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第1章

第29話:品性下劣

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アバコーン王国暦287年7月6日・王都野戦陣地・エマ視点

「え、え、え、え、なにあれ、なにあれ、なにあれ」

 ミサキがあまりの光景に正気を失いかけています。
 正直わたくしも、ここまでやるとは思いませんでした。

 全く予測していなかったわけではありませんが、得られる利に比べて失うものが多過ぎるので、やらないだろうと思っていたのです。

 王都南の城門前に掘られた濠に、どんどん死体が投げ込まれています。
 一体どれくらいの民を殺すつもりなのでしょうか?

 あの濠を完全に埋めて、騎士や兵士を王都から討って出そうと思えば、10万人は必要だと思います。

「ミサキ、敵は本気だぞ。
 10万人以上の民を使って濠を埋める気だ。
 10万人以上殺せば、籠城しても食糧が持つのだろう。
 敵は勝つために非情に徹しているのだ。
 ミサキも割り切らねば殺されるぞ!」

「そんな!
 それくらいなら、最初に10万の民に戦わせればよかったじゃない。
 そうすれば敵にも勝つ可能性はあったし、民も生き延びられる可能性があったわ」

「王や取り巻きは民など見ていない!
 困ってから初めて視線が向き、邪魔だと思ったから殺した。
 それだけの事だ」

「そんな、ひどいよ、ひど過ぎるよ!」

「甘えるな!
 生き残るための他人を殺すのがこの世界だと言っただろう!
 これまで王都の民は、他の都市や街、村の民よりも優遇されていたのだ。
 だが王都が囲まれるようになれば、利用される事もあれば見捨てられる事もある。
 今回は見捨てられただけの事だ」

「……エマも、エマも追い込まれたら領都の民を見捨てるの」

「ふん、私はそのようなへまはしない。
 領都を囲まれる前に敵を粉砕する。
 どうしても領都に籠城しなければいけなかったら、見捨てるのではなく利用し尽くしてやる。
 ミサキも民が殺されるのが嫌だと言うのなら、敵を殺してでも民を護って見ろ!」

「……私なりのやり方で頑張ってみる」

「ミサキなりのやり方を見せてもらおう。
 だがその前に、エマの本体を預けるから必ず護りきれ。
 最悪単身で領都に戻っても構わない。
 ミサキなら身体強化で逃げきれるだろう?」

「分かったわ、エマはどうするの?」

「私はミサキの身体で敵を迎え討つ!
 本陣にはアリアの身体を残しておく」

「アリアに影武者をさせると言う事ね?」

「ああ、そうだ」

「だったらアリアの身体は馬車に乗せておいた方がいいわ。
 本陣で討ち取られるよりは、馬車で逃げている所を討ち取られる方が、本物に見えるから」

「分かった、だがそれはミサキが指示してくれ。
 私は敵を迎え討つ!
 馬ひけーい!
 敵がでてくるぞ!
 騎士団、迎え討つ準備はできているか?!」

「はい、すでに全員戦闘準備はできております」

「予備隊は他の城門を見張っていろ!
 敵が濠を埋める様子を見せたら知らせるのだ」

「「「「「はっ!」」」」」

 ジリジリとした時が流れ、じょじょに南門の濠が埋められていく。
 こちらから矢を放って敵を射殺しているが、城壁の上から大型の石弓が大矢を放ってくるので、射程内に長くはいられない。

 こちらが迎え討つために城壁の射程外に騎馬列を並ばせても、敵は濠を死体で埋めきれず、新たな死体を王都の奥から運び続けている。

 濠に放り込まれた死体の数は、軽く10万を超えているようだ。
 残された広さと深さから考えて、総勢25万は死体が必要だろう。

 王都の民は王侯貴族を含めて30万は超えていなかったはずだ。
 貴族士族と兵士以外は皆殺しにしたのか?
 食糧は余裕ができただろうが、名声は地に落ちるな。

 ★★★★★★

 敵がようやく濠を超えてでてきた。
 だが乗馬して乗り越えるのは無理なようで、手綱を引いて死体の上を歩かせているが、馬はとても嫌がっている

 これでは不利になった時に城内に逃げ込めないだろう。
 こんなやり方で濠を埋めるくらいなら、25万人に土を運ばせればよかったのだ。
 いや、最初から口減らしが優先だったのだな。

 城壁からの援護が受けられる範囲に横に広く騎兵列を作っている。
 薄く広い横陣など、簡単に粉砕されてしまうぞ?
 戦う前に陣を組み替えられるのか?

「謀叛人エマ!
 ついにその本性を現したな!
 毒を飲ませても死なぬ!
 火あぶりにしても死なぬ!
 エマは悪魔だ、悪魔を討って神に認められるのだ!」

「「「「「おう!」」」」」

「近衛騎士団長イーライ!
 木こりから功を重ねて近衛騎士団長にまで成り上がったのは見事だ!
 だがその功は、何の罪もない民を虐殺して数を稼いだもの!
 正々堂々としての戦いで騎士を討ち取ったものではない!
 違うと言うのなら私を討ち取って見ろ!
 弱い令嬢を王家の威を借りて虐めるしか能がない卑怯者が!」

「おのれ魔女!
 俺様の武勇を偽者というか!」

 イーライは本当に愚かです。
 私の挑発に簡単に乗ってくれました。
 自分個人の手勢だけを率いて私に突撃してきます。

 他の近衛騎士に何の指示も出していません。
 近衛騎士団は陣を組み替える事もなく慌ててイーライを追いかけています。
 あんな連中なら簡単に粉砕できます。

「騎士団!
 班ごとに固まって敵を粉砕せよ!
 近衛はイーライ以外を私に近づけるな!
 イーライは私が討ち取る!」

 私はそう命じると、愛馬に拍車を入れました。
 勢いをつけて突撃してくる騎兵を止まって待つわけにはいきません。
 こちらも突撃して勢いをつけなければ簡単に殺されてしまいます。

 敵の横陣が完全に粉砕されているのが目に入ります。
 これで王家の近衛騎士団はほぼ全滅でしょう。

 王家の護りが全くなくなった状態で苦しい籠城をしなければいけません。
 私に寝返って生き延びたい貴族士族にどう対応する気でしょう?
 
 イーライが城外決戦を挑んできたという事は、誰かが王家の護りを手薄にしようとしているのでしょうか?

 このような悪辣な処断を考え実行できるのは、宰相だけですね。
 宰相は王と王妃の首を差し出して、自分だけ生き延びる気でしょうか?

 いえ、息子のエリオットの件がありますから、私が絶対に許さない事は分かっているはずです。
 だとしたら何が目的なのでしょうか?

「死ね、魔女!」

「死ぬのはお前だ!」

 わたくしの思考を邪魔するバカを、槍で突き殺して差し上げました。
 身長210センチ体重150キロの巨漢であろうと、身体強化で鍛え上げたわたくしの腕力なら軽々と差し上げることができます。

「近衛騎士団長、ファーモイ伯爵イーライを討ち取ったり!」

「「「「「ウォオオオオ」」」」」

 味方の騎士達がそこらじゅうで勝鬨をあげています。
 皆が圧倒的に不利な状況になった近衛騎士を楽々と討ち取っています。
 5000騎ほどいた近衛騎士が1人残らず殺されたようです。

「討ち取った敵に応じて賞金を渡す。
 まずは首を改める」

「「「「「はっ!」」」」」

「今回直接戦っていない者は、民を虐殺した卑怯下劣な連中を晒す台を用意しろ。
 生き残っている王侯貴族の連中に、我らの強さを思い知らせるのだ!」

「「「「「はっ!」」」」」

 今回直接戦った騎士はもちろん、予備隊として控えていた騎士達も、後方支援のために集められた徒士兵たちも、急いでわたくしの命令に従っています。

 彼らも最初はわたくしがエマ本人なのか、軍師役のミサキなのか、影武者のアリアなのか分かっていませんでした。

 ですが武名轟く近衛騎士団長のイーライを一撃で討ち取った事で、わたくしだと勘違いしてくれたようです。

 味方にも3人の内の誰がわたくしなのか分からない状態は助かります。
 万が一わたくしの本体が殺された場合でも、影武者だったと言い張れます。

 わたくしが殺されない事が1番いいのですが、ここは何があるか分からない戦場で、相手は悪辣非道な王家なのですから。
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