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大神官クリムト

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「おまえ、あれだろ? 筆頭勇者パーティの『ユウト』だろ?」

「……は?」


 目の前の大神官様は煙草をふかしながら、俺の目を真っ直ぐに睨みつけている。
 その眼差しにはなにか、俺のことを気に入らないとか以前に、憎しみがこもっている感じがした。
 俺は今まで、そういった眼は沢山向けられてきたから、そういった感情を抱いていることはなんとなくわかってしまう。
 けど、だけどさ、……俺、なんかしましたっけ?
 全く記憶にねえわ。
 イケメン大神官様の機嫌を損ねたっていう、記憶が全くねえわ。
 たしかに、俺の脅威になるほどのイケメンなら、この手で屠ってやりたい……なんて常日頃から考えるけど、実行に移したことないですし。善人ですし。


「そんなおまえが、いまさらここに何の用だ? 転職しに来たんじゃ……ないだろ? どう見てもよ」

「ッ!?」


 こいつ、『透視眼サーチアイ』を使いやがった。
 なんてやつだ。そこまでして、俺のスリーサイズが知りたいのか?
 さてはこいつ……同性愛者か……!?


「俺の貞操は! 俺が守る!!」

「何の話だ、おい」

「いや皆まで言わんでいい。で、用件はなんだ。ケツは貸さんぞ」

「いるかァ! 用件を聞きたいのはこっちだ。ま、だいたいは察することはできるけどな」

「……なんだよ」

「フン。おおかた、狩り尽くしたんで、今度は若い芽でも摘みに来たんだろ? 懲りない奴だ」

「はあ? なんの話だよ」

「それよりおまえ、仲間はどうしたんだ?」

「仲間――そうだ! おまえなんかに構ってる暇はないんだ! 俺はもう、上に行くからな。ケツは自分のケツを使え!」

「……おい、待てよ」

「やめろ! 俺をつけ狙うな!」

「なんのことだ! ……おまえのパーティなら、ここに巣食っている奴ら如き、ものの数じゃねえだろ? さっさと殺ってくれるんじゃねえのか?」

「……なんかおまえ、勘違いしてんな」

「あ?」

「俺はあのパーティは辞めたんだ。いまは新しくパーティを作って、イチからやってる」

「な……ッ!? て、てめェ……!」

「な、なんだよ」

「ちっ……いや、なんでもない。……俺には関係ねえからな」


 大神官はそう言うと、煙草を手のひらで握りつぶした。


「なら忠告してやる。おまえ、いまは動かねえほうがいいぞ」

「はあ? どういうことだよ」

「わかんねえやつだな。……いま、このアムダの神殿は、魔物に占拠されている」

「な……!? いや、でも、上にいたのは人間……」

「違うな。アレは全部魔物だ。転職の杖を奪われたからな。そのせいで、魔物は人間そっくりに化けられるってわけだ」

「ば、ばかな……!?」

「おまえ、道中で妙な魔物に会わなかったのか?」

「妙な……もしかして、あの攻撃してこなかったスライムの事か!?」

「そう。それは多分、転職の杖で姿を変えられた人間だ」

「ま、まじかよ……!」

「おおかた、冒険者の排出口でもある、アムダの神殿を潰しにかかったんだろうな。ここさえ封じておけば、あとは現存する冒険者を叩くだけで、殲滅完了だ。ったく、魔物のくせに小賢しいこと考えやがる」

「でも、どうやって……?」

「こっちが知りてえよ。っち、就任してすぐこれとか、まじで笑えねえっつーんだよ……」


 大神官は懐から煙草を取り出し、気怠そうに火をつけ、また一服しはじめた。
 俺はその態度にカチンときたのか、つい、語気を荒げてしまった。


「おまえ……おまえはなんでそんなに冷静なんだよ! 外のあれ、見たか!? 知ってるか!? おまえを守るようにして、神官たちが身を挺して扉を塞いでたんだろ!? おまえが閉じ込められてた牢だってそうだ! 人間以外が触れても、決して割れない高等魔法だったんだぞ! それなのに、それなのにおまえ、よく煙草なんて吸ってられるな! どういう神経してんだよ!!」

「――あ? ……じゃあ、何しろってんだよ……。俺に特攻かけて、返り討ちに遭って死ねって言ってんのか? こいつらが、こんなことをしてまで救ってくれた命を、一時の激情に任せて、無駄にしろってのか!? ああ!? こんな、俺みたいなバカの命を救うために、死んでった奴らに、あの世でなんて言い訳しろってんだよ!? 適当なこと言ってんじゃねえ!! ぶっ殺すぞ!!」

「ぐ……っ」


 大神官は俺の胸倉をつかむと、そのまま背後の壁に叩きつけてきた。
 ……たしかに、こいつの言う通りだ。
 こいつはこいつで、今にでも飛び出していきたい気持ちを押し殺して、必死に耐えていたんだ。
 悔しくて、悔しくて、悔しくて悔しくて仕方がなかったんだろう。
 俺の胸倉を掴んでいる、血のにじんだ手のひらが何よりの証拠だ。


「……くそっ! ワリィ、おまえにあたっても意味ねえのにな……。ただ、ひとつ言っておく、おまえがこのまま上に行っても、何もできないで死ぬだけだぜ? おまえ、エンチャンターだったろ。なら、尚更だ」

「そんなわけにはいくか! アーニャが、ヴィクトーリアが、ユウがその危険に瀕しているかもしれないってことだろ? 俺が行って助けてやらねえと……誰が行くってんだよ!」

「……アホが。そんでテメエも死んでたら世話ねえぞ」

「それでも、だ。誰に何を言われても、今の俺には、あの三人しかいねえんだよ」

「……はあ、俺もバカだが、おまえも相当だな……」

「話は終わりか? 俺はもう行くからな」

「……待て」

「なんだ?」

「おまえ、なんでここに来たんだ?」

「おまえには関係ないだろ」

「いいから!」

「……『隠者の布ハーミットクロス』だ。それを貰いに来た」

「ああ……、アレか……。今のおまえが何に使いたいかわかるよ」

「余計なお世話だ」

「……じゃあ、こうしねえか?」

「……なんだよ」

「俺がここの魔物どもを殲滅する。おまえはそれに手を貸せ。報酬として、隠者の布をくれてやる」

「殲滅っておまえ『大神官』だろ?」

「杞憂だ。なんなら、『透視眼サーチアイ』でも使って見てみるか? 史上最高のエンチャンターさんよ?」

「やだよ。俺、ホモじゃねえし」

「だから、なんでそうなるんだ!!」

「え? そうじゃないの?」

「死ね。氏ねじゃなくて、死ね。……いいか、俺の職業は『破戒僧』だ」

「……おいおい、マジかよ」


『破戒僧』
 僧侶系……つまり、仲間を回復支援する職業というのは、基本的に相手に危害を加えられる魔法や技術スキルを習得できない、というかしない。
 なぜなら、回復という行為にすこしでも邪念がはいれば、それは『回復』ではなく、『攻撃』に転じてしまうためである。つまり回復と攻撃というものは、全く違うようでいて、じつは表裏一体なのだ。
 つまり、相手を攻撃しながら、仲間を回復させるという行為は、かなり難しいのだ。
 だけど、それでも便利だから、といって攻撃魔法を習得する器用なやつもいる。俺の前パーティにいた、ジョンなんかがそれだ(あいつの場合は魔法使いだから、攻撃魔法が先だけど)。
 そして、こと『破戒僧』に関しては、これとは全く毛色が違うのだ。
 破戒僧は『回復魔法』を、『攻撃手段』として使用する。
 例えば切り傷を癒す魔法は、切り傷を引き起こす魔法となり、内臓を回復させる魔法は内臓破壊、蘇生魔法は、殺す魔法になる。
 しかし、これには『邪念』と『回復させる意志』の配合をミリ単位で行わなければならないのだ。
 そうしないと、それらの術はすべて術者へと還元される。
 当然、並大抵の術者では扱うことすら困難な魔法だ。
 そういったことから、勇者の酒場やアムダの神殿では、『破戒僧』の転職は禁じているのだが、目の前の男はアムダの神殿総本山にして、そこの最高職である『大神官』でありながら『破戒僧』でもある、と言ったのだ。
 例えるなら麻薬取締組織の最高責任者が、自らを麻薬王であると自白しているのと一緒なのである。
 そしてそれは同時に、目の前の男がそれほどまでに、追いつめられているという証拠にもなっていた。


「あのなあ……もちろん、その意味は分かってるんだよな?」

「因果なもんでな。『大神官』の血筋とやらは、どうあがいても俺を大神官にしたかったらしい」

「……わかった。おまえの覚悟は伝わった。でも、上にいる魔物って、破戒僧のおまえでもてこずるほどの相手なのか?」

最上位悪魔アークデーモン。聞いたことはあるだろ?」

「はあ!? アークデーモンっていや、魔王直属部隊の魔物だろ!」

「そいつがいま来ている。どれほど切迫している状況か、わかるよな?」

「ああ、嫌でもわかるぞ……!」


 余裕だってことがな!
 ……そもそもジマハリで何匹か倒してたし、アークデーモン。
 てことは、アレか。ジマハリに行く途中でここが襲われたのか……?
 なら、間接的に俺のせいってことになるのか?
 ……知らぬが仏。
 ここは何も言わないでおこう。
 とりあえずまあ、なんにせよ、ドラニクスのエンドドラゴンよりは楽だな。


「わ、わかった。とりあえず、同盟成立だ」

「ほう、意外と話の分かる奴だったか」

「意外と、は余計だよ。俺の名は……て、知ってるか。ユウトだ、いちおうな。『さん』はつけなくていい」

「誰がつけるか。……知ってるさ、忘れるわけねえだろうが」

「うん。なんだか増々、身の危険を感じるぞ!」

「ぶっ飛ばすぞ。……俺はクリムトだ」

「よろしくな、クリムト。……あ、握手は勘弁してもらえますか?」

「くたばりやがれ」
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