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第1章

2話 こんにちは異世界、さよなら故郷

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 かつて現代日本の首都・東京の片隅で生きていた私が異世界に転生し、いわゆる『前世の記憶』というものを思い出したのは今から1年前、10歳の頃の事だ。
 いやはや、まさか自分が異世界転生なんて事態に巻き込まれるとは思わなかった。
 てか、普通誰もそんな想定なんざする訳ないか。
 むしろそんな想定する方がおかしい。
 精神科に担ぎ込まれる案件ですね。はい。

 ぶっちゃけ、やりたいゲームや読みたい漫画が沢山あったし、滅茶苦茶未練タラタラなんだけど、どうにか現実を受け入れて上手くやっていこうと思っている。
 これが異世界召喚とか異世界トリップとかだったら、何とか帰還方法を探そうとしてあがいたと思うが、残念ながら私の場合は異世界『転生』。向こうで死んで、こっちで生まれ変わってるんじゃ、どうしようもない。
 そう。どんだけ泣いて喚いて騒いでも、もう日本にゃ戻れないんだから、しゃーなしです。畜生。

 まあ、そんなこんなで大介諸共川に落ち、その衝撃でポックリ逝ってしまったらしい私は、この世界で妹と共に生を受けた。
 多分双子と思われる。
 理由は知らないし知りたいとも思わないが、私は赤ん坊の頃、妹と一緒に森の中に捨てられていたらしい。そんな私達を見付けてくれたのが、偶然夫婦でキノコ狩りに来ていた両親だった。
 ついでに言うなら父はイケメンで、母はかなりの美人さん。
 おまけにとても優しくて、読み書き計算をサラッと教えてくれるほど博識ときたら、神様に感謝の1つもしたくなろうというものだ。

 家はちょっと貧乏だけど、それを差し引いても私的には大変ありがたい親だった。なぜなら前世の両親は、どっちもろくでなしだったから。
 そこから見たらもう月とスッポン、雲泥の差。
 現代日本で言う所の、親ガチャ大当たりでSSRって感じです。
 こうして私達はSSRな両親に拾われて、私はアルエット、妹はオルテンシアという、田舎の村の子供にしてはだいぶ立派な名前を頂戴し、大切に育ててもらっていた。

 所で私達姉妹のうち、どっちが姉でどっちが妹なのか、両親も全く区別がつかなかったらしい。
 仕方がないので、取り敢えず2人のうち、ちょっとだけ身体が大きかった私を姉とした、と、父は言っていた。その適当さに、今更ながらちょっと苦笑する。
 そんな妹との仲は大変良好で、時々ケンカもしたけれど、私達は互いを「シア」、「お姉ちゃん」と呼び合って、いつでもどこでも一緒に過ごしていた。
 あんまりいつも一緒にいるものだから、よく近所のおばちゃんに、「これじゃあお嫁に行けないんじゃないかい?」などとからかわれたりしたものだ。

 元の世界の生活水準と比べれば、ちょっとどころかだいぶ不便な生活だったが、それでも私は幸せだった。
 そしてこれから先もずっと、こんな幸せな毎日が続いていくのだと信じていた。
 だがその矢先、両親が流行り病によってこの世を去ってしまう。
 でもって、ここで出てくるのが、村の中でも飲んだくれのろくでなしとして、周囲から白い目で見られていた父の弟。要するに叔父である。

 叔父は村の長老に、自分が残された子供を育てるなどと言い出して、半ば強引に私達を引き取ったが、ぶっちゃけ叔父に面倒を見てもらった事は一度もない。
 それどころか、私達は叔父の家に連れて行かれるなり、家の仕事を根こそぎ押し付けられ、こき使われる日々を送る羽目になった。
 早い話が叔父は、タダで使える使用人が欲しかったのだ。
 なんとまあ、テンプレ丸出しの展開なのであろうか。お約束が過ぎる。
 ……え、叔父の名前? 知らねえなそんなモン。どこぞで1回2回聞いたような気もするけど忘れた。
 つーか覚える気もないわ。
 あんなファッキン野郎の名前なんざ覚えた所で、何の足しにもなりゃしない。
 むしろ、記憶の為のカロリーと脳の容量を浪費するだけだ。

◆◆◆

 かくして私は妹のシアと共に丸1年、時折思い出したように暴力を振るう叔父に怯えながら暮らしてきた訳だが、本日いきなり転機が訪れた。
 酔って暴れた叔父に投げ飛ばされて部屋の壁に頭をぶつけ、それがきっかけになって前世の記憶が戻ったのである。
 記憶が戻った直後は、そりゃあもう盛大に混乱して、正直状況判断もままならない状態だったのだが、目の前で金髪碧眼の美少女(妹)が、下劣なツラした暴漢(叔父)に髪を引っ掴まれて吊るし上げられ、痛い痛いと泣いている場面なんて見せられちゃ、黙ってなんていられない。

 全く自慢にならないけど、転生前の若い頃、家庭環境のせいで若干グレていた私には、スタンダードなステゴロから獲物を使った結構ガチめな喧嘩まで、バリエーション豊富な経験がある。
 小さな子を虐めて悦に入ってる雑魚なんぞ、敵のうちにも入らない。

 この子を、妹を助けよう、と決めた途端に生まれ出た、頭のてっぺんから爪先まで、余す所なく力が漲るような感覚にも背を押され、私は細かい事を一切考えずに床を蹴った。
「は? ――うおっ!?」
 いきなり間合いを詰めて来た私に驚き、シアから手を離して棒立ちになっている叔父の利き足めがけ、スライディングの要領で足払いをかける。
 身体の大きさとウエイトが大きく劣っている事もあり、その場で叔父がすっ転ぶ事はなかったが、効果は十分。
 完全に不意を突かれた叔父は大きくたたらを踏んで、転倒しかけて前屈みになった。
 私はその隙を見逃さず、叔父の胸倉を両手で掴み、更に下へと引き寄せて――
「オラァッ!!」
 ちょっぴりガラの悪いかけ声と共に渾身の力を振り絞り、叔父の額目がけて頭突きを喰らわせた。
 専門用語で言う所のパチギというヤツです。

 額と額を力任せに叩きつけ合う事で発生した結構エグめな音と、踏まれたカエルの断末魔にも似た短い悲鳴が室内に響いたのち、叔父は白目を剥いて横倒しになった。
 思わず飛び出すガッツポーズ。
 しかし、思った以上に何ともない。
 こっちの頭にもかなりの衝撃が加わったはずなのに、クラクラする事もなければフラフラする事もなく、額もちょっとヒリヒリしているだけだ。ナニコレ。

 叔父に攻撃を仕掛ける直前、まだ大して頭が働いていなかった私だが、叔父と自分との間に酷い体格差がある事だけは、本能的に理解していた。いつも通り腹や顔を狙って殴りかかった所で、勝機は薄いという事も。
 だからこそ、私は瞬間的に相打ち覚悟で、頭突きという攻撃手段を選択した。
 全身のばねを使い、叔父が倒れ込んでくる勢いとその自重さえも利用して、脳震盪を引き起こして昏倒させようとしたのだ。
 結果的に、その目論見は見事を成功を収めた訳だが――なんで私は無事なのか?
「すごいっ! すごいよお姉ちゃん! ひとりでおじさんの事、やっつけちゃった!」
 湧いて出た疑問に首を傾げ、胸の前で腕を組んで考え込んでいた私に、シアが大喜びで抱き付いてきた。うん、可愛い。
 ちょっと腑に落ちないけど、うちの妹が可愛いからもういいや。
 私はあっさり疑問を放り出し、笑顔でシアを抱き締め返した。

 その後、前述の出来事を逆恨みした叔父に再び絡まれたので、今度は思い切り足の甲を踏み付けて、怯んだ所に金的かましてやった。
 叔父はしばらくの間、悶絶してのたうち回っていたが、ちょっと放置しているうちにダメージから回復したようで、今度は薪割り用の斧を持ち出し、シアを人質にして私を呼び出そうとしてきた。
 それも公衆の面前で。
 つくづく馬鹿野郎だ。
 こんな事になるなら、めんどくさがって放置するんじゃなかったな、くそ。
 シアを盾に取られた私はやむなく叔父の死角に回り、ちょっと大き目な石ころを適当に拾って、叔父のこめかみ目がけて投げ付けた。

 石ころは見事狙った場所にクリーンヒット。
 叔父は一撃で気絶した。計算通り。
 ぶつけたモノがモノだけに、こめかみからちょっと血が出てたけど、後悔も反省もしていない。
 そして、この事が決定打となり、叔父はついに犯罪者の烙印を捺され、犯罪奴隷の扱いで遠くにある鉱山へ連行される事になった。
 まあ、この世界に人権思想がない事は薄々分かってたけど、奴隷制度まであるんだね。怖っ。
 もっとも、人ん家の前で目ぇ血走らせて斧ブン回しながら、「クソガキ殺してやる!」とか何とか喚き散らす、猟奇殺人者もどきにかけてやる情けなんて微塵もないので、この場においてはどうでもいい事とする。

 ――アディオス、ファッキン野郎。もう二度と帰って来なくていいからな。
 グルグル巻きにふん縛られて猿ぐつわまで噛まされた叔父が、粗末な荷馬車の荷台に粗大ゴミよろしく転がされ、ドナドナされていくのを村長一家と並んで見送りながら、私は心底そう思ったのだった。

◆◆◆

 クソ叔父ドナドナイベント発生から約1年。
 今は亡き両親の家に戻り、村長一家や周囲の人達の助けを得ながら暮らしていた私とシアは、今日この日、無事11歳の誕生日を迎えた。
 捨て子の私達は、正確な誕生日が分からない。
 だから両親は私達を拾った日を、私達の誕生日という事にしてくれたのだ。

 夕方頃、優しい村長の家にお呼ばれして、ささやかながらも誕生日を祝ってもらい、シアと手を繋ぎながら幸せな気持ちで帰路につく。
 最初は村長の息子のピーターさんが、夜道だから送って行くよ、と言ってくれたのだが、私達の家と村長の家はご近所で、行き来するのに数分もかからないし、今の私は強いので遠慮した。
 野犬や暴漢、何するものぞ。今ならきっと熊だってワンパンだ。
 田舎の村に出る脅威なんて、何も怖くない。
 何より、奥さんと生まれたばかりの娘がいるピーターさんの手を、これ以上煩わせたくないという気持ちもあった。
 お祝いの席では、心づくしのご馳走だけでなく、普段村では滅多に食べられないスイーツ――生クリームを使った木苺のケーキまで食べさせてもらえたんだから、ちょっとは遠慮しないと。
 親しき仲にも礼儀あり。
 そんな価値観を持っている元日本人としては、図々しい振る舞いをするのは避けたい所なのです。

「あ、虫が鳴いてる。もうそろそろ秋だね、お姉ちゃん」
「そうね、シア。保存食の確認とか、ちゃんとしなくちゃね」
 私達は夜道でそんな事を話し合う。
 短めの夏が終わって初秋を迎えれば、すぐに冷え込みの厳しい時期となり、あっという間に霜が降りて、やがて深い雪に閉ざされた、長く厳しい冬が来る。
 私達は本当に運が良かった。両親が見付けてくれなければ、私達はきっとあの森で凍死していただろう。
 でも両親のお陰で、そうならずに済んだ。
 周りもみんないい人達ばかり(クソ叔父は除外)で、みんな親なし子になった私達に、当たり前のように手を差し伸べ、助けてくれた。
 だからこそ、私達はとても幸運で、とても幸せな姉妹なのだと思う事ができる。
 辛い事も悲しい事も、嫌な事も結構あったけど、折れず挫けずやっていこうと、そう思う事ができるのだ。
(お父さん、お母さん。あの時私とシアを見付けてくれてありがとう。拾って育ててくれて、本当にありがとう)
 明るい月明かりの下、虫の声を聞きながら歩く私は、両親が健在だった頃に思いを馳せていた。


 まだ両親が生きていた頃、私とシアはよく両親の仕事について回っていた。
 私達が住んでいる村は、大陸の中でも北方に位置する寒村だ。
 多少の自然の恵みはあれど、農耕をする土地はお世辞にも肥沃だとは言い難く、かと言って新たに農地を得ようにも、周囲を険しい山と深い森に囲まれているせいで、土地を拓くのも難しい。
 当然村人達の多くは、食いっぱぐれの危機がすぐ背後にあるような、あまり余裕のない生活を余儀なくされている。
 子供でも親の仕事を早くに手伝い、自分でもある程度の仕事ができるよう、しっかり仕込まれるのが普通だったのだ。
 それは私とシアも例外ではなく、いつもお互いにベッタリ張り付いていた私達でも、この時ばかりは両親の意向により、別個で仕事を教えられる事がままあった。
 そんな時、よく甘えん坊のシアは私の服の裾を掴んで、お姉ちゃんと一緒がいい、離れるのは嫌だとべそをかき、両親を困らせたりしてたっけ。
 マジ可愛いんですけど私の妹。
 どんだけ尊いの。もう一生……いや、永久に推せる。
 妹万歳。世界よ、崇め奉るがいい。

 話が逸れた。
 とにかく、私達が仕込まれた『仕事』は多岐にわたった。
 家の中の仕事は元より、家の外で狩りの仕方や罠の仕掛け方、獲った獲物の解体の仕方などなど、そりゃもうガッツリ仕込まれましたとも。
 私と違って繊細で大人しいシアは、獲った獲物を解体する作業はあまり得意でなく、処理の最中に具合が悪くなる事も多かった為、針子をしている母に張り付いて、針仕事をメインに覚えるようになっていったけど。

 そして、今から3年前の冬。
 その日私とシアは、暖炉の前でいつも通り針仕事をしてる母にくっついていた。母の傍らに置かれた木製の籠の中には、針を刺し終えた布が山のように積まれている。
 母は針を扱うのが異常に上手い人だった。
 不思議と薪の爆ぜる音があまりしない暖炉の火に温められながら、目にも止まらぬ速度で針を繰り、瞬く間に頼まれ物の布を仕上げては、丁寧に畳んで籠の中へと重ねていく。
 まるで魔法のような仕事ぶりに魅せられて、私とシアは食い入るように母の手元を見つめていた。

「――ねえ2人共、聞いてくれる? 実はお母さん、魔法使いなの」
 それからどれくらい経っただろうか。
 仕事がひと段落して針を操る手を止めた母が、やおら悪戯っぽい顔でそう言ってきた。魔法で針を使う速さを上げているのよ、と。
「えっ? お母さん、魔法使いなの?」
「お母さん、すごーい!」
「あらそう? 褒めてもらえて嬉しいわ」
 前世の記憶を取り戻した後ならば、冗談だと思って笑って流しただろうけど、その時私はまだ普通の小さな子供だったので、妹共々母の言葉に目を輝かせていた。

「でも、魔法の事はみんなにはナイショにしてね? お母さんが魔法使いなのを知ってるのは、あなた達以外ではお父さんだけだし、この村にはお母さん以外、魔法を使える人が誰もいないから。
 なのに魔法の事を話したりしたら、何だか自慢して威張ってるみたいで、格好悪いもの。いい、2人共。約束よ?」
「大丈夫、絶対言わないって約束する。お母さんが威張りんぼ呼ばわりされたら嫌だもん」
「うん。私もそんなの嫌だから、絶対ナイショにする。……ねえねえ、私も大きくなったら、お母さんと同じ魔法が使えるようになる?」
 椅子に座っている母の腕に掴まりながら言うシア。
「さあ……どうかしらねえ。私達が使う魔法は、みんな女神様からの贈り物だから、魔法の種類は選べないのよ。シアとアルは、お母さんとは違う魔法を授かるかも知れないわ」
「「えぇ~~」」
 優しく微笑む母に、そんな風に言われてシアと私はがっかりする。
 特に私は針仕事が苦手だったから、母と同じ魔法が使えるようになれば、色んな縫い物が上手にできるようになるんじゃないか、と思い切り期待してたので、余計がっかりした。

「むう……。そうなんだ……。じゃあ私とシアは、いつ魔法が使えるようになるの?」
「そうねぇ……。あなた達が10歳になったら、かしらね。そうしたら、お母さんがあなた達を神殿に連れて行って、女神様にお祈りを捧げてあげるわ。
 そうすれば女神様が祈りに応えて下さって、すぐ魔法が使えるようになるはずよ。あなた達も魔法使いの仲間入りね」
「本当!? すごいね、シア! 私達、10歳になったら魔法使いになれるんだって!」
「うん! すごいね、お姉ちゃん! 早く10歳になりたーい!」
 きゃあきゃあ騒いではしゃぐ私達を、母はとても優しい、慈しみに満ちた眼差しで見つめていた。


 当時の事を思い返しながら、家の鍵を取り出してドアを開け、中に入る。
 それから、テーブルの上に乗せっ放しにしてあったランプを手に取って、引き出しから取り出したマッチを使って火を点けた。
 そう、この世界にもマッチがあるんです。
 誰が作ってくれたか分からないけどありがとう。
 とっても便利で助かってます。
「……お姉ちゃん、どうしたの? 何だかさっきからボーっとしてるけど」
「え? ああ。何でもない。ちょっと昔の事思い出してたの」
 不思議そうな顔でこっちを覗き込んでくるシアに笑いかけ、ランプを手に暖炉へ近づいて、その火を暖炉の中にあらかじめ入れておいた、枯れ草へと移す。
 後は細い木切れを適当に足していけば、そのうち太い薪にも火が点くだろう。
「木切れを足しながら、お湯沸かしてお茶淹れるね。座って待ってて」
「うん。ありがとう、シア」
 お言葉に甘えてテーブルに着き、ちょこまか動き回る妹の背中を見ながら、私はぼんやり考える。
 もしかしたら、私が叔父を簡単に撃退できたのは、私の身に宿っている魔法の力のお陰だったのではないか、と。
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