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翡翠のバジリコ担々麺 (特盛り)

028:草抜きと、恐怖の鎖に縛られて

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 邪竜カタストロフィーの襲撃があった翌日のこと。
 魔王マカロンと勇者ユークリフォンスは、担々麺専門店『魔勇家まゆうや』の開店時間前に二人仲良く草抜きをしていた。

「魔法でさくっとできないのか?」「聖剣でズバッとできんのか?」

 二人の声が重なった。言葉は違えど内容は同じ。
 広大な敷地に生えた雑草を楽に抜きたいのだ。

 声が重なったことで二人の頬は朱色に染まる。
 それを隠すかのように魔王マカロンは口を開く。

「風属性魔法じゃったらできるかもしれんが、砂埃と雑草が舞い散るのは嫌じゃな。掃除が大変になってしまうのじゃ。それと火属性魔法も危険じゃな。ガス漏れしていなくても引火する恐れがあるからのぉ」
「そうか……俺の聖剣も無理だな。微調整とかできない。城ごと真っ二つにしかねないよ。というかそれ以前に根っこを抜けないから、俺の剣技は微塵みじんも役に立たないよ」
「仕方ないのぉ。サボってた分、根気強く毎日抜くか」
「そうだな」

 以前までは魔王軍の幹部やその手下たちが庭の手入れをしていた。
 世界大戦が終結したことによって、魔王軍は解散を余儀なくされた。
 その際に庭の手入れを行う者もここを離れていったのだ。
 魔王マカロンが生きていることを知れば、彼女の配下にあった者たちはもれなく全員戻ってくるだろう。
 しかしそうなってしまった場合、担々麺専門店の経営に支障をきたすこととなる。
 最悪の場合、営業できなくなってしまうのだ。
 今の魔王マカロンにとってそれは何よりも最悪な事態であるため、正体を隠しながら担々麺専門店の経営をしている。
 彼女はただ勇者ユークリフォンスと一緒に店を経営したいだけなのだ。

「あとちょっと抜いたら開店準備でも……」

 言葉に詰まる勇者ユークリフォンス。
 それに気付いた魔王マカロンは彼を見る。

「うぬ? どうしたのじゃ?」

 勇者ユークリフォンスは空を見上げていた。
 その視線を辿るように魔王マカロンも空を見上げる。

「ぬあ!? なんじゃあれは?」

 魔王マカロンの瞳に映ったのは、漆黒の翼を生やし強固な鱗で全身を覆っている竜の姿だ。
 巨口には魔力が集まっており、今にも攻撃を仕掛けてきそうな勢いだった。

「草抜きに集中しててここまでの接近に気付かなかった。おそらくだが、あいつが昨日の犯人だろうな」
「やつか。妾たちの城を狙ったのは」

 怒りの色に染まる魔王マカロンと勇者ユークリフォンス。二人は上空の竜に殺意のこもった眼光を向けた。
 対して今にも攻撃を放とうとしている竜――災厄で最凶の邪竜カタストロフィーは困惑していた。

『なぜだ。確実に崩壊させたはず。それに火の海と化したはず。なのに、なのになぜ、崩壊しておらぬのだ? 緑が生い茂っているのだ? たった一日……たったの一日で修復できるはずがない! それに奴らの気配も健全! あり得ぬ! あり得ぬぞ!』

 困惑するのも無理はない。
 己の攻撃が勇者ユークリフォンスに防がれ、魔王マカロンに幻影を見せられていたことなど知る術がないのだから。
 その困惑は恐怖へと変わり、その恐怖を払拭するために光線を放とうと魔力を集めているのだ。
 そして魔力は十分に集まり、光線が放たれようとする。
 しかしそれは不発で終わる。

『な、何だ!?』

 上空を飛んでいるはずの邪竜カタストロフィーの目の前、少女が一人姿を現したのだ。
 悪魔族特有の小さな羽根を生やしてるが、その羽根を羽ばたかせていないことから、魔法による浮遊だと言うことがわかる。
 わかるのだが、なぜ姿を現したのかがわからないのだ。
 そしてこの少女が誰なのかも。

「今の妾たちには、妾たちなりの戦い方があるのじゃよ。それに付き合ってくれんか?」
『何を言っている? 貴様は誰なのだ? その魔力、その威圧、まさか魔王か!?』

 目と鼻の先にいるからこそわかることもある。それは凄まじい魔力量だ。
 その魔力量と堂々たる姿勢から邪竜カタストロフィーは、目の前の少女を魔王だと推測する。
 だが、推測も推測。正直なところ半信半疑なのである。
 それもそのはず、魔王マカロンは変装魔法で正体を隠している。
 溢れ出る魔力を隠せずとも魔王である正体をほぼ完璧に隠蔽しているのだ。

「妾は魔王ではない。担々麺専門店『魔勇家』の女店主、ゆーくんの隣に立つ者とでも言おうか」
『タンタンメン? なんだそれは、ふざけているのか!?』
「ふざけてなどおらん。おぬしのために席を用意した。と言っても偶然できたんじゃけどな。そこの雑草が生えていない場所で座って待っておるのじゃ。安心するんじゃな。今はただの庭じゃが、そのうち屋外席おくがいせきへと改装するからのぉ」
『余に指図する気か?』
「指図ではない。席へのご案内じゃよ。
『ふざけるなー!!!!!』

 挑発されていると受け取った邪竜カタストロフィーは、魔力の集束を再開する。
 その魔力は禍々しくドス黒い。
 中断していたせいもあってか、すぐに十分すぎるほどの魔力が集まることとなる。
 あとはこの魔力を光線へと変化させて、目の前の異質な少女もろとも城に向かって放つだけ。
 そして心を支配しようとする恐怖心を、その原因を消し去るだけ。

『消えてなくなれ――!!!!』


 ――ドボゴバァァァァアアアアアッ!!!!!!!


 その光線は凄まじく全てを破壊する――はずだった。
 魔王マカロンは片手でいと容易たやすく防いで見せたのだ。
 あまりの出来事に邪竜カタストロフィーは目を疑った。己の脳すらも疑った。開いた口が塞がらずにいた。

 理解が追いつかない出来事に直面すると、人の心は恐怖に支配される。それは竜であっても同じこと。
 邪竜カタストロフィーは今、恐怖に心を支配されている。それもとてつもない恐怖に。今まで味わったことのない恐怖に。

「妾は座れと言ったんじゃ。その意味がわからんならにするぞ?」
『で、出入り禁止……?』

 先ほどから意味のわからない発言が多いのもまた、恐怖を感じる一つの要因でもある。

「座るんじゃ」
『ぅッ!!!』

 心を恐怖に支配されている邪竜カタストロフィーにとって魔王マカロンの言葉は、彼を動かすのに十分すぎるほどの力があった。
 逆らうことのできない強制力のある言葉として受け取っているほどに。

 邪竜カタストロフィーはゆっくりと降下し、指示された雑草の生えていない場所へと座った。

「言えばわかるではないか。よしっ、ここで待っておるのじゃよ」
『よ、余に何をしようというのだ? それとこの匂いはなんだ? 今から何が始まるというのだ?』
「それはその時になってからのお楽しみじゃよ」

 不適な笑みを浮かべる魔王マカロンを見た邪竜カタストロフィーは、逃げればよかった、と後悔する。
 そしてそれをしなかった十秒前の自分を酷く恨んだ。

 魔王マカロンは規格外の魔力を放出しながら城の中へと入っていく。
 魔王マカロンも勇者ユークリフォンスもいない今が逃げる絶好の機会なのだが、邪竜カタストロフィーの体は動かなかった。
 まるで鎖に拘束されているかのような感覚を味わっていた。
 否、まるでではない。実際に恐怖という名の鎖に拘束されている。

『余がここまで恐怖に支配されるのは初めてだ。いや、違う。二度目だ。奴と……勇者と戦ったときにも同じ恐怖を……』

 邪竜カタストロフィーは勇者ユークリフォンスとの死闘を思い出していた。
 死をも恐れるに足りなかった者が、初めて恐怖したあの日のことを。

 何年も前のことになるが、同等の恐怖を感じたことによって、勇者ユークリフォンスとの死闘が昨日のことのように思えてしまっていた。
 忘れたくても忘れられない恐怖の記憶。そんな記憶を塗り替えられることができるのならばどれだけ幸せなのか。
 そんなことを邪竜カタストロフィーはその日から夜の数だけ考えてきた。
 その結果、恐怖を植え付けた勇者という存在をこの世界から抹消すれば、自ずと恐怖の記憶も忘れることができるのではないかという思考に至った。

 しかし、その思考に至ったのはあまりにも遅かった。
 世界大戦は終結し、勇者ユークリフォンスは行方をくらましていたのだ。
 自分の手で勇者を殺さない限り、この恐怖を克服できないというのに。
 それ以来、勇者ユークリフォンスを探し続ける日々が続く。
 雨の日も、風の日も、雷の日も、世界中を飛び回り、忘れもしない恐怖の記憶を頼りに探し続けたのだ。

 その結果、昨日勇者ユークリフォンスの気配を見つけたのだ。
 そして城を破壊し、彼の気配を消滅させて満足して帰った。
 死体を確認しなかったのは、失敗だと気付いたのはその日の夜だ。
 邪竜カタストロフィーは恐怖を完全に克服できていなかったのだ。

 だから彼は戻ってきた。勇者ユークリフォンスの死体を確認するために。恐怖を完全に克服するため。

 それなのに、破壊したはずの城は、時間を巻き戻しをしたかのように綺麗さっぱり戻っていた。
 火の海だった大地は、雑草までも生やしていたのだ。
 挙げ句の果てには、さらなる恐怖心を植え付けられる始末。

 これ以上、邪竜カタストロフィーは動けなかった。動く事ができなかった。
 これ以上の恐怖の渦に飲み込まれたくなかったのだ。

『怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い……』
「そんなに怖がらなくても大丈夫じゃよ。ちょっと威嚇しすぎたのは反省じゃな」

 戻ってきた魔王マカロンの声に、自分が怯え震えていたことに気付く。
 それと同時に爽やかさとこってり感が矛盾なく同居している美味しそうな香りが鼻腔を刺激した。
 その香りのする方へ視線を送ると二人の人物が巨大な丼鉢どんぶりばちを持って立っていた。

 一人は先ほどの異質な少女。怯え震えている自分に話しかけてきた魔王マカロンだ。
 殺意が込められたオーラと溢れんばかりの魔力はおさまっており、その代わりに慈愛に満ちた温かなオーラを発していた。

 そしてもう一人の人物は、腰にエプロン、頭にバンダナタオル、靴は長靴を履いている。そんな異様な格好をした青年だった。
 その青年から感じるのは紛れもない勇者の気配。しかし見た目はどうも勇者ではない。勇者ユークリフォンスはこんな格好をしない。
 勘違いだったのかと邪竜カタストロフィーは自分を責める。
 俯いて落ち込んでいたその時、視界に白い湯気をのぼらせた緑色で濃厚そうなスープが映る。
 すぐにそれが美味しそうな香りの元――鼻腔を刺激した爽やかさとこってり感が矛盾なく同居している美味しそうな香りの正体であると理解する。

『じゅるり……こ、これは? この美味しそうな香りを漂わせているものは一体なんだ?』

 美味しそうな食べ物を前にして、よだれが垂れてしまうのは野生としての本能だろう。
 しかし邪竜カタストロフィーは、その美味しそうな食べ物を知らない。
 当然だ。この料理は、この世界――異世界イーリスの料理ではないのだから。

 期待と不安をその眼に浮かべる邪竜カタストロフィーに丼鉢を持つ二人が答える。

「〝翡翠のバジリコ担々麺〟特盛りじゃ!」「〝翡翠のバジリコ担々麺〟特盛りだ!」

 少女と青年――魔王マカロンと勇者ユークリフォンスの声が重なった。
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