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piece4 ストーカーの正体

延長戦、鮮やかなブザービーター

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勇誠学園のベンチに着いた。
仰ぎ見たスコアは、同点だ。

「……戻ったか」
監督と思しき教師が、2人を顧みた。
「お前が突然、交代しろなんて言うから、驚いたぞ」
「すいません」
剛士が唇を引き結んだ。
「すみません。私のせいで……」
頭を下げた悠里の言葉を押しとめるように、監督が言った。

「谷先生から、多少の事情は聞いてるよ……無事で良かった」
監督は2人を見つめ、暖かい微笑を浮かべた。
どうやら谷は、バスケ部の監督にも、事前に話を通してくれていたらしい。
生活指導教諭として数々の問題を解決してきた彼らしい、的確な判断だ。
剛士は心の内で、谷に感謝した。

「柴崎。第4クオーターで追いついて、延長に入った……」
監督が試合に目を戻した直後、北高校のシュートが、決まってしまう。
監督が、低い声で呟いた。
「……試合終了3分前。このままでは、ウチの負けだな」
剛士は、監督に頭を下げる。
「行かせてください!」
悠里も必死に頭を下げた。
監督は、ふっと微笑む。
「おう。途中抜けの責任、取ってこい」
「はい!」


勇誠学園が選手交代を告げ、剛士がコートに飛び出して行った。
観客席から高い歓声が上がる。  
「剛士!」
選手たちが笑みを浮かべ、彼を迎える。
みるみる勇誠学園側の士気が上がるのがわかった。

監督の隣に立ち尽くしたまま、悠里はそっと祈るように手を組む。
時計が、動き始めた。
相手チームがパス回しで時間を稼ぎ始め、なかなかボールを奪うチャンスが得られない。
剛士のマークには、あの大男。
『お前に仕事はさせない』
そんな決意が、彼のプレイから溢れ出ていた。

監督が呟いた。
「……さあ。行くぞ、柴崎」
その言葉で、彼が、いかに監督からの信頼を勝ち得ているかが想像できた。

剛士が敵と味方の配置を確認し、鋭く右へ駆けようとした。
大男が、そして近くにいた他選手が、彼の動きを封じようとする。
その動きが、北高校のフォーメーションを崩した。
隙が生まれる。
相手のパスが乱れ、勇誠学園の選手がカットに成功した。
素早く攻撃に切り替える。
僅かに空いた左のスペースを使って。
観客席がどよめいた。
悠里も思わず、小さな歓声を上げる。

試合終了、1分前。

北高校の選手が、なりふり構わずボールに向かって走り出した。
勇誠学園が鋭くボールを運んでいき、ついに剛士の手に渡った。  
両チームの選手たちが、彼を見た。
大男が、他の選手が、慌てて彼に襲いかかる。
剛士は瞬時に、ボールを送り出した。
北高校の防御が、虚しく空をかする。
美しい弧を描いたボール。
選手が、観客が、息を飲んでその行方を見つめる。

パサッ、と軽快な音を立て、ゴールネットに飛び込んで行った。

「よし!」
今この瞬間まで表情を崩さなかった監督が、小さくガッツポーズをした。
勇誠学園の得点に、3点が追加される。
同時に、試合終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。
鮮やかなブザービーターに、わあっと体育館中が沸いた。

コートでは、勇誠学園の選手たちが剛士に飛びついて笑っていた。
悠里も歓喜に包まれ、勢いに乗じて監督やベンチの選手たちと、ハイタッチして喜びを分かちあう。

「いいだろ、ウチのエース」
「はい!」
にやりと微笑み、そう囁いた監督に、悠里は笑顔で頷く。
その笑顔のままコートを見ると、剛士と、目が合った。

切れ長の瞳が真っ直ぐに彼女に向かい、微笑んだ。
彼が笑ったときだけに瞳に浮かぶ柔らかな光に、悠里の胸は甘やかに射抜かれた。
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