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第1章

第26話:混乱

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アバコーン王国暦287年6月6日王都オレンモア城・ハリー王視点

「国王陛下!
 カニンガム王国軍とウェストミース王国軍が大敗しました!」

「なっ!
 そんなバカな?!
 ハミルトン公爵家はエマが指揮を執っているのであろう?」

「そのエマ嬢が、いえ、エマ女公爵が軍の先頭に立って戦い、カニンガム王国軍とウェストミース王国軍を粉砕したとの事です」

「嘘をつけ!
 そのようなたわ言を誰が信じるのだ!」

「しかしながら陛下、王家の忠実な密偵が、王家の一大事と、命懸けの不眠不休で早馬を駆って知らせてきた情報でございますぞ」

「……よほど優秀な騎士が補佐についていたのであろう。
 だが2カ国もの軍勢を相手に戦ったのだ。
 ハミルトン公爵軍も相当の損害を出しているであろう。
 そこを我が軍が突けば、一気に滅ぼすことができよう」

「恐れながら、ハミルトン公爵軍は全くの無傷でございます」

「……お前は何を言っているのだ?」

「陛下、現実を直視していただきたいのです。
 我々は今までもエマ女公爵の表面しか見ていなかったのです。
 よくよく考えれば当然の事だったのです。
 エマ女公爵は、あのブラウン侯爵の孫なのです」

「……あの、片手でハルバートを振り回し、大岩を投げるブラウン侯爵と同じだと申すのか?」

「戦場での事ですから、何事も大げさに言われるので、かなり差し引いて考えなければいけませんが、エマ女公爵は1人でウェストミース王国軍を粉砕しました」

「……どのような事をやったと言うのだ」

「馬よりも早く駆けて騎士を叩き落とし、素手で馬を取り押さえ、大木を投げて敵軍を粉砕したとの事でございます」

「おのれの手柄を大きくしたいのであろうが、それにしても大げさすぎる。
 そこまで手柄が欲しいとは、しょせん女だな」

「陛下、これを報告したのは、直接その眼で見たと言い張る陛下の忠実な密偵です。
 戦場での事は大げさに見えると繰り返させていただきますが、それでも、全くの嘘ではないのですぞ。
 それに近い行動を、エマ女公爵はされたのです。
 そしてその噂は、我が国だけでなく大陸中に広まっているのです」

「……余を見限り、エマに味方する者が現れると申すのか」

「心ある臣下は、何度も陛下に諫言させて頂いたはずですぞ。
 王太子殿下はもちろん、陛下のなさりようは君主にふさわしくないと。
 陛下は諫言する心ある臣下を遠ざけ、王太子殿下のエマ女公爵に対する理不尽ななさりようを見て見ぬ振りされ続けられました。
 その結果がこの惨状でございます。
 代々の国王陛下にどう詫びるおつもりですか!」

「……余が愚かだとでも言うのか?」

「はい、陛下は愚かでございました。
 しかしながらこれからの、ぎゃっ!」

「余を侮辱する者は許さぬ。
 この死体を片付けておけ!
 この者の家を襲い、家人を皆殺しにしろ!」

「……」

「何をグズグズしている?!
 お前達も死にたいのか?!」

「はっ……」

「陛下、あまりお怒りになられると、身体の負担になります」

「余を怒らせるような愚か者が悪いのだ」

「その通りではございますが、エマを何とかしなければいけないのも確かです。
 このまま放っておくと、カニンガム王国軍とウェストミース王国軍を併合したエマが、王都に攻め込んでまいりますぞ」

「女ごときに何ができると言うのだ?!
 お前まで愚か者と同じ事を申すか、それでも宰相か!」

「陛下、エマに優秀な騎士がついていると申されたのは陛下御自身ですぞ。
 エマには2カ国連合軍を簡単に討ち破るほど優秀な騎士がついているのです。
 そのつもりで対応しなければなりません」

「そう、だな、優秀な騎士が補佐についているという前提で対応せねばならぬな」

「先の愚か者が口にしていた通り、エマはブラウン侯爵の孫です。
 孫を大切に思うブラウン侯爵が、精強無比の騎士団と傭兵団を応援に寄こしたという前提で、こちらも対応しなければなりません」

「そうだな、ブラウン侯爵家の騎士団と傭兵団が援軍に来ているのなら、2カ国連合軍が簡単に破れるのも当然ではあるな。
 ブラウン侯爵軍は精強な我が軍に辛勝するくらいには強いのだからな」

「その通りでございます、国王陛下。
 エマが2カ国連合軍に圧勝したという情報が広がれば、これまで中立だった貴族士族が一斉にエマの味方をします。
 ブラウン侯爵を北に追い払い、中立の貴族士族を取り込もうとしていた策が全て無駄になってしまいます」

「ふむ、だから2カ国に攻め込もうとしているエマの背後を王国軍で襲うと言ったのに、あの愚か者が反対しおったのだ!」

「確かに、エマが主力を率いて2カ国に攻め込んだとしたら、背後を襲うのが最も良い策でございます。
 しかしながら、エマが主力を温存し、中立だった貴族士族を味方にするために、切り取り自由で2カ国に攻め込ませたらどうなさるのですか?」

「主力のブラウン侯爵軍が領地に残っているだと!
 周辺の中立貴族士族が2カ国に攻め込んでいるのか?!」

「はい、ようやく陛下の策を用いて北に追い払ったブラウン侯爵軍が、再び王都を包囲してしまうのです。
 陛下の御威光が地に落ちてしまいます。
 孫の恨みだけであれほどの猛攻をくり返したのです。
 散々王太子殿下に苛め抜かれ、最後には毒を飲まされ上に火まで放たれたのです。
 王太子殿下に操られた叔父に両親を殺されてもいます。
 そのエマの報復は想像を絶する陰惨なものなるでしょう。
 王太子殿下が生きておられる限り、決して許さないと思われます」

「……ふん、女ごとき余の手で討ち取ってくれるわ!」

「陛下、先ほども申し上げましたが、直接戦うのはブラウン侯爵の騎士です。
 王都の城門を破壊する寸前まで責め立てていたブラウン侯爵軍が相手です。
 勘違いされないでください」

「……ブラウン侯爵軍が相手では、さすがの余も苦戦するかもしれないな」

「陛下、エマの怒りを弱め、ブラウン侯爵の騎士がエマをなだめるような手を打っておいた方がいいのではありませんか?」

「ガブリエル!
 チャーリーを殺せと言うのか?!」

「王太子殿下を害するなど、とんでもない事でございます。
 そのような事をすれば、殿下の罪を認めたことになってしまいます。
 側近である我が息子も処刑しなければいけなくなってしまいます。
 そのような事は決していたしませんので、ご安心ください」

「ではどうしろと申すのだ?!」

「全て死んだイザベラが勝手にやった事にすればいいのです。
 証言する者を全て先に処刑してしまえば、神明裁判もやれません。
 王太子殿下に対する神明裁判は、不敬という事で拒否すればいいのです」

「関係する者を全て処刑するのか?
 だがそうなると、お前の息子まで処刑する事にならないか?」

「エマが王都を囲む前に逃がしてしまえばいいのです。
 厳罰に処したと言って、北竜海にある島に流刑すればいいのです」

「北竜海に流刑だと?!
 チャーリーはもちろんシャーロットも絶対に応じないぞ」

「その時には、王都に残って頂くしかありませんが、積年の恨みを持つエマの猛攻を防ぎきれなかった場合、どのような方法で殺されるか分かりませんぞ。
 王太子殿下も王妃殿下もどのような残虐な方法で殺される事か……」

「ガブリエル!
 それでも余の宰相か?!
 エマごときに勝てないとう申すのか?!

「エマが相手なら勝ってご覧に知れます。
 しかしながら、何度も申し上げているように、相手はブラウン侯爵軍です。
 とても陛下の命を賭けて戦う気にはなりません」

「分かった、王太子は首に縄をかけてでも北竜海の流刑地に行かせる。
 だが無事に流刑地に送れるのであろうな?
 北にはブラウン侯爵領があるのだぞ!」

「お任せください。
 ブラウン侯爵領の手前にはタルボット公爵領がございます。
 ブラウン侯爵軍はダウンシャー王国軍と対峙しております。
 彼らを利用して王太子殿下を無事に送り届けてみせます」
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