようだ。
 不細工の神様と同じって聞くと、縁起がいいか判断に迷うからね。
 実際に、本邸にいる双子はポッチャリのオカッパヘルメットだから、ハズレが増えたように感じるんだよなぁ。

「母上、復活しました」

「……ティエル……? ティエル……なの?」

 ティエルとは、カルムの前の仮名である。

「はい。先祖返りの覚醒だったみたいです。おかげで、見た目が大分変わってしまいましたけどね」

「先祖返り……?」

「儀式まではどの種族か分かりませんが……体が軽いのです!」

「本当に? 無理してない……?」

「大丈夫です! でも、まぶたが上がらなくなりました……。昏睡の後遺症だと思いますが、薄ら見えていますので、ご安心ください!」

 直後、ガバッっと抱きつかれた。
 温かく柔らかい胸に包まれ、現世の母親のぬくもりを知る。

 ◇

 ママンが泣き止むのを待って、パパンにあいさつしに本邸に向かう。
 パパンは俺とママンをボロ小屋の離れに置いて、自分は本邸に住んでる情けない男である。

 真面目すぎて視野が狭い男なのだが、第一夫人に領民を人質に取られているから仕方がないと、本人は思っているらしい。
 正確に言うなら、第一夫人の実家の商会が人質にとっていて、第一夫人は虎の威を借る狐である。

 アルミュール男爵領は東西南を山脈に囲まれ、北は【霊樹海】と呼ばれる大樹海が広がっている陸の孤島だ。
 さらに周囲を森に囲まれ、いくつかあった他の騎士の村が滅んだせいで、男爵領と言っても村一つだけ。

 元は東の山脈の切れ目に町を置いていた辺境伯の騎士として仕え、現在の村を拝領していたのだが、辺境伯の失策で町が魔物に占拠されてしまった。
 問題は辺境伯の逃亡方法だ。
 町の東西にある門を閉じて逃げたせいで都市は魔物の巣になり、俺たちは南側からしか出られなくなったのだ。

 南は細い山道があるだけで、移動は困難を極める。
 でも逃げないわけにはいかないから準備をしていたのだが、辺境伯の失策と失態の尻拭いを丸投げされることになったのだ。
 領主として格が足りないということで、なんちゃって男爵に陞爵することに。
 本来なら王城で式典を行わなければいけないのに、竜騎士が役人を運んできて現地で手続きをするという手抜き叙爵だ。
 役職は辺境の防人らしく、魔物に対する肉壁になることが男爵領民に与えられた使命である。
 名誉大好きな祖父は、後先考えずに無条件で受け入れ、あっという間に生活苦になった。

 そこに娘の輿入れを条件に支援を約束する商人が現れる。
 男爵家ですら貧乏生活をしていたため、藁にもすがる思いで結婚することになった。
 約束の支援はというと、実情はともかく支援は行われた。ただし、公文書には迂遠な言葉で貸し付けと記載されている。
 村の商売は第一夫人の実家の関係者のみで、外部からの行商人は献金する者以外を排除している。
 他にも悪さをしている詐欺師紛いの御用商人が、男爵領に居着くことになりましたとさ。

 なお、契約書の異変に気づいたのは教養がある第二夫人のママンだけ。
 他にも理由があるけど、邪魔されないようにパパンとは別居させられているのだ。

「父上、おはようございます」

「……誰だ?」

「酷いですよ。母上はすぐに分かってくれましたよ?」

「ティエル……いや、カルム……か?」

「そうですよ? 雑草魂で死の淵からよみがえりました。後遺症がいろいろありますが、元気いっぱいですよ!」

「そうか……よかった……」

 悪い人ではないんだけど、そろそろ詐欺師に騙されていることに気づいて欲しい。

 カルム少年は不審に思っただけだったが、正真正銘の詐欺だ。
 支援なんかしていないどころか、搾り取られている。貸し付けだよ? 借金なんだよ? 気づいて!

「父上。何でもいいので倉庫から弓を一つと、矢を数本にナイフを一つ借りる許可書を発行していただけませんか?」

「――もしかして……狩りに行くつもりか!? ダメだっ! 危険だっ!」

「ですが、成長期に毎日野草を食していたら、五歳の祝福の儀式を待たずに死亡してしまいます。今回はたまたま助かりましたが、次はどうでしょうか?」

「そ、それは……。食料をそちらに回す!」

「父上、それは無理でしょう? それとも昏睡状態だった間に人が変わったのですか? 僕が許可書の発行をお願いしているのも、父上の立場を守るためです。些細なことで貸しを作らないようにしているんです。さらに言えば、物置の倉庫にあるものは男爵家のものですから、本来は許可など不要なはずです」

 いい加減理解してくれ。
 物置にあるものを借りたところで、男爵家の子息である俺は報告だけで済む話だ。当然の権利だからな。
 三歳児ということを差し引いても、許可書をもらう必要はない。

 だって、我が家は武門だもん。
 訓練を始めるのに早すぎるってことはない。

「あれも家族だ。お前のことも心配していた」

「またまたー。面白い冗談ですねー。僕と双子を足したらちょうどいい体型になりますね。心配しているなら、僕はちょうどいい体型になっていると思いますが……父上にはどう見えてます?」

「……今用意する」

「ありがとうございます」

「……変わったな」

「はい。冥界の入口を見たときに思ったのです。生を掴んだなら、我慢はやめようと。まずは、生活環境を整えることから始めます」

「……そうか」

「では失礼します」

 ポッチャリ双子と姉は、まだ爆睡中らしい。
 寝る子は育つっていうけど、豚みたいなんだよなー。武家の子どもなのに……。

「こちらです」

 倉庫の管理人は祖父の代から仕えている家宰。
 立会人と書類を用意して、クレームを徹底回避。

「こちらの弓は、とても丈夫でお薦めですよ」

 立会人がいるから鑑定は使えない。
 ナイフは大きさで選び、矢は一種類しかなかったから迷わずに済んだ。
 ただ、弓がいろいろあって困った。
 森に行くなら短弓がいいなって思っていたところに、ホコリだらけの短弓を渡されたのだ。

「……ありがとうございます。そちらにします」

 ニコリと微笑んで一礼した家宰に胡散臭さを感じるも、壊れにくいものが良かったから薦められた弓を選んだ。

 弓を借りた後、比較的安全な西の森に行くと見せかけて、北の森を目指した。
 北の森は奥に行くほど魔物の領域となっており、徐々に強くなっていく。
 でも魔物がわんさか出てくるから、獲物を探す必要がなさそうだと思ったのだ。

「その布はなんですー?」

「弓がバッチイから綺麗にしようと思って」

「どこから持ってきたのですー?」

「洗濯物から拝借した。どうせ洗うんだし、ちょっと汚くなってもいいじゃん」

「まぁそうですねー」

「でしょ? それじゃあ早速行ってみよう!」

「やってみよー!」

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