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第一章

第11話:冒険者ギルド(ジークフリート視点)

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神歴五六九年睦月七日:ロイセン王国王都冒険者ギルド・ジークフリート視点

「何時でも出発できるように準備万端整っております」

 エマ嬢から提案を受けて冒険者ギルドにやってきたが、流石だ。
 乳姉さんとエマ嬢を溺愛するウラッハ辺境伯には僅かな手抜きもない。
 潜入させている密偵は、冒険者ギルドのほぼ全員を掌握していた。

 俺が冒険者を利用するのは不可能だが、エマ嬢ならば利用できる。
 冒険者を家族ともどもウラッハ辺境伯領に亡命させる事を条件に、乳姉さんとエマ嬢を護衛する密約が結ばれていた。

 冒険者だけでなく、ギルドの職員までもが参加すると言う。
 ギルドにおけるロイセン王国の信用は、俺が粗相王子を叩きのめす遥か前から地に落ちていたそうだ。

 ここまで準備していたというのに、乳姉さんを助ける事ができなかったウラッハ辺境伯の嘆きと後悔は、俺の想像を絶するモノだろう。

 その分エマ嬢を助けるためなら何でもやりそうだ。
 流石に広大な辺境伯領を放棄してまで助けに来たりはしない……と思いたい。

「まだ助けられていない家族がいるのですか?
 今直ぐ冒険者達を派遣して助けるのです。
 費用が足らないのなら、お母様の化粧領の収入から回してください」

「お嬢様、そのような心配は無用でございます。
 既に手練れの冒険者が助けに向かっております。
 私達が予定通りに出発しなければ、敵の目を引き付けられません。
 今まだ人質になっている者達を助ける為にも、私達は派手に出発しなければいけないのです」

 エマ嬢とジョルジャが冒険者家族の救出について話している。
 ジョルジャはエマ嬢の乳母だから、何よりもエマ嬢の安全を優先させる。
 だがエマ嬢は、母親譲りの誇り高い精神で味方となった者の安全を優先する。

 乳姉さん、アンジェリカがこの場に居ても同じ事を口にしただろう。
 あの優しく誇り高い乳姉さんなら、冒険者の家族が救い出されるまで、頑としてこの場を動かなかったはずだ。

「分かりました、ここはジョルジャの言う事を信用しましょう。
 ですがもしこの言葉に僅かでも嘘があれば、誰が止めても私はここに戻ってきますから、その覚悟でいてください」

 エマ嬢の方が乳姉さんよりも融通が利くのか?
 或いは自分の武力に自信があって、最悪の場合は自ら助けに行く気か?
 まあ、乳姉さんよりも行動的なのは間違いないだろう。

 それに、ジョルジャの言っている事に嘘はない。
 王子と公爵だけでも王国は全力で救いに来る。

 更に貴族士族の子弟一万人も人質に取られているのだ。
 王都に残っている戦力を全て投入してでも救出に動くはずだ。
 
 いや、マリアが集めて来てくれた老王の情報から考えると、貴族の子弟など見殺しにしてでも粗相王子を助けようとする。

 アバコーン王国側の兵力を全て引き抜いて国境を無防備にしてでも、北竜山脈と南竜森林の護りを放棄して魔獣の氾濫を引き起こしてでも、王子を助けようとする。

 それは乏しくなった王都の戦力も同じだ。
 俺にボロボロにされた近衛騎士団だけでなく、平民を見張り押さえつけるための治安維持部隊も総動員して追いかけて来るはずだ。

 そうなれば、冒険者を人質にしている余裕などなくなる。
 そこを奇襲して助ける方が簡単だと言うのがジョルジャの考えだ。
 だが本人も本当にそうなるとは信じていない。

 そうなったらいいなとは思っているだろうが、まず間違いなく違う結果になる。
 ロイセン王国の治安維持部隊がよほどの馬鹿でない限り、人質として確保している冒険者の家族は追撃に同行させる。

 普通なら平民である冒険者の家族に金銭価値はほとんどない。
 第三騎士団の貴族士族子弟と等価交換できる価値などない。

 だが、身勝手な老王や王侯貴族の事だ。
 まず間違いなく少ない人数の冒険者家族で、粗相王子と公爵、一万人の貴族子弟全てを開放しろと言ってくる。

 いや、必ず人質家族の何人かは隠しておくはずだ。
 直接的な血縁者は、交渉過程で問題になるから開放するだろうが、姻戚や友人知人などを人質に取り、心優しく誇り高いエマ嬢を責めて来るに違いない。

 俺はどうするべきだろうか?
 俺が考える程度の事は、ウラッハ辺境伯家の密偵なら必ず考える。
 当然既に救出のための人数を派遣しているはずだ。

 下手に動いて邪魔になってもいけないが、人数は足りているのだろうか?
 急いで王都に所属している冒険者名簿を手に入れたが、護衛に千人弱の人数をつけると、救出に使える人数は五百人を切る。

「まあ、こんなに幼い子をゴート皇国まで歩かせるなんて可哀想です。
 馬車とは言いませんが、荷車くらい用意できませんの?」

 何とか人質にならずにすんでいた冒険者家族の子供達は結構いる。
 そんな幼い子供達も、この機会を利用してゴート皇国に亡命する。
 だが、急な事だったから馬車や荷車が用意できていない。

「英雄騎士様、ずうずうしいお願いだとは重々承知していますが、パーティーメンバーの方が魅了された軍馬を貸して頂けないでしょうか?
 脚の弱い女子供を乗せていただけないでしょうか?」

「エマ嬢はご存じないのかもしれませんが、馬は乗り手を見るのです。
 乗り手が弱かったり技量が未熟だったりすると、振り落としてしまうのです。
 女子供が落馬させられると、最悪命を落とす事になります。
 どうせ王都の敵は誘い出して滅ぼすのですから、女子供でもついて来られる、ゆっくりとした歩みでゴート皇国を目指しましょう」

「英雄騎士様の申される通りなのは分かっています。
 足弱な女子供を見捨てることなく、ゆっくりと歩いてくださる英雄騎士様の配慮はとてもお優しい。
 ですが、冒険者の妻子とは言っても弱い者達です。
 できる事なら凄惨な戦いの場など見せたくないのです。
 どうしても戦いの場を見なければいけなとしても、できるだけその回数は少なくしたいのです。
 そのためには、少しでも早く移動するしかないと思うのです」

「エマ嬢のお優しい気持ちは良く分かりました。
 ですが、先ほども申し上げた通り、命の危険があるのです」

「馬が乗り手を見るのは私も知っています。
 ですが、英雄騎士様のパーティーメンバーの方ならば、馬達に女子供を大切にしろと強く命じる事ができるのではありませんか?
 その上で、女子供の家族である冒険者に手綱を持たせれば、何も問題ないのではありませんか?」

 エマ嬢は優しいだけでなく、意思も強いのだな。
 こういう所も乳姉さんによく似ている。
 公爵に似た所が全くないな。

「冒険者達には、人質を見張るというとても大切な役目があります。
 家族の乗る馬の手綱を持つことになると、その見張りができません。
 隙ができて、人質達が馬を奪い返そうとしたら、それこそ女子供が落馬させられてしまいます」

「本当に何も方法がないのでしょうか?
 英雄騎士様のパーティーメンバーの方に聞いていただけませんか?」

「ニコーレ、話しは聞いていたな?
 何か良い方法は無いか?」

「そうだねぇ、私が強くお願いしたら、女子供を振り落とさないと思う。
 冒険者達が手綱を取らなくても、大人しく歩いてくれると思うよ」

「本当に間違いないか?
 軍馬とはいえ、馬の本性は憶病だ。
 不意を突かれた時に、恐怖のあまり駆けだして女子供を落としたりしないか?」

「う~ん、そう強く言われてしまうと断言し難いね。
 今回集めた軍馬達もピンキリだからさ。
 大軍に襲われてもビクともしない強い名馬もいれば、主人が乗って厳しく命じなければ直ぐに逃げ出そうとする子もいるんだよ」

「では英雄騎士様、心の強い名馬にだけ女子供を乗せればいいのではありませんか?
 直ぐに逃げ出してしまうような馬に乗せなければ安全です」

「横から口出しして申し訳ありませんが、聞いていただけますか?」

「何か良い案があるのなら、何でもおっしゃってください」

 今まで黙っていたヴァレリオが会話に加わってきた。
 絶対に悪い事を考えている。
 生れてからずっと一緒に育った俺が感じるのだから間違いない。

「ジーク、人質の連中だが、気の弱い馬の鞍にロープを繋いで引かせよう。
 連中、隙を見たら直ぐに逃げ出そうとする。
 気が弱く誇りも何もない腐った連中だ。
 味方が助けようと奇襲を仕掛けてきただけで、悲鳴を上げて逃げようとする。
 その時に気の弱い馬につないでおけば、パニックになった馬に引きずられて全身擦過傷になるだろう」

「おい、おい、おい、流石にそれば酷過ぎるのではないか?」

「連中、ある程度の待遇を条件に、逃げ出さないと宣誓をしている。
 それなのに、こちらの隙をついて逃げ出そうとするのなら、死なない程度のケガをするのは当然の事だ」

「だが、逃げないと宣誓したから、ロープで縛らない約束になっている」

「その宣誓が無効になるようにもっていくのさ。
 連中の誰か一人でも逃げ出してくれれば、こちらの失点ではない形で人質に対する条件を変える事ができる」

「……こちらが隙を見せたら、宣誓した事など無視して平気で逃げ出す連中なのは分かっている。
 分かった、やってくれ」

「素晴らしい提案ですわ!
 これで女子供を歩かせずにすみます。
 これからも斬新な提案をしてくださると信じています」

 いい笑顔を浮かべるな。
 喜びで上気した表情が魅力的だ。
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