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第三章 フドゥー伯爵家

第五十八話 青天霹靂

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 オークの階層なんだから、十五階層のボスは普通ならキングと軍隊だろう。
 しかし、目の前には黒いオークが一体だけ。

「強そうだね」

『当たりですー。レアオークですよー』

『ふーん』

 初見殺しの金剛弓を放つ。

 ――が、紙一重で避ける黒豚。

「マジ……。避けたよ……」

 格闘術をたしなむのか、構えた状態で手招きをされた。

 手合わせが望みならと、ユミルを降ろして【神足通】の閃駆で一気に懐に入る。

 ――どすこいパンチ《拳打》

「グゥーー……」

 小さい拳だが、元々の怪物的な力に【豪腕】の効果が追加されているパンチが、黒豚闘士の腹に突き刺さった。
 腹筋に力を入れて耐えているようだが、衝撃は殺せずに吹っ飛んだ。

 今度は俺が構えて手招きをする。

 黒豚闘士の体重が乗った全力パンチが俺の顔面に当たり、衝撃音が鳴り響く。

「――ひっ」

 シスターの声らしきものが聞こえたが、俺は無傷だ。
 すまないね。
 俺は最初から勝負の舞台に上がる資格は持っていなかったんだよ。

「ムネン」

 ボソリと声を発した黒豚闘士を討伐し、技能結晶をもらった。
 ドロップ品は皮と肉に睾丸のセットだ。
 もちろん、スタンプもある。

 技能結晶は【元気】という素晴らしい効果だったため、周回作戦も実行した。
 その際、シスターに抱きしめられて無傷であることを喜ばれた。抱きしめてもらっている間は幸せなのだが、終わった後は地獄が待っている。

 メイベルの視線が痛いけど、今回は無罪だと主張して黒豚闘士戦に没頭した。
 言葉を発した黒豚闘士は最初の一回だけだったから、最初の黒豚闘士の技能結晶は俺が吸収しようと思う。

 ちなみに、本来ならボス戦はキングかジェネラルに部下の構成らしい。
 複数のパーティーで協力したり、単独で攻略することで先に進める実力があるかどうかをみるらしい。キングが出ること自体は稀だから、単独パーティーでも攻略できるらしい。
 一般的にハズレと称されるのが黒豚闘士戦らしく、五体満足で生き残った者はいないらしい。

 ジェイド博士の魔物解説は素晴らしいね。
 黒豚闘士がまさかの死神だとは思わなかった。
 確かにめちゃくちゃ強かったけどね。
 個人的にはデュラハンくらいかな。

「次も十九階層まで高速移動です」

「次は何が出るの?」

「アイアンゴーレムらしいよ。ガンツさんへのお土産にいいかも」

 ドロップ品が金属らしいからね。

「たしかにー」

 ということで、早速移動を開始する。

 オークの階層までは遺跡のような建物の中を進んでいたが、十六階層のゴーレム階層に突入した瞬間、辺りは洞窟のように変化した。
 薄暗くジメジメした空間が、気持ちを重くする。

 後方を確認すると、環境の変化に慣れているはずの私兵団ですら不安な表情をしている。

「小腹が空いたでしょう? これでも食べて休憩してください。グリム、障壁張ってあげてね」

「ホォー」

「グァ」

「ユミルの分もあるよ」

「グァ」

 念動でクッキーを運び、コップと紅茶が入ったポットも渡す。
 紅茶にはエリクサーが数滴混ぜてあり、疲労を改善してくれる効果がある。

 ユミルは俺の背中でティータイムをするようで、肩越しに口を開けて「あーん」を待っている。

「はい、あーん」

「グァーー……あぐあぐ」

 グリムにも食べさせて上げ、紅茶はグリムが水球にして俺とユミルの口に運んでくれている。

「ゴクゴク……グァ」

「ホォー」

 お礼を言っているユミルが可愛い。

「はい、おかわり」

「グァ」

「ホォー」

 ◇

 束の間のティータイムを楽しんだおかげか、エリクサー入りの紅茶を飲んだおかげか分からないが、回収部隊の活力も戻ったようだ。
 十九階層のアイアンゴーレム狩りもサクサク終え、現在は二〇階層のボス部屋に来ている。

 十九階層までのゴーレムは巨大で鈍重なパワー重視タイプだったが、二〇階層のボスは違うようだ。
 通常のゴーレムと比べて小さい姿の騎士ゴーレムは、デュラハンの下位互換とでも言うべき槍捌きを見せた。
 背中にはバーニアみたいなものがついていて、縦横無尽に移動することから機動力重視タイプと予想する。

 盾で止めてメイスでぶっ叩くという正攻法で討伐し、周回も行った。

 オークと同様にボスが違う技能結晶を持っていたからで、ドロップ品も少しだけグレードアップしていたからお得感もある。

 なお、スライム以降ボス戦で上位種や希少種を出しているのは、全て【豪運】様の仕事らしい。
 ありがたいことだ。

「はい、吸収してー」

 アイアンゴーレムは【鉄壁】で、ボスは【貫通】という戦技系の技能結晶だった。
 魔力を消費して防御力を高める【装甲】とは違い、身体補助系の【鉄壁】単純に防御力が上がるらしい。

「これで訓練も頑張れるね」

「「「「「…………」」」」」

 私兵団が複雑そうな表情で吸収しているが、それもそのはず。自称だけど、バラムは手加減をしている。
 つまり、耐久力が上がったことを自分の手加減が上手くなったと勘違いして、今まで以上に厳しくなることだろう。

 俺からは一言だけ――頑張れ。

 ドロップ品を拾ってスタンプを押したら、二〇階層の転移門で登録を済ませて高速移動を再開する。
 今回は技能結晶を一つだけ入手した後、ボス部屋に行ってみることにした。

 何故なら、結局上階層に戻るのなら、ボスの技能結晶だけでも確認しておいたら? と、提案されたからだ。
 もし同じだったとしても、上階層での討伐と追加で一回だけのボス戦で済む。

 たまに違うことをやってモチベーションを維持したいらしい。
 高給取りだから言いづらいけど、新人冒険者時代を思い出させるような仕事で精神的に辛いそうだ。

 実際に、雑用係のパシリとして雇ったから間違いではない。
 後戻りできないところまで引き込むまでは言わないけど。

「オーガは【剛力】だったよ-」

「剛力……来い。剛力……来い」

 全員が祈りながら二十五階層へ降り立つ。
 オーガの外見を見れば黒豚闘士と同じパターンなのは予想できてしまうわけで、彼らの祈りは通じなかったと言える。

「残念」

「またか……」

 通常のオーガは灰色をしているのだが、目の前の三体は信号機みたいに赤、青、黄色という姿をしている。
 金剛弓を避けられて以来、初めての複数体との戦闘だ。

「ユミル、少し試したいことがあるから、みんなを守ってくれる?」

「グァ!」

 胸をポンと叩くいるもの可愛い仕草をして、荷車の前に移動する。

『何をするつもりですー?』

『今まで使って来なかったものをねー』

『不安ですー』

 天禀から属性に組み込まれた魔法がある。
 それは【竜魔法】だ。

 体は変化しないらしいけど、竜になれると聞いたから試す機会があれば試したかった。

 ――竜魔法《竜威》

「――――っ」

 声にならない声が口から放出され、三色オーガを威圧する。

『やっちまいましたねーー!』

『……何語?』

『竜語ですーー!』

 グリムの語尾が強くなったら、不機嫌モード突入の合図だ。

『もうやめる! ブレスもやろうと思ったけど、やめる』

『そうしてくださいー』

 ふぅ……。ストライキされたら堪ったもんじゃないからね。

 三色オーガが硬直している間に、金剛弓を三連射して討伐を終える。
 避けられなければ効果があるということを実証できたと思えば、竜魔法も無駄ではなかったということだ。

 問題の三色オーガの技能結晶は、オーガと同じ【剛力】だった。
 もしかしてここから先は、ボスは上位種や希少種が出るけど、技能結晶は固定なのでは?
 だとしたら、めっちゃ楽になるけどね。

「みんなー! 同じだったよー!」

「やったーー! 変な音が聞こえたけど……どうでも良くなったわーー!」

 神父様は心の底から喜んでいるようで、年甲斐もなくガッツポーズしている。
 まぁ口には出さないだけで、ガッツポーズしている者は他にもたくさんいる。

 ユミルは俺が竜と同じ声を発したことに驚いたのか、クンクンと俺の体の臭いを嗅いで種族の確認をしているようだ。
 終わった後、コテンっと首を傾げた姿は本当に可愛かった。

「オーガの殲滅を終えて、ボス戦をしたら昼食にしよう」

「「はーい」」

「グァ」

「ホォー」

「「「「「「うぇーい……」」」」」」

 男性陣のやる気のなさといったら……。
 彼らの教育係に教えてあげよう。

「何か嫌な予感が……?」

 不安がるジェイドを尻目に上階層に戻ってオーガ狩りを行う。

 ――予定だった。

「――うわぁぁぁぁーーー」

「さぁオーガだよー」

 何か聞こえたが、俺は昼食を食べたかったから無視を決め込んだ。

「おい」

「ちょっと」

「カルムくん?」

 神父様は意外だったが、メイベルとシスターの良心コンビが声をかけてきた。

「どうしました?」

「カルム、悲鳴が聞こえなかった?」

「……そう?」

「お前の素晴らしい耳は聞こえないものも捉えるだろ?」

「――取引だ。今後一切その話を持ち出さず生涯誰にも言わないなら、行ってあげてもよろしいですよ?」

「いいだろう」

 神父様と取引を終え、天使と悪魔の声論争という弱みを消し去った。

「乗車! ――発進!」

 悲鳴を上げたあんぽんたんの元に高速で向かい、遠目に状況を確認する。
 もちろん、【千里眼】を使った上で。

「ジェイドくん、この場合はどうするの?」

「声をかけて必要かどうか、報酬は払うかどうかを確認した上で、ようやく介入できる。あと、近づきすぎるな」

「停車しまーす」

 ほんのり姿が見える位置に停車し、私兵団に指示を出す。

「私兵団諸君、君たちが助けに行くこと」

「「「「「――はっ?」」」」」

「取引は?」

「行くとは言ったけど、助けるとは言っていない」

「卑怯者め……」

「まぁまぁ考えがあるんですよ。僕みたいな子どもがいること自体が異常なのに、助けるとか言ったら魔物扱いされますよ。サポートはするから、交渉と救助は私兵団がやるように。アルはアルのママンに合わせる顔がなくなるから、大人しく待機しててねー」

「ママンはやめて」

「じゃあ手遅れになる前に交渉してきてー。契約出来たら、合図ちょうだいねー」

「「「「了解」」」」

 私兵団が小走りで駆けていく姿を、不安そうに見送る神父様とシスター。

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