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第1章

第39話:縄張り

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 ハミルトン王国暦元年12月25日・ハミルトン王国テンペス城・美咲視点

 オレリー王国併合戦では、ガーバー侯爵もフィン侯爵公子も大陸中に武名が轟くほどの活躍をされました。

 他の貴族士族は、前回のアバコーン王国平定戦で抜け駆けを図った貴族士族が皆殺しにされた事で、ようやく身の程を知ったようです。
 従軍しただけで何もしませんでした。

 いえ、何もしなかったわけではありません。
 治安維持と戦乱で荒れた地の復興に役立ってくれました。

 以前なら民を害する恐れがありましたが、エマの恐ろしさを思い知った今では、民を害する事は絶対に有りません。

 万が一配下の兵士が獣欲を抑えられなかったとしても、貴族士族の立場を利用して、民を黙らすような事ないでしょう。

 そんな事をすれば、自分達が皆殺しになる事は嫌というほど知っています。
 罪を犯した兵士を処刑して、正直に報告して罰を受けるはずです。

 そうは思っていても、野放しにしたりはしません。
 王国内部を調査する者達を派遣して、貴族士族を見張らせました。

 ……見張らせておいてよかった。
 自分の息子が犯した婦女暴行を隠すために、罪もない兵士に罪をかぶせて殺し、隠蔽しようとする伯爵がいたのです。

 その報告を受けた時のエマの怒りは、私ですら恐怖を感じたほどです。
 そしてひと言も発する事なく、横に置いていたハルバートを振るいました。
 誰に任せる事なく、自分の手でその場にいた伯爵一族を皆殺しにしたのです。

 領地に残っていた伯爵一族は私が滅ぼしました。
 女王の命令を蔑ろにした者の処分を他人まかせにはできません。
 エマか、影武者である私が処分しなければいけません。

 そんな事のあった後ですから、旧オレリー王国領を任されて代官となった騎士達は、わずかな手抜きもなく統治してくれるでしょう。

 ですが、それを信じて何もしない訳ではありません。
 表だって調べる巡検士はもちろん、密かに不正や手抜きを調べる密偵も派遣することが決まっています。

「では伯父上、我が国と伯父上の家に領地を確定しましょうか?」

 エマがフィン侯爵公子に話しかけます。
 ハミルトン王国の重臣達もうなずいています。

 敵対する相手は武力で滅ぼして併合すればいいので簡単です。
 難しいのは味方の領地を確定する事です。
 働きに応じて領地を与える家臣はまだましです。

 問題は、同格の相手との領境を決める事です。
 特に恩がある相手では、こちらが譲歩しなければいけません。
 それがブラウン侯爵家なのです。

「そうですね、領境はキッチリと決めておかないと、後々問題が起こってしまうかもしれない。
 子孫のためにも、はっきりとしておいた方がいいでしょう」

 フィン侯爵公子がしっかりと返事されました。
 本来なら当主であるブラウン侯爵が決める事なのでしょうが、ブラウン侯爵は孫であるエマに甘過ぎるという評価が家中ではあるそうです。

 そこで交渉役はフィン侯爵公子となったそうです。
 フィン侯爵公子についてきた、護衛騎士が言っていました。
 ブラウン侯爵の騎士団長から裏も取ってあります。

 エマと私、ハミルトン王国の重臣が6人。
 フィン侯爵公子とブラウン侯爵の重臣7人が話し合います。

 アバコーン王国時に決まっていた領地の境目はまだ簡単です。
 その時に隣領と争っていた原因を明らかにして、もっとわかりやすい境目を設ければいいのです。

 どうしても多少の損得が出てしまいますが、主家を滅ぼして大領を得たのです。
 多少の損失など気にする必要がありません。

 とは言っても、後で蒸し返したくなるような損得はダメです。
 エマの時代はよくても、子孫が問題にする可能性があります。
 一方的にどちらかが損をするような事があってはいけません。

 特に気を付けないといけないのは、これから手に入れるであろう領地です。
 まだ滅ぼしていない、西北部のダウンシャー王国と東北部の3小国の事です。
 
 今まで戦っていたブラウン侯爵家を押しのけて、ハミルトン王国が攻め滅ぼして領地を併合してしまうと、恨みが残ってしまいます。

 ブラウン侯爵家を滅ぼして併合してしまう覚悟ならいいのですが、そうでないのなら、ある程度は配慮しなければいけないのです。

「伯父上、ブラウン侯爵家が今まで血を流して戦ってこられていた事は知っていますが、わたくしも黙って見ている訳にはいきません。
 少しでも早くチャーリーに復讐がしたいのです!」

「……その気持ちは分かるが、我が家のめんもくはもちろん、経済的な面も考えて欲しいのだ」

「ブラウン侯爵家の面目は、ハミルトン王国と対等の王国を名乗る事で立てられるのではありませんか?」

「女王陛下が王国を名乗る事を認めてくれるのなら、一族や家臣も何も言わないが、本当にいいのか?」

「ええ、かまいませんわ。
 その代わりと言っては何ですが、以前ご相談していた通り、ステュワート教団を滅ぼして、複数の王配を認めていただきたいわ」

「ローガンやジョシュアを王配に迎えるまで待てないと言っていたな……」

「はい、お爺様も認めてくださっていましたが、相性が悪くて子供ができない可能性があります。
 ミサキの話していた、母親が年老いていると障害のある子供が生まれる可能性が高くなるというのも、調べさせると本当の事だと分かりました。
 それでもわたくしに、ローガンやジョシュアは成人するまで王配を持つのを待てと申されるのですか?」

「そのような身勝手な事を言えば、両家の関係に亀裂が入るな。
 当主である父上が認めておられる事を否定して、一族や家臣がそのような事を口にしては、戦争も覚悟しなければいけないだろうな?」

「そうですわね、少なくても主君に逆らうような無礼者は皆殺しにしなければいけないでしょうね。
 お爺様や伯父上をどうこうする気はありませんが、力関係ははっきりしてしまいますわね」

「……武芸大会で思い知らされたよ。
 エマや影武者衆の勝てるとは思っていないよ」

 フィン侯爵公子と配下の騎士団傭兵団が援軍として来られて以来、何度も武芸大会が行われました。

 武を貴ぶブラウン侯爵家の騎士や傭兵が、大陸中に武名が鳴り響くエマや私達影武者衆と戦いたがったというのもあります。

 他にもエマの王配候補である、ガーバー侯爵の武勇を自分達の手で確かめたいというのもあったようです。

 そんな武芸大会があるたびに、彼らは思い知らされたのです。
 エマと私達影武者衆の人間離れした強さを。

 優勝はエマ、準優勝は私、ベスト4の残り2席は影武者衆、ベスト8も影武者衆の誰かです。
 空いているベスト8の2席は、常にフィン侯爵公子とガーバー侯爵が入ります。

 対戦表を作るエマがそうなるように組み合わせを作っています。
 フィン侯爵公子とガーバー侯爵がよほど油断しない限り、そういう決着になるようにしてあります。

 だから、ハミルトン王国とブラウン侯爵家の腕自慢は、必ずエマか私達影武者衆と対戦する事になります。

 彼らの心がもったのは長くても3回目までです。
 普通の精神力の者は、1回の対戦で心が折れます。
 いえ、それ以前のオレリー王国併合戦で現実を思い知っています。

 彼らが領地に戻って説得してくれれば、エマがブラウン侯爵家と戦わなくてすむのですが、どうなる事でしょうか?

 当主であるブラウン侯爵の言う事を聞かない連中が、自分達が選んだとはいえ、フィン侯爵公子の言う事を聞くでしょうか?

「では、ブラウン侯爵家が東北部の3小国を併合し、わたくしがダウンシャー王国を併合するのでいいですか?
 チャーリーが逃げ込んでいる北竜海の離島は、ダウンシャー王国からの方が近いのです。
 背後や側部を、当主であるお爺様の言葉に従わないような者に見せたくないのですよ、伯父上」
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