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断罪編

メーラ

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 アースロとアミカスが来客の応接室をマントを翻して出て行ってしまうと、ウイルザードは力なく椅子に崩れ落ちる様に座る。

「殿下、、こんな事を言うのはどうかと思いますが、あの箱、、ガラテア様の棺は本当に骸だけなんですよね?」

 エリオットもウイルザードの向かいに、疲れた様に座った。まだ近衛になって若いエリオットが、そう領主クラスの威圧に合うものでは無い。

「あ、あ、、、ガラテアの遺体だ。」

 俯くウイルザードが、短く答えた。

「なら、どうして、、国の大魔法師様ですから、核石の為にも大人数の警護をするのは分かりますよ。貴族の核石は魔力の塊ですから盗賊だって出るぐらいですし。だからと言って此の奇襲って可怪しいですよ。何が起きてるんですか、、?」

 エリオットはウイルザードの向かいで、頭が痛む様な素振りを見せると、片手を額に当てて辛そうに目を閉じる。

 そんなエリオットからの批難めいた視線から逃れるウイルザードは、両の手の掌を組んで考えた。 

 目の前に浮かぶのは、艶やかな香りが漂う初夜の寝所で、ウイルザードを妖艶に下から見上げる金色に輝く髪を広げたパメラ、、の姿をした、、

「フローラ、、一体お前は何者なんだ、、」

 ウイルザードは呻く様に其の名を口にした。
 其の名を口にすれば嫌悪感でウイルザードは嫌な汗を掻く。
 あの初夜、知らず貪る様にフローラの身体を堪能しようした己にも嫌気がさしてくる。

 だからウイルザードは、アースロの出掛けの言葉には、羞恥さえを覚えたのだ。

(結局、あの仮面夜会で誰を俺は抱いたのだ。)

「誰、ですか?殿下、そのフローラって。」

 苦渋に眉をひそめて、吐き気を堪えるウイルザードに、エリオットが心配気に向かいから覗き込んできた時、

『トントン』

「失礼致します。メーラでございます。』


 先程アースロに結界強化を言い付けられていたメーラが、ウイルザード達が取り残された応接室に現れた。
 
 アースロやイグザムといった燃える様な赤髪では無く、メーラの優し気な桃色の髪に、思わずウイルザード達は安心する。

 タニアの実母と聞いたからには、娘も桃色の髪を譲り受けているのだろうなとウイルザードは胸中で考える。
 そんなウイルザードの考えが、顔に出ていたのだろう。

「私の顔に何かございますか。」

「、、いや、失礼した。」

(後でエリオットにタニア嬢の顔を聞いてみるか。)

 情けない話、ウイルザードはパメラと処罰を下した令嬢の顔を覚えていない。
 にも関わらず、死んだ令嬢が薔薇の痣を持つ乙女かと、母親に聞きけないかという身勝手な想いが、ウイルザードの頭に浮かぶのだ。

「本日は主君が城を不在に致します故、私めが案内をさせて頂きます。」

 本来ならば改めて皇族に挨拶をし直すタイミング。
 ましてや処刑された娘について言及してきても可怪しく無いのだが、メーラの表情は先程と全く同じく、激情に動く気配が無い。

「さぞ道中、急ぎ来られたでございましょう。あちらに食事を用意してございます。後程、従者様と共に休まれる部屋も説明させて頂きます。」

 今も、まるで城の侍女長の様な業務的口調で、ウイルザードとエリオットを応接室の外へを促すのだ。
 聞けば、ウイルザード達側に連れ来た皇帝隊も、食事を出されているらしい。
 
 王都の城とは違い、堅牢な要塞ともいえる天然の岩壁が所々建築へ組み込まれた廊下を、メーラに案内される。

「かたじけないメーラ殿。しかし貴殿はアースロ殿から結界の仕事を言付けされていたが、我々の世話などして頂いてもよろしいのか。」

 見れば一見鉄格子の様な飾りが嵌められた窓からのみ、外光が差し込む回廊。
 
 ウイルザード達に背中を見せ、桃色の髪を纏めた姿で前を歩いて行くメーラに、ウイルザードは気の利いた話も、緊急時に思いつくはずも無く、印象的だったアースロとの遣り取りを不得手だと思うが話題にした。

 けれども、特段メーラが纏う雰囲気が変わる事は無く、

「はい。先程、既に終了させてございます、御安心を。結界がございます城を中心に、周辺の結界森林までは、魔獣も入って参りませんので。」

「あ、其の様な意味で取られたのであれば詫びる。そなたを侮ったり信用していないのでは無い。」

 全くウイルザードの方に振り返る事無く返された返事に、ウイルザードは慌てて無礼を訂正した。


 結界が強化されたからか、外の音さえ聞こえてこず回廊は静かだ。

「ただ、、、」

 ウイルザードが言い淀むと、メーラが背中を向けたまま更に言葉を続ける。

「元平民の乳母如きの結界で、殿下が守られるのは屈辱的だと感じられるのは、最もでございます。ですが、私も没落したとて元貴族にございます。魔力の多さを買われて、辺境に参りました。平民に落ちても、忠誠心と矜持は残ってございます。私が今なすべき責務は、次のお館様に滞りなく引き継がれる為の肉の盾を、力として結界に注ぐ事にございましょう。」

 そこまで話をすると、メーラは開けられた食堂の空間を示す。
 既に王都から連れて来た皇帝隊達は着座し、食事をしていた。
 ウイルザードとエリオットの姿を見つけると、一斉に恐縮して食事を止める。
 
「こちらに、殿下と従者様のお食事を用意致します。申し訳ございませんがお連れの隊員皆様もご一緒でございますから、先にお出ししました。エンルーダ―では出陣を直ぐに出来る様、時間の空いた者は戦飯を済ませます故。では、食事を用意致します。」

 隊員達と合同にとは言うが、ウイルザードとエリオットの机は彼らの様な長机では無く、丸テーブルに向かい合わせで席が用意されていた。
 
 メーラが合図をすると、壁に立つ侍女達が食事の用意を始める。メーラも用意の為に消えた。

「殿下、何だか女性ばかりですね。食事の世話係だからかもしれませんが。」

 エリオットがウイルザードが気になっていた事を囁いてきた。
 
 確かにいくら食事周りの仕事とはいえ、回廊に護衛の一人もいなかったのだ。
 エリオットの声に、ウイルザードの食事が配膳されるまで待つ隊員達も、同意する様な視線をウイルザードに送って来る。

「、、メーラ殿、今城の人員配置はいかようになっておられるか?」

 姿を再び現したメーラに、思い切ってウイルザードが聞いた。

「何か不備がございましたか。」

 彼女の無表情が動く事は、此の時も無い。

「そうでは無い。どうも男手が少ない様に感じただけなのだが。」

 エリオットからの視線を見やり、ウイルザードは更にメーラに提案する。
 皇帝隊とて騎士の矜持はあるのだと訴えない訳にはいかない。

「其れに、アースロ殿達は魔獣戦に入ると言われた。民の避難誘導もあるならば、我々が助太刀も出来ようかと、」

「必要ございません。」

 しかしメーラから、にべも無く断られた。 

「なれど、我もエンルーダ山脈で戦闘を経験しているのだから。」

 其の拍子に、初めてメーラから侮蔑の眼差しを向けられた気が、ウイルザードには感じた。

「人民は既に城に避難済み。平時より緊急の備えを訓練ある辺境の地でございますから。魔獣戦闘が出来る者は結界線に集まり、もしも結界を魔獣が超えた場合を想定し準備してございます。殿下は他国の兵との戦で英雄と謳われましたが、魔獣とは戦われた経験がございませんでしょう。其れは、エンルーダの真の姿を知ってはいないと同意。」

 桃色の髪が如何に無表情でも、どこか優し気に見えていたメーラだが、其の中身は全く別だとウイルザードとエリオットは思い知る。

「貴方は、猿人魔獣をご存じない。」



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