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第三章 学園国家グラドレイ

第六十三話 奴隷

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 ボムとソモルンを連れ、プルーム様の下に転移しようと思ったのだが、あることを忘れていたことに気がついた。

「そういえば、セルに頼んでバイク馬車で移動中だったな。座標が分からん。とりあえず、屋敷に行ってから考えよう。でも、その前に贈り物を置いていこう」

 ――時空魔術《転送門》――

 ――大地魔術《操岩》――

 ――創造魔術《監獄》――

 ――創造魔術《魔晶石工場》――

 ――時空魔術《転移門》――

「はぁ~。死ぬかと思った。意外に魔力を使ったが、いいものが出来た。オークのための【蛇の巣】完成! まぁとりあえず置いといて、さっさと転移しよう」

 俺達は、ようやく屋敷に転移できたのだった。




 ◇◇◇




 プモルンが呼び出され、急停止したバイク馬車。街門を出て創世の塔に向かっている最中だったが、あと少しで森というところで止まってしまったのだ。

 そこで、ギンは考えた。あのときセルには、「この仕事のでき次第ではお仕置きをなしにする」と言っていた。だが、そこに自分の名前はない。そして、二人にお仕置きをするとも言っていた。つまり、現在ピンチなのは自分だけだということだった。

 セルは当然気づいている。それでも何も言わなかったのは、ギンが先にセルを売ったからだ。セルも、既にラースに染まっていた。意外にも根に持つ性格で、仕返しの仕方がラースのようになってしまったのだ。辺境伯が危惧したとおりになったのだった。

 このままでは自分一人だけで、折檻を受けることになると思ったギンの行動は早かった。すぐにプルームのところへ行き、自分が運転することを伝えた。賢いところは、ボス中のボスのプルームのところに直接伝えに行ったところだろう。ラースに異議を唱えられる者は、ここではプルームだけだったからだ。

「では、ギン。進むのじゃ」

「畏まりました」

 こんなときが来るかもと思い、プモルンに教えてもらっていた。そのことが、功を奏していた。セルはその様子を複雑な心境で見ていた。あと少しでお仕置きを与えられたのが、防がれてしまったからだろう。普段は仲良しなのだが、こういうところはラースにソックリだった。

「……プルーム様。どうやら、学園に張ってあった固定型の球状結界が消失したようです。おそらく、グレタ様が魔力供給源になっていたためでしょう。それから、屋敷に配置しておいた眷属の視界にラース達が映りました。これから移動するようですね。このまま観察を続けます」

 【金聖虎・ヘリオス】とは違って仕事が出来る神獣だったことに、プルームは満足そうに笑いながら頷いていた。

「頼む」

 ガルーダはプルームに頼まれたことが嬉しかった。普段はダンジョン周りで当たり前のように警備をしており、頼られることもお礼を言われることもなかったため、新鮮だったのだ。

 ここに来たことで、おかしなことをする熊や可愛い子達に会えたり、やり甲斐のあることが出来たりと、楽しくて仕方がなかった。まだ来てから数時間だというのに。

 楽しいという、久しぶりの感覚に浸りながら、ヘリオスに心からの感謝をし、フェンリルに抜け駆けした謝罪をするのだった。




 ◇◇◇




「おい! 見せろ! 右腕!」

 珍しく興奮しているボム。それと同時に動揺もしていた。だが、それも仕方がないだろう。俺の右腕は先ほどの【獣爪拳】のせいで、ボロボロになっていたからだ。辛うじて形を留めているだけで、ほとんど動かない。痛みは麻痺していて、あるのかどうかも分からなかった。

「大丈夫だよ。生命魔術で回復出来るからさ」

 と、嘘を言ってみた。本当は先ほどからずっと掛けているのだが、なかなか治らない。そのため、魔法陣を固定して、固定型の治療魔術を掛けている。例えるとするならば、マジックギブスである。そしてそんな嘘は、あっさりと見破られることになった。

「嘘をつくな! 俺には分かるんだぞ! 俺が弱かったせいで、お前に怪我をさせてしまった。案内役なのに、すまん……」

 ボムは悲しそうにしながら謝ってきた。だが彼は、約束を破ってしまったことに気付いてなかった。

「全部終わったら、謝罪ではなくお礼をしてくれるのではなかったのか? 俺はボムに謝られることなど、一つもしていない。あのとき、この魔術が最善だと思ったから使っただけだ。案内役だからとか強いからとかの理由で、ボムと一緒にいるわけではない。それに、腕はプモルンが解析中だ。まだ判断するのは早すぎる」

 俺は初めてボムに怒ってしまった。喧嘩はたまにするが、ボムが怒ることの方が多かったからだ。ボムが好きだから一緒にいるのに、案内役だからとかの理由を出されたことが悲しかったのだ。

「……すまん。それと、ありがとな」

「どういたしまして」

 どうにか仲直りできたようだが、ボムは気になるのだろう。ずっと右腕を見ている。

「右腕のことはとりあえず後にして、先に魔獣ハンターのギルドを制圧しよう。あのアジトには、この国の主だった者達がいなかったのと、教国に送られる予定の奴隷もいなかった。それに召喚獣達が捕らえられているなら、早く解放してあげたい」

「……分かった」

 俺の右腕のことの方が重要なのだろう。若干嫌がりながら、行くことに決めたようだ。ただ、ギルドまではそこそこの距離があり、ボムは走りたくないだろう。そして右腕が使い物にならない以上、気球は出せない。そこで一つ思いついた。

「さぁ、ボム。これに乗ってくれ。操縦は任せろ」

 そう言って出したのは、バイクのサイドカーとリアカーである。リアカーにボムを乗せ俺が運転しようとしたのだが、ボムはこのサイドカーを愛車のように気に入っている。当然、待ったがかかる。

「待て。それは、俺が運転する」

 いつものボムに戻ってきたようだ。ソモルンを抱えサイドカーに乗り込み、ワクワクしながら出発を待っていた。街中で動かすのは今日が初めてだからだろう。

「じゃあ、行くぞー!」

 俺達は魔獣ハンターのギルドまで疾走した。そして到着すると、ギルドメンバーらしき者がボムを捕まえようとしてきたのだが、武装サイドカーの前に、あえなく沈黙した。

「この魔弾、実戦投入は初めてだったけどいいものだな。雑魚を気絶で済ませるのは、骨が折れるからな。手加減が難しくて」

 そのギルドメンバーは、手の甲に蛇の紋章があった。実験の素材としてはちょうどいいと思い、最初の被験者になってもらうことにした。まずは、紋章の術式をスキャナでコピーする。次に解析しながら、共通箇所を登録する。続いて、【蛇の巣】に設置した転送門の術式に、『キーワード』として組み込んだ。

「これで転送魔術を発動させれば、こいつらは全員まとめて転移させられるだろう。尋問もまとめて出来るから、あとは明日にしよう」

 実験終了後、ボムとソモルンとともにギルドに入った。すると、満面の笑みを浮かべながら実験する俺の姿を見たボムが、先ほどのことについて聞いてきた。

「さっきのあれは、一体何だ?」

「ああ。あとで詳しく説明するけど、あの紋章があるものをアジトに転送するための実験だ。最初はアジトの爆破を考えたんだが、あそこは学園の地下だったんだよな。爆破したら学園が崩壊するから、アジトの再利用に変更したんだ。あの阿呆共にお似合いの物にな」

「面白そうだな。あとで、ちゃんと説明しろよ」

 とっても可愛い熊さんだった。この笑顔が見られるなら、右腕くらい惜しくはない。……だが俺はこのとき、このあとに待っていた地獄を知らなかった。知っていたら、こんなことは思わなかっただろう。

 それはさておき、プモルンとボムとともに部屋にあるものを片っ端から、全てストレージにしまっていった。もちろん、金庫も金庫のまま。そして地下に行くと、予想していた者達がいた。魔物や奴隷達である。

 俺達を見て驚愕の表情を浮かべていた。それは、仕方がないだろう。少年と二足歩行の熊が、檻の外にいたのだ。俺達も犯人だと思われても仕方がないし、不思議に思うのも分かる。

「人間の方はいろいろありそうだから、とりあえず放置。魔物や召喚獣達は可哀想だから、最優先で救助しよう」

 俺の言っている意味が分からないのだろう。鼻で笑う者や呆れた顔をしている者が、奴隷達の多くを占めていた。だが、魔物達は瞳を輝かせ、希望と期待に満ちているようだった。ちなみに、魔物が襲ってこないということは確定している。瞳を輝かせた魔物達は、全員がボムを見ているからだ。

 ――神聖魔術《解呪》――

 ――生命魔術《完治》――

 ――生命魔術《聖水》――

 ――清潔クリーン――

 魔物達につけられた首輪が、次々と外れ落ちていく。そして怪我を治してやり、体力や魔力が回復する水をあげた。最後に体を綺麗にしてあげると、そこには元気な姿の魔物達で溢れていた。中には、モフリスト共が好きそうな子もいた。

「グルァ」

 一体の熊さんが、俺とボムを見ながら鳴き声をあげた。そのあと、お辞儀していた。

「どういたしまして。もう騙されるなよ」

「グルァ」

 俺が笑って言うと、返事をしながら頷き、送還門の中に入っていった。それから、次々とお辞儀とともにお礼の鳴き声をあげ、去って行く魔物達。全部見送ったところで、人間の一人が声を掛けてきた。

「奴隷を解放出来るのか? そんなことしてどうするつもりだ? 禁止行為だぞ?」

 その者は首輪をしているのにもかかわらず、そう話し掛けてきた。ある意味ですごいと思ってしまったのは、俺だけではなかったようだ。何故なら、隣でボムが大きな口を開けていたからだ。

「……あなたは、阿呆なんですね。俺達はあなたたちを助けに来たんですよ。禁止行為というなら帰ります。どうぞ、御自由に違法奴隷の道を進んで下さい。止めはしません。このあとここを爆破するんで、死なないように頑張って下さいね」

 そう言うと、隣のボムさんは爆笑していた。そして、他の奴隷達は真っ青になっていた。

「それは、おかしいだろう。助けに来たのなら、最後まで助けるのが使命だろう。そのあと、君が罰を受ければいいことだ。君が罰を受けることと私が助かることは、全く別の問題だ」

 何を言ってるのだろうか、この阿呆は。罰を受けることが分かっているなら、解放しないことが最善だ。することと言えば、こいつらを見捨てるだけという簡単な仕事である。ぶっちゃけ、知らない人だから何とも思わない。

 魔物達を助けた理由は、家族や友達になりたいお思い、わざわざ召喚に応じてくれたのに、金を得るために売られてしまったのだ。クズ共に利用された子達が可哀想で仕方がなかったから、是非もなく助けることにした。それにあの熊さんのように、お礼を言える子ばかりだから助ける気にもなる。

「あなたは、希少種だったんですね。普段はいたとしても愚か系○○風阿呆なのですが、あなたは、糞系のようですね。俺達が助けに来たのは、お世話になっている冒険者ギルドと商業ギルドのマスター二人と、現在の職場の責任者である前学園長と、魔物達だけです。あとはついでですので、どうなろうが知ったことではないのです。ちなみに、無償でやっていますので、さらに罰をもらうとか御免被る。善意でやってるのに、この悪態……。眠いのに、仕事を増やしてもくれるようですね」

 魔力量がピンチで、今すぐにでも寝たかった。それに、魔物達や奴隷達の救助用にと魔力を温存しようと、右腕の治療を一時中断していた。そのせいか、滅茶苦茶痛くてイライラしていたのだ。そのことに気づいた熊さんは、俺の右腕をジッと見たあと深々と頭を下げていた。その瞬間、俺はこの世界の熊が大好きになってしまった。

「……もう行くぞ。こんなやつらに魔力を使うな。魔境に行けば魔力の回復も早い。無駄なことなどせず、早く行くぞ!」

 我が家の可愛い熊さんが、俺のやせ我慢に気づいたようだ。そしてボムが放った怒気で、ソモルンが眠りから目覚めた。

「……んっ。ボムちゃん、どうしたの? どうして怒ってるの?」

 ボムの腕の中で丸まっていたソモルンが顔を出し、ボムに怒っている理由を尋ねていた。ボムは、なんて説明するか迷っているようだった。ボムは、自身が弱いせいでって言ったことで俺が怒ったことを思い出して、他の言葉で説明しようと考えているようだった。

 ちなみに俺は、ソモルンがボムと同じ事を言わないように右腕を隠していた。

「それで、他の自殺志願者は? このことが広まって俺の家族に危害が加えられたら、原因を徹底的に調べて同じ事をするつもりです。その点を注意して答えて下さい。それと、今まで助けた者達は賢い方ばかりで、暴言を吐くこともなくお礼も言えていました。俺のことを売ることもしなかったですよ。あなた達はどうでしょうね?」

 そう言って、軽く威圧した。ほとんどの者が気絶しそうになっている中、威圧に堪えた者がいた。冒険者ギルドのギルドマスターだ。

「おい! 今、起きた。すまん。おまえが噂の最年少Sランク冒険者だろ? たまに隠れて情報を持って来る部下が言っていた。今日の昼も来て、もしかしたらすぐに来るから体力戻しとけって言われたから、ずっと寝てたわ!」

 どうやら、かなり肝が据わっている者のようだ。それに、結構強そうだった。王国にいたグランドマスターよりは、信用出来そうだった。

「いえ、構いませんよ。ただ、奴隷解放には明確な罰則も法律もないくせに、禁止行為だから罰を受けろ。その前に助けろとか言う阿保がいて、このまま爆破して帰ろうかと思っていたんですよ。俺のことを余所で吹聴されるのも嫌ですし、罰を受けるのも嫌なんでね。無償で善意でしていることなのに、おかしいと思いませんか? ちなみに、火炎魔術で爆破するので、確実に死ねますよ?」

 遠回しに「火炎魔術使えるよ」と、言ってみた。他の者達は顔を青ざめていたが、ギルドマスターは当然という顔をしていて、特に驚いた様子はなかった。

「そりゃあ確実に死ねるわな。それと驚いていないのは、魔術が使えなきゃこの鬱陶しい首輪は外せないだろ? 俺だって光属性使えるから、とっくに解呪を試みたあとだ。それに、魔力の密度が違いすぎる。軽い威圧だけであれなら、強さ的に聖獣クラスなのは間違いない。だから、他の魔術が山ほど使えても不思議はねえよ。俺に出来ることは、友好的に接することだけだ。じゃなきゃ、リオリクス様に殺される」

 俺達三人は最後の言葉で驚愕してしまった。右腕の痛みも吹っ飛ぶほどだった。

「おっ! どうやら、驚かせることが出来たようだな。王国での話は聞いている。あのあとミルドガルが、各地の兄弟弟子に通達を出したからな。事情の解説付きで。この国での仕事はリオリクス様の弟君のお願いでもあるため、邪魔をしたら折檻に来るという、恐怖の通達だったからな。聞かないわけないだろう。
 さて話を進めると、そこの阿呆なこと言っている者は教国の神官だから放置でいい。ここにいる理由は、魔力量が多いからだ。それに加え、白い服の者達もほとんどが神官だ。基本的には信用出来ないから、好きにするといい。あと、これを。リオリクス様に以前貰った物だ。魔力量を回復してくれる。この首輪を外してくれる、お礼だ」

 そう言って、檻の隙間からポーションを出した。俺は躊躇うことなどせず、一気に飲み干した。それほど、リオリクス様を信頼していたからだ。すると、効果はすぐに現れ魔力量は全快した。回復を確認すると、すぐに右腕の治療を再開することにした。

「助かった。ありがとうございます」

 その言葉を聞き驚くギルドマスター。今まで聞いていた人物像と違ったのだろう。だが、お礼を言わなければならないのに、言えない人にはなりたくないと思っている俺は、必ず言うことにしている。

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